Monochrome-Monologue

2003年8月
 2003年8月22日(金)  品格のある国の民に〜五月女大使のメッセージ
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5月18日(日)、社団法人長野国際親善クラブ(NIFC)の総会が開かれました。記念講演は、外務省NGO特命全権大使の五月女(さおとめ)光弘さん。演題は「世界の中のちょっといい話」。
NIFC会報に掲載するための原稿を執筆しました。ご覧ください。
NIFCサイトは、http://www.valley.ne.jp/~nifc/about/a03.html
文責は木下です。

○協力・外務省○主催・信濃毎日新聞社・NIFC・県国際交流推進協会○後援・県・長野市・県経営者協会

※なお、五月女大使は10月17日(金)にも長野市の松代ロイヤルホテルにて、講演されます。

(リード文)
 草の根レベルの途上国援助で、日本の国際貢献の一翼を担うNGO。五月女大使は、NGOと政府の連携強化を目的に新設されたNGO特命全権大使の初代。国際貢献活動について、伺いました。

(中見出し)
日本は世界で最も国際的な支援の恩恵を受けた国

(本文)
昨年秋までアフリカ・ザンビアの大使を務めて帰国しました。なにを食べてもおいしくてリラックスできる、日本の暮らしのありがたさを実感しました。
戦後の困窮時、日本は世界銀行から借款を受けた資金で、長野県の黒部第四ダムや東海道新幹線、東名高速道を建設しました。最大の被援助国でした。有効に効率的に、透明性をもって利用し、経済発展を遂げました。日本は世銀から借款を受けた被援助国としての経験をもつ、唯一の先進国なのです。北米や中南米の民間団体で組織されたNGOからも大きな援助を受け、食べ物や医薬品、衣服、毛布などを贈られました。

(中見出し)
 水、食糧の確保のために暮らす人々

 南部アフリカは水と食糧の危機にあります。地球の水の大半は海水で、飲み水は0・1%。蛇口をひねれば水が出てくる日本は、世界的もまれな恵まれた国なのです。
世界には、今晩の食事さえ取れない人がたくさんいます。日本人が大食い大会を楽しむのは「食べ物をおもちゃにしている」と映り、信じられない光景です。そのわずかでも分けるだけで、「幸せ」を実感できる人たちが世界の8割を占めるのです。

(中見出し)
それでも日本は援助すべき国

「不況で経済的に疲弊している」と感じている日本。ではなぜ、世界の国々を助けなければいけないのでしょう。三つの理由があります。
一 恩返し 傲慢にならず、「助けさせていただく」のです。どんな国にも栄枯盛衰はあるのですから。
二 国のため 日本は輸入の国です。60%の食べ物、95%のエネルギー。その半分以上を途上国に依存しています。途上国の政治・経済の安定に協力しその国との関係を良好に保つことは、安全保障につながります。情は人のためならず、です。
三 理屈なし フランス語のノーブレス・オブリッジの理念。困っている人や国を助けるのは高貴な人、豊かな人の義務です。川でおぼれている人を助けるときに、理由はいりません。国連加盟191か国のなかで第2番目に豊かな日本は、どんなに困っていても支援を続けるべきです。
日本人は古くから思いやりがあり、受けた恩義を忘れない国民です。
50年前の本当につらかった日本の時代が、いまのアジアにもアフリカにもあります。豊かで幸せな暮らしの一部をおすそわけして助けあい、品格のある国家の国民として、歩んでまいりましょう。

(写真)
「感謝のこころで、品格のある国に」とやさしく語りかける五月女大使
 2003年8月21日(木)  おわった〜!編集学校、乗りこえました。
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今年3月から5か月間、ISIS編集学校(松岡正剛校長)の入門編「守」の師範代をさせていただきました。本日、最後の指南(指導)を終えました。めでたく乗りこえました!
編集術を入門の「守」、中級の「破」と段階を踏んで学ぶしくみ。わたくしは昨年のいまころ、「守」の生徒でした。昨秋には「破」へ進み、今年初めに修了。そのまま「守」の導き手「師範代」になりました。
教室名は「一八天動教室」、いっぱちてんどう、と読みます。北海道から香川まで、9名の生徒さんを担当。3月から7月末まで、週に2〜3問のお稽古を出題し、それに回答した生徒さんに、指南をします。指南はすべて、インターネットで行います。あわせて48問×9名。残念ながら、すべてに回答したのは7名でした。
すばらしい人たちでした。出逢いに恵まれている自分を、ほんとうに幸せものだとおもいます。9月13・14日には一泊二日で小布施に集まり、「汁講」と呼ぶ懇親会をもちます♪

かなりの時間を指南にむけるため、けっして楽ではない半年間でしたが、楽しさもそれをかるくしのぐものでした。学ぶより導くほうが勉強になる。松岡校長が編みだした「編集術」の可能性を、実感しつつ学んだ日々でした。

これから、仕事専念の日々に戻ります。ごぶさたしていた、この写真帖への執筆も、再開です。スポーツも畑仕事に庭いじり、薪づくり、できれば一人旅もしたいです。指南の終了を待っていたかのように、三つ、四つとお仕事の話をいただきました。くわしくは、明日以降に書かせていただきます。きょうはこれにて、休みます。

みなさんも、編集学校で学んでみませんか?
お問い合わせは、木下までどうぞ。

【きょうの写真】8月2日、師範代が東京のアジア会館に一堂に集まったステージにて、修了の記念品を松岡校長(右)からいただきました。色紙には「肆」(し)の文字。肆は「書肆」、中国語で(日本語でも)書店、出版社を意味します。記念の本は『大原總一郎〜へこたれない理想主義者』(井上太郎著、中公文庫)。ただいま熟読中です。松岡校長、大川雅生さんをはじめ事務局のみなさん、富沢陽一郎教務、森由佳師範、同僚の師範代のみなさん、生徒のみなさん、そして支えてくれた家族よ。ありがとうございました。峠をひとつ、新しい視界が広がっています、目の前に。

 2003年8月23日(土)  どうも変だなー
変だとおもいませんか、みなさん。いえ、共感してくださらなくてもいいんです。ひとりごと、つづってみます。

バグダッドの国連事務所が爆破されて、国連代表をはじめ多数が死傷した先日の「テロ」のことです。
9.11の「テロ」とそっくりだなーとおもうのです。

飛行機→旧ソ連製トラック
きびしい搭乗手続きの空港→米駐留軍による厳戒態勢
無抵抗のままのビル激突→銃撃戦がないまま国連事務所に横づけ

9.11、貿易センタービルにふだん勤めていた○○○人は、なぜか全員が、出勤していなかった(事前に知らされていた?)そうです。
今回のテロは、イラクの弾薬庫を出発した弾薬満載の旧ソ連製トラックが、厳戒態勢をなぜかすりぬけて、堂々と、もっとも警戒されているべき国連事務所に横づけされていますよね。

米英軍は今回の開戦にあたり、国連をかんぜんに無視しました。駐留している米英軍にとって、国際社会の期待を集めた国連代表は、どんな存在でしょうか?好ましい、歓迎すべき存在でしょうか?

「実行犯」という言葉があります。
犯行には、実行だけでなく、黒幕、そそのかし、支援、傍観など、多様なかたちがあります。

戦争は、国同士の欲のつっぱりあいから起こります。
今回のは、石油と軍需の欲。
国同士のけんかは、人間同士のけんか(欲のつっぱりあい)がもとです。
せめてあしたは、謙虚に感謝して、欲を張らずに、過ごしたいものです。ふだんできない自分だからこそ、そう言いきかせています。


 2003年8月23日(土)その2  玄照寺さんの夏
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写真は玄照寺さんの本堂の一隅です。
禅宗(曹洞宗)のお寺。わが家の集落・飯田の南となり、大島にあります。うちは浄土宗の龍雲寺(横町)の檀家ですが、お墓は玄照寺にあります。
送り盆の16日夕方、家族と玄照寺にまいりました。
本堂に参詣するとかならず目をやる場所があります。ご本尊に向かって左側の手前。北に面した畳の間です。左上に、直径40センチほどの鐘が下がっています。
27年前、高校3年生、17歳の夏休み、わたくしはこの場所に毎日通いました。長机をお借りして、朝から夕方まで、一人、受験勉強をしていました。あのころは進学のためのゼミはほとんどなく、ひたすらラジオ講座と自習、通信添削の日々でした。

思い出すのは、ある人物の笑顔です。
参考書を読む目をふと上げると、本堂の外から当時のご住職、葦澤明義さんがこちらを見あげて、微笑んでいらっしゃいしました。2週間ほど通ったうちの、たぶん数回、そんなことがありました。
「がんばるね。」「はい、いつもありがとうございます!」
いつも、それだけ言って、笑顔をかわして。それだけなのに、どれほど励まされたことか。南の庭園に面した場所では、いつも数名の若い僧が、座禅を組んでいらっしゃいました。
葦澤ご住職はその後、町長を務められたのち、十数年前に亡くなられました。長男の義文さんが後継され、いまも、うちじゅうで、お世話になっております。

広い本堂、高い天井、深い松の森、祖先の眠るお墓…あの夏のことがいまも鮮やかに思い出されます。あの日々とあの交感、神にいだかれているようなあの空間、すべてに感謝しております。
義文ご住職、お酒の談論、またおつきあいください♪
 2003年8月24日(日)  歓迎♪デンマークのモルテン君、来村♪
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デンマークの18歳の青年、モルテン君がわが家にやってきました。デンマークは、3年前に(社)長野国際親善クラブ(小出博治会長、NIFC)の視察派遣生の立場をいただいて旅をしました。そのとき、ホームステイなどでお世話になったメアリーさんのお孫さん。いっしょに旅をした小島美穂子さん(長野市)がホストになって、彼のはじめての日本旅行が実現しました。滞在は約3週間。

きょうは、わが村、小布施町飯田区(約75戸)恒例のマレットゴルフ大会。村内にある町営のマレットゴルフ場(18ホール)に村びと100人が集まりました。朝7時過ぎ、長野電鉄小布施駅に着いたモルテン君を出迎え、わが家でお茶をしてから、歩いて会場へ。村びとに迎えられ、いっしょにプレーを楽しみました。木下家からの出場は、母とわたくし。母は女性部門3位の好成績でした。

終えてからは、近くの鎮守の森・飯田郷元神社境内にて、バーベキューパーティー。「デンマークでは18歳以上の飲酒が認められている」と知ったおじちゃん、おばちゃんたちが、モルテン君にビールをお酌。この愛すべき風習になれていない彼は、戸惑いながらも、ちびちびゴクリと、ビールを味わっていました。

モルテン君は、9月からデンマークの軍隊に入隊します。彼によると、この国では、高校を卒業したあと、クジ引きで当たった人(外れた人?)は軍隊に入隊しなければならないのだそうです。今年の確立は75%、4名に3名が当たり、モルテン君も大当たりしたのだそうです。任期は9か月。「がっかりしたけれど、大型車や重機など、あらゆる免許が取れるし、その後もいろいろ特典があるんだ」と明るいものです。

おじいさん、お父さんともお医者さん一家の彼は、兵役のあと、大学へ進み、医療の勉強をするのだそうです。モルテン君に幸あれ。
またひとつ、デンマークとの縁が深まった、ありがたい一日でした。
調子に乗って、ビール、飲みすぎました♪

【きょうの写真】上)はじめてのマレットゴルフを楽しむモルテン君
下)”特別賞”にいただいた藍染の風呂敷をバンダナのように頭に巻いたモルテン君と母(中央)、左はとなりの家の西原さん。みんなできあがってますな♪
 2003年8月25日(月)  頭を下げること
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朝9時半、信濃毎日新聞文化部の長門均さんが来宅。ひさしぶりにゆっくり話をさせていただきました。
午後は、戸倉町の大谷善邦さん宅へ。近くの中央道姨捨SAへ一般道を車で行き、歩いてSA内へ。千曲川、善光寺平を見渡す広場で、ペットボトルのお茶を飲みながら、1時間ほど話し、旧交を温めました。いまは東京で働いている大谷さん。まだ42歳ですが、故郷へのおもいは強く熱く、「更科村時代の地元のことを知るお年寄りの本を、手作りで出していきたい」とのことでした。遠くかすむ北のほうに、小布施の町が見えました。

夕方6時から、長野駅前のホテルにて、長野国際親善クラブ(NIFC)の小出博治会長と、須坂東高校の小林節子先生と打ち合わせ。10月24日に同校で開かれるPTA講演会の講師として、小出会長をお迎えします。演題は「私の歩んだ道」。一校一国運動など国際交流のことを話す機会の多い会長ですが、生い立ちから語るのははじめてのこと。2歳のとき疫痢(えきり)にかかって死線をさまよったことや、取引先の事情から負債を抱え、財産を手放してゼロから始めた40歳のころのことなど、いままで知らなかった小出会長の「負」の部分を教えていただきました。

とくに、きびしくこころに響いたのは、「支払いは一週間以内に。通帳に10円しかなくなっても、早く支払うことをこころがけてきた。信用のため。支払いの遅れは、いくらとりつくろっても、つくろえない、信用のマイナスになるからね」という言葉。
そのとおり、小出会長は公私を問わず、このことを実践されています。
いまの自分の状況に照らし、ほんとうに反省のひとときでした。
まだ時間はかかりますが、きょうから、このこころがけで歩んでまいろうとおもいます。できれば来年前半には、「決まった支払い日はなし。請求書をいただいたら一週間以内に支払う文屋」になりたいとおもいます。

昭和4年生まれの74歳。父とおなじ世代の小出会長。息子を見るのとおなじ目で、きびしくわたくしをしかってくださいます。
いい仕事の話をいただいたことを報告すると、「頭を下げること、謙虚でいること、誠実にやりとおすこと」、そうおっしゃいました。感謝いたします。

須坂東高の生徒や保護者のみなさんにとっても、意義深い講演会になることを願います。

【きょうの写真】ことし5月のNIFC総会であいさつする小出会長。情熱と実行力。すごい人です。
 2003年8月26日(火)  市村次夫さんの講演10月3日に決定
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小布施堂社長・市村次夫さんの講演会の開催が決まりました。

と き:10月3日(金)午後6時半(受付6時〜)より8時半まで
ところ:小布施町公民館講堂(町役場3F、小布施駅より徒歩2分)
テーマ:王国の地域産業論(仮題)

小布施町では2年ほどまえから、「花咲くテーブルトーキング」という住民の懇談会を、年10回ほど開いています。これまで環境、福祉、道路、景観、農業などについて、専門家や町担当者の話を伺い、意見を交わしてきました。
昨年夏ころからは、市町村合併をおもなテーマにしてきました。町の財政を健全化させるため、わたくしたち住民ができること。それは、産業の振興、個々の事業の充実した発展による、雇用の確保や税収への貢献です。元気な住民が増えることで、「合併しないまち・小布施」は、いまの「小さなまち」のまま、すてきに存続できるのだという結論になりました。

今回の講演会は、全国・世界を視野に家業としての小布施堂を営まれている市村さんに1時間半ほど語っていただきます。講演につづいて、質疑応答。活発な質問や議論がかわされることでしょう。
参加は町住民にかぎりません。
お問い合わせは、事務局の町企画財政課(TEL:026-247-3111)永井さん・高野さん、またはわたくしへどうぞ。

非力ながら座長をさせていただいてますので、当日はもちろん参加いたします。会場でお会いしましょう♪ 参加費は無料です。

【きょうの写真】今春、小布施堂の市村さん宅お座敷にて。市村さん(右)、伊那食品工業の塚越寛社長(中)とともに。個人的には、超感動的な一枚なんです。

 2003年8月28日(木)  鎌倉・江戸・長野
あさ5時過ぎに起きて、妻朝子を助手席に出発。JR長野駅まで送ってもらい、一人で6時ちょうど発の新幹線始発にとび乗りました。席は禁煙車両の自由席。40分ほどで着いた軽井沢駅からはいくにんかのビジネスマンが乗りこみました。どうやら、いまはやりの”軽井沢に暮らして東京で働く”ライフスタイルの方々のようです。
東京駅に着くのが7時40分。”通勤天国”のまま会社にはたぶん一番乗りできます。夜は10時8分が、軽井沢・長野行き終電ですから、残業でも一杯のおつきあいもOK。空気はうまいし家賃は都会ほどではない、そして広い。なるほど、”軽井沢都民”が増えるわけです。

…てなことを考えながら東京へ。横須賀線に乗り換えて鎌倉駅へ。歩いて10分ほどでめざす会場へ。心のもち方、生きる心構えを学ぶ場にまいりました。「感謝と思いやり、人に好意をもつこと。なにかにつけて、有り難がる人は、道が開けやすい」と学びました。

東京に戻って、午後4時半より、西新宿の京王プラザHにてプロデューサーの久田浩司さんと待ち合わせ。喫茶店にて、森の本の企画や「美日常」について語りあいました。森の本、いよいよ9月から本格的に取りくみます。秋のうちに取材・執筆・編集を終えて、新年の出版。すばらしい企画をくださった久田さんとの出会い、ご縁の不思議に感謝いたします。

夜7時代後半の新幹線に乗って長野へ。長電にて小布施駅へ。駅から自宅まで20分。秋の虫の鳴く畑の夜道を歩いて帰りました。
いい一日でした。足がくたびれた〜。
 2003年8月29日(金)  かんてんぱぱの塚越社長の本 進行中
伊那食品工業社長・塚越寛さんの経営理念を描く本の仕事をいただき、取りくみはじめてはや1年あまり。執筆は大詰めです。前回の社長との面談で、もくじの構成を大幅に見直すことになり、ただいま、執筆と並行して大胆な構成替えをしています。今週末でひとやまを越えて、1日(月)午後、伊那の塚越社長に面談していただきます。
あと数回、こうした過程をへて、脱稿→レイアウト、となります。

「人の営みはすべて人を幸福にするためにある。経営者の目的は、社員の幸福。社員の幸福にすることを通して社会に貢献すること。そして、お客様の満足」。この理念を45年間実践し、毎年の増収増益、末広がりの自然体経営による永続をめざす塚越社長の本が出るのは、たぶん今年終わり。当面は社内用とのことですが、読みたい方はきっと多いことでしょう。一日も早く、多くのみなさんに手にとっていただけるよう本に仕上げたいものです。

平安堂長野店さんに扱っていただいている文屋文庫。第一巻は15冊、第二巻は28冊を3か月で販売していただきました。感謝にたえません。

午後はおんだ整骨院さんへ。週一の、ほぐしの時間です。
 2003年8月30日(土)  庭の芝を張りました
午前中は、かんてんぱぱ塚越社長の経営理念書を執筆。
昼寝のあと、庭の芝生を張りました。
この庭は、造られたのがいまから25年ほどまえ。わたくしが高校生のころです。祖父と父母が造ってくれました。庭の入口には樹齢300年ともいわれる和つつじの株立ちがあります。叔父たちには「このつつじをしっかりと守るのが、本家5代目の役目だぞ」と釘を刺されております♪水をくれるしかノーのないゴダイメですみません。

ところでこの芝生。夏に母が芝刈りをしたころから急に弱ってしまい、ひと月前には全滅、枯れてしまったのです。母もみんなもショックでした。気をとりなおして、持田造園さんから教えをうけ、母が三日もかけて土壌を改良して下地を作ってくれました。その土の上に、けさ届いた芝生を張ったわけです。
届いたのは35平方メートル、約10坪分の高麗芝。茨城の産とのこと。夏場ですので、届いたらすぐに張らないと、ムレて枯れてしまうのだそうです。
次男荒野(高校受験生ですが、庭と畑仕事と隣家の犬の散歩だけは目を輝かす!)、長女の星河、母とわたくし(長男真風はサッカー、妻朝子はパート)で張りました。
きれいに仕上がりましたよ。みなさん、見にいらしてください。9月26〜28日は花のイベントがあります。そのときにでも、いかがですか?

風呂のあと、夕食は、そんなわけでビールにて乾杯。いい一日でした。
夜、ふたたび、塚越社長の本の執筆。読むほどに、書くほどに、人としての、また事業をするうえでの、すばらしい指針をいただける仕事。冥利、です。有り難いとほんとうにおもいます。


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