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2012年3月10日

清水慎一さんのお話/第3回文屋座セミナー

 

そして清水慎一さんです。

 

人前で話すのは初めてですが、超繁忙期になる12月に、僕は仕事をさぼって、会社に行きませんでした。あまりにも理想と現実のギャップが大きくて、現場を見れば見るほど自分を責め、人を責めてしまうことが苦しくて……。

 

そのときに読んだ本の中で、すごい言葉に出会いました。「四無量心(しむりょうしん)」という言葉です。人間は「慈」「悲」「喜」「捨」の4つの心をもっているそうです。「慈」は「人を慈しむ心を育てる」。「悲」は「人の悲しみを共に悲しめる心をもつ」。「喜」は「人の喜びも我が喜びのように一緒に喜ぶ」。「捨」は「執着の気持ちを捨てる」ということです。

 

菓匠Shimizuでは、年末に一人一人が「来年の1文字」を決めて、壁に貼ります。僕は今年、「捨」の字を厨房の隅に貼ってあります。

 

以前、高野さんから「戦略とは、捨てること。自分が大切にしているもの以外を捨てること。それが自社ブランド、自己ブランドにつながる」「これもやろう、あれもやろう、ということよりも、これをやめよう、あれをやめようということの方が、勇気と覚悟が要る」というお話を伺いました。

 

そのお話と「捨てる」がつながりました。僕の中で、2012年は「捨てる」という勇気と覚悟をもとうと思いました。今まで周りから受けた称賛の声も、批判も、他人との比較も、過去の実績も、さらには、面倒だと思うような人間関係も、全部捨ててしまおうと思っています。

 

尾角輝美さんから、「人は喪失感がなければ得るものがない」「ものすごく大きな喪失体験から得たものは、力だった」というお話をお聞きしました。僕には尾角さんのような喪失体験はありませんが、「これだ」と思いました。

 

さらに、「まんま」というお話を聞き、すごく共鳴できました。「まんま」は赤ちゃんが最初に覚える言葉で、3つの意味があるそうです。生命力を象徴する「ご飯」の意味と、生んでくれた人への感謝を表す「母親」「ママ」、そして受容を表す「そのまんま」。「あなたはあなたのままでいい」という意味です。

 

「捨」という言葉と、高野さんの言葉と、尾角さんのお話が自分の中でつながって、何かがふっきれました。

 

菓匠Shimizuの存在価値として、ここで働く人全員がワクワクして、毎日キラキラして、夢を叶えていけるような組織をつくりたいと思っています。そのためにはお客様を、そしてそれ以上に、一緒に働く仲間たちや、取引先の皆様や家族を、大切にしなければいけないと思います。家族に感謝の気持ちがないのに、お客様に感謝することは不可能でしょう。ですから、感謝の原点というのは、両親に対する「産んでくれてありがとう」という言葉だと思っています。

 

僕に人生を教えてくれたばあちゃんが生前、「自分のためにがんばることほどつまらないことはない」と言っていました。自分を支えてくれる人たちに感謝して、その人たちのためにがんばるからこそ、心身とも成長するということだと思います。

 

ばあちゃんからは、「徳」という話をよく聞かされました。特別なことをするのではなく、目の前にいる人に、どれだけ精一杯の笑顔と優しさで、思いやりをもって接することができるかどうかです。そして「徳は3代先まで続く」と言われていました。「ご先祖様が、近くにいた人たちに対して精一杯してきたはずだ。お前はその恩恵を受けているだけだから、図に乗るな」と、死ぬ直前までずっと言われていました。

 

そう考えると全部説明がつきます。僕は苦労を知らない人間で、僕よりも努力しているすごい人は大勢いるのに、こんなに幸せで、有難い気持ちになれるのは、ご先祖様が徳を積んでくれたお陰だなと思います。

 

僕たちは今、全国の菓子屋の仲間とつくったNPOで、定期的に被災地の支援をさせていただいています。被災地の人たちは、ものすごく深い苦しみや悲しみ、大切なものをなくされて、どん底にあると思います。でも被災地だけが被災地ではないと思います。今日出会う人も、深い悲しみをもっています。うちにも、そういう身近な人に対して、ほんの小さな親切をし、ほんの一言をかけることが一番大事だろうと思っています。

 

僕は1月18日の朝7時半に生まれたそうです。なので、毎年1月18日の朝7時半に、会える時は直接に行き、会えない時には7時半きっかりに母親に電話をかけて、「産んでくれてありがとう」と伝えています。

 

母からも毎年、手紙をもらいます。「育ってきてくれてありがとう。元気で、力一杯生きてきてくれてありがとう」と。

 

今年は、初めて父から「誕生日おめでとう」というメールをもらいました。父は若い頃に母親(僕の祖母)を亡くしています。祖母は清水家に養子に入った人でした。メールには「見ず知らずの清水家にもらわれ、育てられてきた母は、親に対する感謝と、家族を思う気持ちは人一倍強かったようです。そんなDNAを大切につなげていきたいですね」「こんな時代だからこそ、今ある命のあり方をとことん考えられる家族でありたいと思います」と書かれていました。

 

すべての原点は家族だと思います。「家族に尽くせる者はすべてに尽くせる」というのが、僕の一番好きな言葉、僕自身を律する言葉です。父や母、妻、社員と話をしている時間が、僕は一番幸せです。

 

 

 

「捨」の1字に込められた、深い意味……。

 

 

清水慎一さんのご著書『世界夢ケーキ宣言! 幸せは家族だんらん』は、2011年12月に増補改訂版を発刊いたしました。東日本大震災後の被災地支援のことや、大切なおばあさん、晴子さんのことなど、たっぷりお読みいただけます。

 

(写真撮影:花井裕一郎さん)

 

 

 

 

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高野登さんのお話/第3回文屋座セミナー

 

続きまして、高野登さんのお話からです。

 

戸隠山は、長野市街から少し北にあり、かつての戸隠村、今の長野市戸隠を常に見守ってくれている存在です。井内さんのお話に照らせば、あの山が「神様」なのでしょう。おそらく戸隠山を通じて、我々一人一人の思いがつながり、戸隠山から自分たちにその思いが伝わってきていたのではないかと感じています。

 

当時はまだ3世代同居が多く、どこの家に遊びに行っても、元気なおじいちゃんがデンと座っていました。おじいちゃんから「タバコ盆を持ってきてくれ」と言われて、タバコ盆だけ持っていくと、「灰皿とマッチがなかったらどうするんだ」と一喝され、子どもながらに「なるほど」と学びます。次に他の家で「タバコ盆を持ってこい」と言われると、タバコ盆の上にキセルと刻みタバコと、灰皿とマッチをきちんと揃えて持っていきます。すると「気が利くな。大したもんだ」と褒められます。大人たちはそうやって、子どもたちの中に「当たり前の基準」を作ってくれました。

 

バスでお年寄りや体の悪い人、妊婦さんに席を譲るのも当たり前でした。大人がそうしているのを見て、子どもも自然に「当たり前」を身につけていきました。

 

「これが正しい」「これは間違い」と言う代わりに、最後はお天道様や戸隠山に照らし合わせて、何をするのが当たり前なのか。当たり前の人間として、当たり前の「戸隠見地」として何をしなければならないのか。地域社会の考え方がそれを教えてくれていた時代が、ずっと続いていました。

 

今、注目されている「江戸しぐさ」の中に、「大人のしぐさ」というものがあります。「どれだけ人を笑わせたか」「どれだけ人を立てたか」「どれだけ人を育てたか」「どれだけ人に伝承してきたか」。たった4つのセンテンスで、江戸の人たちが大人のあるべき姿を伝えてくれているのです。

 

最近の地下鉄の座席は、お尻の形に合わせて少しだけ凹んでいます。すると、足を大きく広げたり、荷物を置いたりする人も、さすがに譲らざるを得なくなりますから、本来は優しい気持ちからできている座席の形です。でも、優しさから作ったはずの仕組みが、「もう一人座れるように拳1個ずつ詰めようね」と融通する人間本来の優しさを壊してしまっているのかもしれません。これが「仕組みを作る」ことの二面性です。一方的な目線によって仕組みを作ったがために、思いもよらない負担を利用者に強いてしまっていることが、実は結構あるのです。

 

リッツカールトンでの仕事を20年近くやってきて、一番の軸にしてきたことは、「サービスマンとして存在感を最大に出し、同時にサービスのプロとしての気配を消す」ということです。

 

たとえば6人で会食をしていて、最初に6人が別々のメニューをオーダーします。その後、話をしているうちに、自分のオーダーしたものが、まったく気づかないうちに自分の前に置かれて、それをいただきながら話をして、終わった頃にまた気づかないうちに食器が下げられていて、いつの間にか食後の飲み物も、オーダーした人のもとへスッと届いている。ふと周囲を見ると、スタッフたちがきちんとした姿勢で堂々と仕事をしている。存在感はあるのに、いつの間に来たのか気づかないくらい、気配がない。

 

これは、「どうしたら快適に過ごしてもらえるか」を考えながら仕事をしている時の形の表れではないでしょうか。このように、「ぶれない仕事の仕方」を考えるきっかけをあらゆる場面で作っていくのです。

 

「ホスピタリティ」は日本語にすると「おもてなし」、動詞にすると「もてなす」です。聖徳太子の「和を以て尊しと為す」になぞらえて、「何を以て何を為すか」。そもそも自分の立ち位置とは何か、自分は何を以て何を為すために存在しているのか、という原点に戻っていけば、ほとんどの物事は解決するでしょう。

 

日本人本来の立ち位置・原点として「もてなし」を考えるなら、「ふるまい」「しつらい」「よそおい」の3つに集約されていきます。どんなふるまいで、しつらいでいなければならないか。どんなよそおいを相手に伝えなければいけないか。そう考えていくと、物事は非常にシンプルになります。そのことを意識させてくれる人や概念的なもの、戸隠山のような存在があることが、大切なのでしょう。

 

高野さんのお話に惹き込まれ、場内がだんだんとヒートアップしていきます。

 

 

 

高野登さんの名著『サービスを超える瞬間』と『絆が生まれる瞬間』。

 

高野さんは、望月智行先生のご著書『いのち輝くホスピタリティ』の鼎談「笑顔のひみつ」にご登場いただいているほか、井内さんの『わたし、少しだけ神さまとお話しできるんです。』の帯に推薦文をお寄せくださっています。

 

(写真撮影:花井裕一郎さん)

 

 

 

 

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井内由佳さんのお話/第3回文屋座セミナー

2012年2月26日、長野市にて、「気品、愛嬌、美日常」をテーマに開催されました、第3回文屋座セミナー「お話の会」と交流パーティー「ワインな夕べ」。和やかな雰囲気のうちに、ぶじ終了いたしました。

 

講師の皆様、ご参加くださった皆様、ボランティアスタッフとして運営をお支えくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

 

ただいま、当セミナーのレポートを絶賛制作中です。できあがり次第、今回ご参加くださった方々へ、文屋よりお届けいたします。

 

先立ちまして、今回の講師御三方のお話から、ダイジェストをお送りします。初めに、井内由佳さんのお話です。

 

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神様は「神様を信じる人」、すなわち「神様の目と自分の目を気にする人」が好きです。そういう人でないと救いません。

 

神様を信じる人は、「誰が見ていなくても神様と自分だけは本当のことを知っている」と思い、演出やウソ、言い訳がない生き方をします。

 

「人から嫌われる人」は、「嫉妬心、競争心が強い人」と、「自慢話が多い人」、「ケチで欲張りな人」です。

こういう気持ちがない人は、人から好かれ、神様からも好かれます。

 

人から嫌われている人は、嫉妬心や競争心が強く、うぬぼれています。人から好かれている人が注目されたり、いい思いをしたりしているのが悔しくて、その人の足をひっぱろうとします。こういう人から嫌われても気にすることはないと、神様はおっしゃいます。

 

神様は努力しない人を救いません。自分のもっている力の80%の努力しかしない人には、20%をプラスして100%の結果を出すことさえもしてくれません。

 

自分の力を100%出しきって努力する人には、神様が動いて、150200の力を出してくれます。神様は、自立して主体性のある人が好きなのです。

 

神様の力は「自分と相手との差」に動きます。

 

人からしてもらうよりも、してあげたことが多い人は、そこにプラスの差ができます。神様はその差に対して動き、ご褒美を下さいます。

 

逆に、人からしてもらうことが多い人は、マイナスの差を生みます。してあげることが嫌いな人、してあげない人は、神様から奪われます。

 

神様は、「義理の親」と「お世話になった恩人」に対して何を思ったか、何をしているかをよく見ています。人間として心が磨かれるほど、義理の親や、お世話になった恩人を大事にするようになるそうです。義理の親と恩人を大事にできて初めて「心が磨かれた」と言えますし、神様はそういう人に対して、大きく動くのです。

 

神様は、「何をしているか」ではなく「何と思っているか」を見ています。また「したこと」と「思ったこと」が一致するとは限りません。「自分の心が何と思っているか、いつも検証しなさい」というのが、神様から一番多く言われていることかもしれません。

 

神様は「気を遣う人は疲れる。気を配る人は疲れない」「気を遣うな。気を配れ」と言います。どこかの集まりに行って、へとへとになった時は、気を遣った時です。逆にパワーをもらって帰ってきたと感じる時は、気を配った時です。

 

良いことと悪いことは小学生でもわかりますが、「優先順位」は大人にしかわかりません。どんなに良いことをしても、優先順位が間違っていたら、悪い結果が出ることもあるそうです。

 

神様は「幸せにしていくのは手前から」と言います。義理の親から、自分の親から大事にして、そして初めて外に向かっていくというのが順序だそうです。そういう優先順位を踏むことによって初めて、人にしたことが「真心からしたこと」になるそうです。

 

 

 

 

会場で販売された井内由佳さんのご著書『わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。』

 

(写真撮影:花井裕一郎さん)

 

 

 

 

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