Monochrome-Monologue

2004年11月
 2004年11月1日(月)  家と庭をだいじにしているといった家
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終日、仕事場におりました。編集の仕事と本の発送です。今年もあと61日ですね。とっても重い10か月でした。「充実している」とある先輩に言いましたら、「それはいいことだ」と言われました。

『時代の風音』(朝日文庫)を読み終えます。堀田善衛さんと司馬遼太郎さん、宮崎駿さんの鼎談集です。1992年、いまから12年前に単行本が出版され、手にしているのは文庫本で1997年発刊、2003年までに7回の増刷をしています。読まれた方も多いことでしょう。

赤ペンでマークした部分を抜き書きします。

「日本人のありよう」の章より。

宮崎「日本が世界に誇れることは、戦争に一回負けて以来、戦争をやっていないということですね。」

堀田「国是(憲法)というものを、いたずらにいじってはいけない。私は銭出すだけでいいと思うよ。経済国家だもの。銭こだけで何が悪い。」

司馬「(日本は)世界のよき事務局員にはなれるでしょう。(中略)日本は教育が普及しすぎていて、これも政治家の型を小さくしている。要するに、日本は専門職を多くうむ風土ですね。」

「地球人への処方箋」の章の「家」より

宮崎「ふと見かけたいい家(中略)いい家というのは、家と人と庭が−植物ですが、いっしょに年とっていく家ですね。家のつくりがいいとか、材料がいいとかいうのは、それは何年かたつと関係なくなります。(中略) そこに住んでいる人が、その家と庭をだいじにしているといった家に出会うと、私はもうとても幸せな気持ちになるんです。家と人間とがいっしょに年をとっていくのを見ると、日本は捨てたものではないと思うんです。
 ですから、日本の家というのを考えるときに、自然と時間とのかかわり合いなんだと思うしかないのです。」

いかがですか、みなさん。こんなすてきな文章を盛りこんだ本を、文屋もつくって参りたいと思います。

ところで、政策学校一新塾の代表理事をされている青山貞一さんの独立系メディアからつぎの配信をいただきました。共鳴する文章です。

●岡本 厚、岩波書店「世界」編集長
 香田証生の死に思う
 http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/okamoto-co0009.html

●イラク・バクダッドの医者からのメール
 色平 哲郎訳
 http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/irohira-co0011.html

●「今日のコラム」
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm

 2004年11月2日(火)  『いい会社をつくりましょう。』増刷、完成です!
午前中は仕事場にて、ゆっくりと過ごしました。

午後、アラ小布施にふらっと訪れると、社長の市村良三さんがお茶されてました。誘われて同席。コーヒーをご馳走していただき、近況など語りあいました。まわりに人はいましたが、それなりにけっこう深い話題で盛り上がったり、盛り下がったり…良三さんとの語らいは、いつもこんな風です。それが味、なんですけどね。

午後5時過ぎ、アオヤギ印刷の中山伸尚さんと企画営業の宮原辰美さんがワゴン車でご到着。わが家の仕事場に、増刷された『いい会社をつくりましょう。』を山と納品してくださいました。あわせて、小布施町発行・文屋編集協力の『グラフおぶせ』も完成。いっしょに町役場へ出向き、担当の山岸さんと益満さんに、5,000部を納品させていただきました。めでたしめでたし。

夜、運動不足気味なので、夕食後、一人で小布施町内を歩きました。1時間、汗びっしょりでございます。どっぷりと眠りました。しあわせ〜〜
 2004年11月3日(水) 文化の日  田んぼのわら上げを終えました♪
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朝9時半、軽トラに乗って、妻朝子と長男真風と長女星河と4人で(軽トラは2人乗りだぞ〜!)、小布施町の北の端・延徳田んぼにあるわが家の田んぼへ行きました。この田んぼは、祖父と父が買い求めたもので、すでに50年(!)以上、ここでうちの米が育てられています(途中一度、土地を交換していますが)。50年といっても、お米は一年に一度の収穫ですから、50回ほどということ。お百姓という仕事の「回数」の少なさと感じます。

その、たぶんこれからもずっとつづく稲作のうちの1回の収穫が先ごろ終わり、収穫量は昨年並みでした。まわりの田んぼが軒並み3割減と聞きましたので、上出来といってよいでしょう。わが家の田んぼは妻の担当ですので、よくがんばった朝子さん、ということですね。

で、きょうはわら上げです。乾燥したわらの束を6つ一束にまとめてしばり、軽トラに積んで2つの畑の置き場へ運びます。けっこうな重労働であり、根気仕事なのです。母によれば、この仕事が一年で一番大変だそうです。

お昼は、ほっかほっか亭のお弁当を田んぼでいただき、お昼寝をしてまたひと踏ん張り。終えて帰宅したのは4時半でした。3時過ぎに、二男荒野も加わってくれ(それまでサッカーの試合)、みんなで力をあわせてくれました。

帰宅してから、屋敷畑でたまねぎの苗を植えてくれていた母とみんなで、おぶせ温泉穴観音の湯へ。それから回転寿しのかっぱ寿しへ。そして、臥竜公園と小布施の皇大神社の菊花展を楽しんで帰宅しました。そんなわけで、まったく編集の仕事をしない、1日でございました。

【きょうの写真】上)一輪車でわらの束を運ぶ荒野(右)と星河。戯れながら。

下)星河と妻(右)です。広々とした景色でしょう。
 2004年11月4日(木)  母校にて講演、させてもらいました
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朝10時、禅寺の玄照寺さんにて、ご住職の葦澤義文さんと、ご親戚の浄光寺副住職・林映寿さんと3人で、玄照寺さんのホームページについて打ち合わせ。来春4月16・17日に玄照寺さんで開かれる第2回境内アートについても話し合いました。またまた面白い展開になりそうですぞ。

午後2時に、須坂市の母校須坂高校に着。1年生対象の進路指導講座ということで、希望や関心のある進路別に先輩を迎えて話を聞くという試みです。あたくしは昨年につづいて「マスコミ・出版系」の一人としてお迎えいただき、1時間半ほど12名の生徒に話をさせていただきました。

みんな15歳か16歳。自分の3分の1しか生きていない人に向かって自分の仕事や生き様を話すというのは、いい機会ですね。分かりやすくなければいけないし、すこしは面白くないといけません。そしてあまりこまごまと専門的なことよりも、理念的というか深めの話題の方が、それでいてある程度具体的な事例を引いた方が…と、話しながら考えて楽しませていただきました。

アラ小布施にて印刷とお茶。きょうは妻朝子のお誕生日ですので、関谷さん夫妻が営む洋菓子屋さん「アルパジョン」に予約しておいた生クリームイチゴケーキを受けとって帰宅。ワインと紅茶をいただきながらお祝いしました。

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須坂高校でみんなに配った資料を掲げさせていただきます。

須坂高等学校 進路講話資料
平成16年11月4日(木)
マスコミ関係 出版社 担当:文屋 代表 木下 豊

1 学生時代のこと
 1)高校時代 長男。公務員→法学部
 2)大学時代 刑事弁護士に憧れて司法試験。論文の勉強。

2 職業の選択
 1)出版社
 2)地元新聞社
 3)独立、海外遊学
 4)まちづくり会社 アラ小布施
 5)独立
  ○ 聞いて書いて伝えたい。天職のための転職。
  ○ 郷土(小布施)へのおもい。
  ○「美日常」。美とは、分に応じたツトメを果たす心。義務と権利。

3 仕事を通じて学んだこと
 1)仲良くすること。自分の一番近くにいる人から。
 2)「立派な社会人」ってなに?
 3)「遠くをはかるもの」
 4)勉強の大切さ。気づく能力を高めたい。
 5)「他人の目」と「一つのモノサシ」(偏差値)から、
   「自分の目、自己評価」・「これでいいのだ」へ。

【きょうの写真】上)昨夜、臥竜公園(須坂市)の菊花展にて。妻と星河、母、荒野

下)今朝の庭の和ツツジです。花のように紅葉しています。二度咲きということでしょうか、紅色の花も数多く咲かせています。左は、わが家の安全を守っていただいている屋敷神様の祠(ほこら)です。江戸時代のものだそうです。


 2004年11月5日(金)  名作を感動のままに
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みなさん、こんにちは。いま、5日朝です。きょうは前半、仕事場におります。午後、奥志賀高原のホテルグランフェニックスさんへ、冬号のパンフレットの校正原稿を持参しに参ります。久しぶりの奥志賀です。紅葉が楽しみです。

・・・奥志賀高原へ行ってきました。ちょっと感覚が鈍ってましたね(かなりか)。紅葉はもうとっくに終っておりました。中腹ではカラマツの黄葉が真っ盛りでしたが、高原のシラカバはすっかり葉を落とし、白い幹が群れを成して林立していました。

雪待ちの季節。お客さんの姿はなく、ホテルは休館で、一番さびしい雰囲気の季節ですね。でも雪が降る今月末には、また活気が戻ることでしょう(と願います!)。

一昨日の夜、須坂市の臥竜公園へ家族で出かけ、菊花展を観ました。そこですばらしい作品に出会いました。その写真を掲載させていただきます。

【きょうの写真】山岸頌正さんの千輪咲き(金賞受賞)。これが一本の幹と根から出て咲いているのです。こまやかにして鷹揚(おうよう)な作者の栽培の日々が、偲ばれます。
 2004年11月6日(土)  ハンズフリー、やめました。愛知県小牧市へ
きょうは朝6時前に、車に長男真風を乗せて、JR豊野駅へ。須坂東高3年生の真風は、指定校推薦という制度で学校に推薦していただき、東京武蔵野にある亜細亜大学経営学部を受験します。あす7日、小論文と面接試験があります。初めてスーツにネクタイをして、けっこう緊張しているようです。がんばれよ!

9時半に駅の六斎舎にて西牧英雄さんと再会して打ち合わせ。母に車でJR豊野駅まで送ってもらい、長野駅へ。駅近くで仕事を済ませてから、中央線の特急しなのに乗ります。11時50分発。午後、愛知県小牧市に着。木下一郎さんに再会します。市内の田園地帯で開かれている竹を使ったアート展を見学。懇親会に参加します。楽しんできますね。では行ってまいります。

ところで、先日、ハンズフリーをやめました。11月1日から、車を運転中に携帯を手に持って使うと、罰則が科されるようになりましたね。あたくしは1年くらい前から、マイク付のハンズフリーのイヤホンを付けて、運転中に携帯で会話しておりました。そのイヤホンが、なんと10月25日ころ、急に使えなくなってしまったのです。たぶん寿命でしょう。で、買い換えようかと思案したのですが、結局、やめました。そして運転中は、携帯をドライブモード(「ただいま運転中のため、留守番電話センターに接続します」と女性の声が応えます)にすることに決めました。

理由は、やはり危険防止です。電話の会話の場合、相手の声を正確に聞き取り、理解し、こちらの言うことを整理し、分かりやすく話し、相手の反応を待ち・・・ということを繰り返します。これはハンズフリーのときも同じです。つまり意識を運転に集中できないのです。五感、六感をフルに働かせて、安全に操作しなければならない運転中には、電話はとっても危険です。

よく、「たばこやカーステレオや同乗者との会話も同じじゃないか」という反論も聞かれるようですが、姿が見えない電話の向うの人との双方向のやりとりとは、運転への集中力という点では比較になりません。ときには仕事の交渉ごともするとなると、ちょっと寒気がします。

ですからみなさん、文屋に電話をされたとき(026-242-6512)、携帯に転送され、ドライブモードの留守録になることが、これから多くなります。どうかご容赦いただき、留守録をお願いします。折り返しお電話しますので。一番いいのは社員が気持ちよく対応することでしょうが、社員を雇うことは当面考えておりませんので、ご寛容くださいませ。

安全運転、くれぐれも!
 2004年11月7日(日)  小牧市にて講演、させていただきます。
朝10時より、小牧市の公民館にて、小布施と美日常をテーマにした講演をさせていただきます。うまく話せるのか、不安ですが、いつものように自然体で臨みます。お役に立てればいいのですが…。夕方、帰宅します。
 2004年11月16日(火)  お詫びとお願い 市村良三町長の誕生を
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みなさん、こんにちは。いつもこの「おぶせ写真帖」をご覧いただいて、ありがとうございます。11月7日まで書いたっきり、10日間もごぶさたしてしまい、大変失礼いたしました。心配をされた方もいらっしゃると思います。木下、このとおり、元気にやっております。ただ、まわりの様子が少々変わりまして、この1週間、仕事場の机に落ちつく時間がほとんどなく、間に合わせの仕事に追われて、写真帖の執筆がおろそかになっておりました。お詫びいたします。

その事情を申しますのは、小布施の町長選です。きょう16日夕方に正式発表となりますが、12月21日告示、28日投票・即日開票の小布施町長選に、市村良三さんが立候補されることになりました。すでにS氏が立候補されており、たぶんこの2人による一騎打ちになると思います。

小布施の人たちが小布施の暮らしをを、いままで以上に幸せに楽しめるまちに。そしてその結果として、美日常の暮しのすばらしさを、全国へ、世界へと発信して、みんなが幸せで平和な世の中になるように。そんな思いから、私は、市村良三さんに、ぜひ小布施町長になっていただきたいと思います。

市村さんの出馬の動きは、11月5日ころから始まりました。愛知県小牧市のNPOこまきあんずの木下一郎さんに招かれ、2日間、小牧のみなさんにお世話になって帰宅したのは7日夜。翌日に良三さんに電話で呼ばれました。それからきのうまでの間に、大勢の方々のご意見をいただきながら、公約を一気に仕上げる現場に立ち会うことができました。事務局や後援会体制も、この1週間でほぼできあがりました。

そんな事情ですので、12月末の当選までは、市村良三事務所に詰めております。携帯は通じますし、インターネットも常時接続しておりますので、いつでもご連絡ください。写真帖への執筆も、しっかりやっていきたいと思いますが、こうした事情があるため、ご理解ください。

みなさん、市村良三さんを応援してくださいね。

【きょうの写真】上)6日夜、若い人たち50名以上が集まってくれて開かれた、「良ちゃんの会」一回目。

下)6日夜、小牧市内の公会堂で開かれた「バンブーインスタレーション」の懇親会にて。右から、木下一郎さん、河野さん、バスケットの名監督・畑中典夫さん(小布施へのご助言、ありがとうございます!)、あたくし。
 2004年11月17日(水)  いい会社の本を、クリスマスプレゼントに♪
小布施町の町長選に立候補する決意を決められた市村良三さんの後援会事務所に、朝からおりました。午前10時、駅のコミュニティースペース六斎舎へ。愛知県小牧市から最新のトヨタ・ランクルでお見えの、木下一郎さんをはじめ6名のお友だちが訪ねてこられました。先日6・7日に出張して小牧市のみなさんに講演をさせていただき、さっそく「小布施を訪ねたい」「お庭を見せてください」とご連絡をいただきました。その好奇心&行動力、すばらしいと思います。

跡部由美子さんのお庭を見せていただいたあと、わが家へ。居間で薪ストーブとこたつにあたりながら、母が作った栗の渋皮煮や採りたてのフジりんごを召し上がっていただきました。レストラン「ぼだい樹」を経営されている梶田さんご夫妻をはじめみなさん、今度は私が来春の「愛・地球博」のおりに、再訪させていただきます。

夜、「クリスマスのプレゼントに使います」と『いい会社をつくりましょう。』(塚越寛社長・著)をたくさんご用命いただきました、作家の本田健さんに宛てて、荷造りをして、深夜にヤマトのお店に持ちこんで発送させていただきました。
 2004年11月18日(木)  「市村良三はお約束します。」
朝から仕事場と市村良三さんの事務所にて、選挙の公約集の編集に専念。午後3時50分より須坂東高校にて、PTA役員の幹事評議員会。そして懇親会+2次会(カラオケたくさん)。

午前中、良三さんの政策をまとめました。つぎのようなリード文で書き出しました。
「つつむ、つなぐ、つくる
〜みんな仲良く、元気で幸せに暮らす小布施を、ごいっしょに。〜
みんなが好きな小布施を、もっと住み心地のいいまちにしていきましょう。
市村良三は、40年近くまちづくりを進めてきた小布施のみなさんの智恵と汗、思いをひきつぎます。民間企業の経営とまちづくりの現場で培った経験や発想、多くの人々とのつながりを、小布施のまちづくりに生かします。みんなが参加して、なんでも話し合い、かかわる人すべてが幸せになれる小布施にしていきましょう。」

詳しい文章は、「kinoの聞、文、分」に掲載しました。
http://www.e-denen.net/kino/kino.cgi?_action=_log&_id=0
 2004年11月19日(金)  選挙ナ日々デス ござったござった
朝9時半、高山村役場へ上り、観光担当の山崎さんと「山田牧場・温泉スキー場」のパンフレットの校正。それから市村良三さんの事務所へ。良友会市村良三後援会事務所が発行するパンフレットに掲載する文章などを作成しました。

執筆がひと段落して、ふと考えました。「おれ、また選挙、やってる。あの知事選(2年前の田中康夫知事を応援した)以降、選挙と政治にはかかわりを控えると自分にも人にも言ってきたのに・・・」。

で、こう考えています。結論は「やむにやまれぬおもい」です。

いままでの小布施のまちづくりは、町住民の財産であると同時に、日本の財産です。日本がこれから「文化」「交流」をテーマに国づくりをしていく場合、この土地のまちづくりは、アジアや世界へ発信できるソフトであると思います。ところが、訪れ人が感じる豊かさや安らぎや和みの感覚と同様の気持ちを抱いて日々暮している小布施人は、どれほどいるでしょうか?来訪者がゼロのまちから、120万人の町になるまで、拡大の路線を歩んできた小布施町には、外の評価とはまったく異なる、「こんなはずじゃない」「もっとゆったりと暮したい」という住民の静かな思いがあります。ここで町長が新しい人に交代する意味は、ここにあると思います。

もう一度、住民本位、住む人を最優先にするという「美日常」の視座に立って、小布施のすべてを見直す。住民や町職員、外の人たちと思いや意見を交わしあい、決めたならば、いままで蓄えてきた「つなぐ力」「つくる力」で統率力を発揮して推進する。こういうことができる人が、居間の小布施町長の座には欲しいのです。

見渡したところ、市村良三さんしかいない、と。そう思うから、この人を推したい。「やむにやまれぬおもい」というのは、こういうことです。ご賛同いただける方、ぜひ応援をお願いします。

ところで、みなさん、ござる、という日本語をご存知ですか?漢字では「御座る」と書きます。広辞苑によりますと、このことばは「御座在る(おんざ・ある)」の約。「居る」の尊敬語で、おいでになる、ある、来る、ゆくの尊敬語だそうです。一昨日、小牧市のみなさんが会話のなかで、地元のお年寄りのことばとして「ござった」とおっしゃいました。このことばをはじめて知ったのは、小牧のおとなり岐阜県の、飛騨古川町を訪れた昨年のこと。その響きと意味合いに、他人様を敬い、丁寧に温かく対応するこころのたたずまいが、染みこんでいることを感じました。

それ以来、あたくしの「美日常語」の筆頭に掲げています。そして、最初は方言かと思っていましたが、広辞苑には古語的な扱いながら、いわゆる標準語として紹介されていました。「御座る」、これから使っていきたいと思います。みなさんもどうぞ、お使い遊ばせ。
 2004年11月20日(土)  手打百芸おぶせ TEL247-2847
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昨夜は、夕食を自宅でとったあと(久しぶりに家族で!)、小布施町中央の住宅地に新しきできたお蕎麦屋さん「おお西流十割蕎麦 手打百芸おぶせ」へ。10歳ほど先輩で幼馴染の須山秀男さんと久しぶりの乾杯とお話を楽しみました。須山さんは、電気系の会社を営む50代半ばの社長さん。ハワイアンを高校時代から心から愛する、佳き万年青年です。将来の夢は・・・内緒なので書きませんが、小布施とハワイがキーワードのようです。

「おぶせ」のご主人・坂原広重さんは、富士通を定年前に退職して、上田の有名なお蕎麦屋さんに弟子入りし、修行ののち、お住まいの場所に念願のお店を奥様とともに開かれました。まさに、男の、夫婦のロマンの実現ですね。**は絶品でした。お蕎麦を口にして、「蕎麦の温度」がこんなにしっくりときたことは初めてでした。坂原さん、がんばってください。

きょうは朝6時起床。9時には市村良三さんの事務所へ。午前中、会報の編集など。午後もずーーーっと、事務所におりました。

【きょうの写真】夕方、市村良三さんの事務所にて。20代前半からご高齢の方々まで、和気あいあいの雰囲気です。絶対快勝!引き締めて。21日には、町の最高齢クラスのお爺様お2人が、市村さんを“陣中見舞い”にお見えになります。
 2004年11月21日(日)  92+95=187歳のご訪問です。
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【きょうの写真】上)良友会事務所としてお借りしている西永寺さんの門前にて、左から92歳の久保勇さん(イサムさん)、95歳の木下作一さんと市村良三さん。運転は作一さん(さくいっつぁん)、軽自動車にて♪

下)事務所にて、左から後援会長の浅岡太郎さん、久保さん、良三さん、木下さん、内坂徹さん。
 2004年11月22日(月)  選挙はだいじですね。
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朝から夜まで、良友会事務所に詰めておりました。朝11時、須坂新聞記者の大硲(おおば)真一さんが来所されて、投票日前に発行される新聞(この新聞は毎週土曜日朝の週刊です)に掲載する記事について打ち合わせ。政策と略歴、候補者夫人・多喜子さんの「家族が語る候補者」、支援者の代表3名の推薦のことば、それに選挙広告を12月1日までに作ります。これは広報担当事務員のあたくしのおつとめです。

午後1時半、町役場へ行って、町の財政事情について聞き取り調査。広報担当者として、お勉強は欠かせません。しっかりと30分間ほど、レクチャーを受けました。つくづくと、選挙は大事だなと思いました。選挙があることによって、候補者や支援者=選挙民=住民は町の現状を学び、公約や政策を打ち出すにために将来の姿を思い描くことが求められます。漫然とした感情論や、「補助金をお上から授かってきて下々に配ってあげる」というような政治屋に、首長はつとめりません。すくなくとも、小布施の町長には、しっかりとした理念と政策を掲げて、いまと未来の住民や関係する人たちのために働いてくれる人に、なってほしいと思います。

午後3時、自宅仕事場に、アオヤギ印刷の中山さんが来てくれ、印刷物を納品。夜は、良友会の集会を楽しみました。10時に帰宅。それから、妻手作りの温野菜をたっぷりいただきました。ごちそうさま。

【きょうの写真】上)良友会の政策と市村良三さんの略歴などを載せたパンフレットです。こうしたものを、仲間といっしょに作らせてもらってます。

下)良友会事務所がある西永寺のお庭です。仲間で先輩の造園業・見海勝彦さんの作品。町のほぼ中心部ですが、一歩庭に入ると、とってもいい空気が流れています。事務所はこの左手のお庫裏にあります。あたくしはこの手前の離れの家でおつとめしております。
 2004年11月23日(火)  PTA新役員が決まるまで
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朝から良友会・市村良三後援会事務所に詰めておりました。午後3時より市村さんの仕事場にて、広報チームの編集会議。Kさんの斬新かつ大胆なアイデアが飛びだして一気に盛り上がり、ビジュアル系をキーワードにした編集がスタート。あたくしはいつものように、活字関係を担当することとなり、さっそく準備にとりかかっております。

夕方、事務所をぬけ出して須坂市へ。須坂東高PTAの来年度の新役員さん(会長・副会長候補)を決定するため、副会長の女性(お母さん)候補のお宅へ、副会長の安原さん、上野原さん、山口さん、そして高山村地区会長の近藤さんとお願いに。But 人望の厚いご家庭でたくさんの公職を受けておられて超ご多用、残念ながらあきらめざるを得ませんでした。

PTAの新役員の選出と決定は、全国どこの学校でも、大きな課題だそうです。わが須坂東高校では昨年度、会長候補の男性になかなかお引き受けいただくことができず、今年2月になってようやく決定しました。今年度はそうならないように、引き締めてまいりたいです。ただ、幸運というか出会い、ご縁によるものが大きいですね。たいへんだ〜。

帰宅。すぐに休みました。

【きょうの写真】小布施町役場の玄関前、ケヤキの並木。すっかり黄色に色づいた散策道です。近い日に、この並木道を町職員に迎えられて初登庁する人が市村良三さんであるように、祈りつつお願いに歩こうと思います。
 2004年11月24日(水)  休養と執筆と
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午前中、ずっと寝ておりました。疲れるんですね、正直申して。ふだん一人とか気心の知れた少人数で仕事しているのに、いきなり後援会事務所ですから。それにあたくし、ニコチンにはとっても弱いんです。たぶん、事務所の空気により、ニコチン中毒状態になっているのではないかと思います。できるだけ新鮮な空気を深呼吸するように努めたいですわ。

午後、良友会関係の広報の企画と執筆を、自宅仕事場で進めました。あわせて、とどこおりがちの本の発送準備をまとめて行いました。そんなことをしながら、一日が過ぎていきました。

25日のことですが、良友会の公式サイト掲示板に、市村良三さん宛てのこんなメッセージが、届きました。とってもうれしく、ここにご紹介させていただきます。

発信人の木下一郎さんは、愛知県小牧市のまちづくりNPO法人こまきあんずの方。先日、こまきあんずのお招きで、あたくしも講演をさせていただきました。下のメッセージは、昨日の名古屋市での良三さんの講演をお聞きになってのご感想です。

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市村良三様
昨日は、名古屋までお越しいただき、ありがとうございました。
講演会場の名鉄グランドホテルで、ご講演を拝聴いたしました。
テーマは、「観光カリスマに学ぶ地域再生の処方箋」でしたが、
2度ほど、小布施に寄らせていただいた者として、
これからも、おぶせのリーダーとして国内外にさまざまな情報発信をお願いします。

私は木下豊さんのHPを拝見して小布施町を知りました。
実際に訪れて、官民一体のまちづくり運動をされていることは実感しましたが、
これから大事なことは、町民の方々が本当に「いいまちだね」と言えることだと思います。
私は何度訪れても生活者ではありませんから、そこに住んでいる子供さんから、お年よりの方までこころからそのように仰れば本物であると思います。

また、来年は「愛・地球博」が3月25日に開幕します。
是非、小布施町の皆さまのお越しをお待ちしております。
そして、12月26日に市村町長さんが当選されることを、愛知県からお祈りしています。

【きょうの写真】カリンです。いま編集中のお料理とライフスタイルの本の主人公・竹節志げ子さんのお宅の庭で実りました。カリンは漢字で、花梨と書くのですね。いい感じ。
 2004年11月25日(木)  初雪はもうすぐのようです
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朝6時45分、候補予定者の市村良三さん宅へ。あたくしの車に乗っていただき、途中で内科医の内坂徹さんに同乗していただき、あたくしの地元飯田区へ。地元選出の町議・湯本正明さんに先導していただき、約75軒のお宅すべてを、歩いて訪ね、ごあいさつをさせていただきました。一軒ずつを歩くこと、玄関やお庭を見させていただくこと・・・多様な生き方、暮らしざまがあるものだと思いました。一人だけの世界に閉じこもっていては、世界は開けないなとも思いました。9時少し前に終了。後援会事務所の西永寺さんへ。

帰宅して朝食と緑茶。そして仕事場にて執筆。午前11時半、プチレストランのマードレを訪ね、ご主人の竹節さん手作りのイタリアン料理6点を撮影。カメラマンは関眞澄さん、インタビューは中島敏子さん。終了後、竹節さんを囲んで、撮影したメニューをお昼にいただきました。オーブンでこんがり焼いたにんにくのスライスが香ばしく、なんとも好きになりました。

2時15分、中島さんと車で五色の湯旅館へ。ご主人の水野茂さんの自伝執筆のための取材。1時間半ほどお話を伺い、小布施に戻りました。

良友会事務所にて執筆。6時半、小布施に新しくできたお蕎麦やさんへ。「ズームアップ小布施」という写真の仲間の懇親会。途中で抜けて、自宅に戻り、執筆をしました。

【きょうの写真】五色の湯旅館の南東にそびえる山のてっぺん(標高1500m以上)は、うっすらと雪化粧。あと200m下は五色の湯。小布施の里の初雪は、もうすぐでしょう。


 2004年11月26日(金)  増員・増益の誇りと気概
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朝9時から市村良三さんの後援会事務所に居りました。会報の原稿執筆をしながら、電話番などをいたしました。お昼をいただいてしばらくのち、車でJR豊野駅へ。あす日帰りで出かける鎌倉往復の週末フリー切符を購入しました。それから長野市のホテル国際21へ。

伊那食品工業社長・塚越寛さんの講演会が開かれ、その聴講と本『いい会社をつくりましょう。』の販売をさせていただきました。経営企画室の藤澤健二さんと現れた塚越社長は元気いっぱい。演題は「47期 増員・増益の経営」でした。すこしまえまでは、「増収・増益」とおっしゃっていましたが、「増員」に変わりました。すばらしい言葉選びだと思い、感激いたしました。毎日変革、日々バージョンアップの姿勢が凝縮されていると思いました。

経営状態が決して良くはなかった昭和30年代から今年まで2年に一度、すでに17回、全社員が参加する海外旅行を実施。そのココロは、「最先端の感性、施設、もてなしなどを実体験することの積みかさねは、日々の暮らしや仕事にかならず反映されてくるはず。そして、この会社はがんばれば報われる、という実感は、仕事のやる気(モチベーション)を確実に高める」という信念だそうです。

また、研究開発に従業員の10%をあてるという方針は、「自分自身を律するため」とのこと。では文屋にとって10%の研究開発とは?と自問してみました。読書、映画、コンサート、人と会う、旅をする、研修を受ける、論文を書く・・・直接の経済的な見返りのあることではない何かに、自らの資源(気持ち、時間、お金など)を投じることの大切さは、文屋にも共通するとあらためて考えさせられました。塚越社長、ありがとうございます。

それから小布施へ帰り、6時半に良友会事務所へ。いま夜11時半を回りました。事務所で一人、新しい政策を書き終えたところです。良三さんや先輩のご意見を盛りこみ、来週には印刷されて配布されます。

【きょうの写真】講演する塚越社長。
 2004年11月27日(土)  鎌倉、武蔵境へ
朝6時7分長野発の新幹線にて東京経由・鎌倉へ。母と長男真風と3人で鎌倉の富士和教会へ参ります。

真風は、このたび、須坂東高校の指定校推薦制度によって亜細亜大学経営学部に合格させていただきました。よかったです。27日は昼間で鎌倉にて学ばせていただき、午後は亜細亜大学を見学。大学のある中央線武蔵境駅あたりの住まい(アパート)の物件を2〜3歩いてみようと思います。

では行ってまいります!
 2004年11月27日(土) その2  良ちゃん語録
いま、編集を進めている市村良三さんの肉声を、「良ちゃん語録」と呼びます。未定稿ですが、ご紹介しますね。少しでも早く、みなさんに良三さん(小布施町長選候補予定者)の人となりや魅力を分かっていただきたいので。ではどうぞ。

紙:今回は暖色系(品のいい)にてお願いします(良三さんより)
裏面に、会報1号の修正したものを印刷してください(後送します)。

【良ちゃん語録】
みんなに順番に、光があたっていけばいいと思うんです。

昔の、わたしが子どものころの小布施のほうが、ずっと美しかったと思うことがあります。

学校の生徒会の選挙にも出たことがありません。今回がはじめてです。ひとと争って何かをやるってこなかった・・・っていうか、できないんですよ、争うことが。だから、ほんとうにしんどいんです。でも支えてくださるみなさんと、明るく、そして仲良くこの数週間を乗りこえていきたい。相手方のみなさんとも、その翌日から仲良くできると思いますし、仲良くしていただきたいですね。

みんな仲良く、ほんとうに住みごこち良く、元気に幸せに暮らす小布施を、みんなでつくっていきたいな。

みんなで話し合って、みんなで協力し合う。智恵と汗を出しあう。「対話」をだいじにしたいんです。

町職員のみなさんは、やる気いっぱいの実力派ぞろいです。適材適所で力を発揮すれば、より力強くてあたたかな、仕事人の集団になるはずです。

JAや商工会をはじめ力のある団体やグループが交流する場や機会をつくることで、住民のそれぞれがおもちの力をつないでいく。そうすれば、ものすごい“小布施の力”がつくられると信じています。

農・工・商・・・小布施の産業振興のキーワードは「交流産業」だと思います。町民と町民が交流する、町外・県外・国外の人たちに何回も来ていただいて交流する。交流がもたらす刺激や情報や智恵を、農業・工業・商業に生かしていきたいんです。「この先の道」は交流から見つかるはずです。

わたしはこの町がほんとうに好きなんです。好きで好きでしょうがない。この町と住民のみなさんが、わたしの誇りなんです。

毎年、人口の100倍以上の方々をお迎えする町になりました。この流れは決して止めてはならないと思います。ただ、ともすれば安易な、底の浅い“観光地”になりつつあります。

主役は私たち住民、生活者です。外からの高い評価と住民の幸福感の高さが、キチンと重なるような、そんな住み心地の良いまちにしていきたいですね。

図書館や総合公園、散策道の整備、大学の講座誘致…休日をすてきに知的にすごせるまちにしていきたいですね。

小布施町は、住民のみなさんのご意向によって「自立」を選びました。合併も自立も、どちらも厳しいんです。肝心なことは、住民お一人お一人の自立の意識と、支えあう協働の気持ちではないでしょうか。

予算の配分は、「いま、私が、よければいい」というような小手先の安易な発想ではなく、「いまと将来の、みんなにとってよいかどうか」という視点で考えなければならないと思います。あれをやりますよ、これをやりますよ、というようなことを、私の一存ではお約束できないんです。でも、みなさんの智恵と汗が一体になれば、このまちはかならず、成り立っていけると思います。

私は、小布施の特産の農産物を加工して販売する地場産業の民間企業を営んできました。農業と工業、商業を一体にしたような会社です。この経験を生かして、これからは小布施の将来のためにお役に立ちたいんです。

好物はビールです(酒蔵を営んでいますが)。甘いものは苦手です(和菓子屋ですが)・・・ははは。
 2004年11月28日(日)  みんな小布施が好きなんだ。
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昨日は朝5時15分に家を車で出て、新幹線で鎌倉へ向かい、午後は武蔵野市にある亜細亜大学へ。母と長男真風とともに歩いて、夜10時に帰宅しました。この大学は、経営学部に真風が指定校推薦で合格させていただいたもので、親としては訪問してひと目見ておきたいと思い、参りました。それともう一つ、4月からの住まいを探すためです。

鎌倉の富士和教会の和丸斎先生は、つぎのようにご指導くださいました。「いい友だちをたくさん作りなさい。大学時代4年間にできる友だちは、生涯つづくかけがいのないものです。」
「部活動を一生懸命にやるといいですよ。部活動やゼミを通じて、遊びと勉強のメリハリをつけて、充実した日々をすごしなさいね。」
「アパートではなく、大学に寮があるのならば、寮に入るといいですね。きっといい人間関係に恵まれますよ。」

亜細亜大学は昭和16(1941)年の建学。建学精神は「自助協力」です。http://www.asia-u.ac.jp/

中央線武蔵境駅から大学へ通じるアジア大学通りに、樹齢数十年の大イチョウの並木の黄色い葉が印象的でした。

一夜明けてきょう28日は、朝から良友会事務所です♪政策集の編集にとりくんでいました。夜までずーっと。小布施と日本とアジアの人たちの幸せのため、って気分です。まわりの人たちは、みんな小布施が好きな人たちばっかりです。だからとっても楽しいです。みなさんも遊びにお出かけください。

【きょうの写真】亜細亜大学の正門前の様子です。学生数は約5,000人
 2004年11月29日(月)  めざされているまち小布施
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みなさん、こんにちは。きょうも朝から、市村良三さんの事務所に詰めております。朝10時すぎから、アリコの村田正道さんと面談。昼の休みに須坂東高へ行き、亜細亜大学の学生寮への入寮希望の文書を真風と書いて速達で投函しました。夕方、夕食を食べに帰宅。そしてまた、良友会事務所です。

良さんはきょうも朝6時45分から、元気に、大好きなまち小布施を歩いています。夜は10時すぎまで、若い人たちとの座談会で熱い議論をして、事務所に帰りました。”選挙、政治的な意味での知名度”はゼロというところからスタートしましたが、市村良三の魅力や可能性は、お会いしてお話いただければ、どなたにもきっと納得していただけると思います。日を追うごとに、初めてお話しする人が増え、支持してくださる方の輪が広がっている感じです。でも「感じ」と「得票」は必ずしも一致しません。選挙は投票していただいてこそ勝てるもの。市村良三を支持してくださるみなさん、お一人でも多くの方々に、つのぎ小布施町のリーダーとしての市村良三を、口コミで広めてください。

ところで、小布施には年間120万ともいわれる方が訪れてくださいますが、そのうち1%以上、たぶん1万5千人は、視察や研究の対象として訪問しておられます。まちづくりの世界での小布施の存在感は、いまでも高まりつつあるようです。

その実感を裏づけるアンケートの結果が、先ごろ国から発表されました。私ども良友会では、今朝、支持者の方から初めて知らされました。日経新聞の全国版11月25日号5ページ下段に、写真のような記事が掲載されています。

内閣府が人口20万人未満の市町村を対象に行ったアンケート調査で、「目標とする自治体」の第2位に「小布施町」が選ばれました。1位は北海道のニセコ町。地域づくりで目標や参考にしている自治体として、評価されているとのことです。

財政問題をはじめ、小布施の町政にはさまざまな課題が指摘されています。しかし、全国2位の評価をいただいている事実を、わたしたちは喜びとともに重く受け止めたいと思います。市村良三は、そんな小布施町の課題を、「外からの高い評価と小布施人(びと)の生活実感、幸福感にある格差を縮めること」と表現しています。

この町のまちづくりの流れ、町外からの人の流れは、けっして止めてなりません。これからは、外からもっと評価される町になることをめざしつつ、一番の課題として、私たち住民が、その評価の高さに見合う幸福を実感できる、地に足のついたまちにしていきたいと思います。みなさんとごいっしょに!

みなさんのご意見をお気軽にお寄せください。BBSではなく、個別のメールも歓迎いたします。

【きょうの写真】上)日経新聞の記事です。ニセコ町について全国2位で、「目標・参考にしたいまち」なのだそうですゼ!

下)とつぜんですけども、あたくしがこの世で一番好きなサイトをご紹介いたしましょう。「Luna月のかたち」といいます。なんの説明もありません。ただあるのは、その日の月のかたちのみ。2年前の冬に天の神からいただいた俳句「迷ひ雪 月のぬくみに とけにけり 透玄」を思い出しました。また雪待ちの季節。あたくしの詩ごころがひたひたと元気になる季節です。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n_iwai/Luna.cgi?m=November&d=29&y=2004
選挙はでぇじだ、でもお月さんから見れば屁みてぇなもんだわな、と思いつつ、今晩も風呂上りのビールをいただきます、へっへっへ♪
 2004年11月30日(火)  提案します!部外者投票。
「部外者」なんていうのは失礼ですが、お許しくださいね。小布施にお住まいではない、小布施の選挙権の無い町外、県外、国外の方々にも、投票権をもっていただきく制度のご提案です。あたくし的には「音連れ人(おとづれびと)投票制度」と呼びたいな♪

人は自分で自分を正確に評価することは難しいですよね。外の人の評価を受け入れてこそ、自分を正しく評価でき、つぎなる一手を考え、さらなる一歩を踏み出せるものです。

選挙、とくに首長の選挙は、そのまちの「この先の道」を決める大切なもの。その判断を、内部の人たちだけでするのは、つぎの一手や一歩を誤りかねません。そこで!「部外者投票」です。一票の重みは5〜10対1くらいにします。つまり、町外の人の10票を町民の1票分として換算します。

こんな制度になれば、よりおもしろいまちづくりができるような気がするのです。今回、小布施の町長選にかかわってみての、途中経過的感慨でございます。笑ってやってください。

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