Monochrome-Monologue

2005年3月
 2005年2月28日(月)  確定申告〜!
深夜ぎりぎりに書いておりましたら、月が替わり、更新部分が掲載されませんでした。ちょっと不便ですな。

午前中は発送とお掃除。午後はいよいよ確定申告の用意です。出だしがとってもおそいので、商工会の中村さんにはご迷惑をおかけしております。すみません。一週間以内に仕上げます。

ところで、おそろしきものが登場しました。ご覧ください。そして忘れてください。ではどうぞ。おそるおそると。

http://eco.goo.ne.jp/life/sho-ene/iteco/office01_1.html
 2005年3月1日(火)  ふたたび東京へ。竹節さんの取材です。
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朝5時に自宅を車で出て、JR長野駅へ。小布施のプチレストラン・マードレの竹節志げ子さんの本の取材で参ります。

05:10 木下宅(カメラマンの関さん)
05:15 竹節さん宅
05:30 長野市朝陽の電気屋さん前(中島さん同乗)
06:00 新幹線発
07:40 東京着
08:30 築地散策、撮影、朝食
11:30 シャン・ド・マルス(渋谷道玄坂)にて撮影、取材、昼食
      オーナー吉野好宏氏にご挨拶と取材
      http://www.french.ne.jp/cdt/mars/
      http://www.tepore.com/gourmet/20021015/detail/01.htm
15:00 クイーン・アリス(晴海トリトン)にて撮影、取材、昼食
      オーナー石鍋豊氏には会えないが、昨秋、小布施に紅玉の収      穫に見えたスタッフが歓迎。
      http://www.queen-alice.com/
夕刻、東京発(竹節さんは東京泊)

いよいよ取材も大詰めです。発行は5月ころの予定です。みなさん、よろしくお願いいたします。

【きょうの写真】上)シャン・ド・マルス(渋谷道玄坂)のオーナーシェフ吉野好宏さんです(上記サイトより)。竹節さんは、吉野さんや石鍋さんの個人的にお世話になりながら、お料理や接客を学んできました。お二人との交歓の様子を取材してまいります。深夜に帰宅します。
 2005年3月5日(土)  須坂東高の卒業式でした。
しばしのごぶさた、申し訳ありません。写真帖は毎日書きたいのですが、どうも近ごろ、気分のペースがつかめないでおります。毎日チェックしてくださっているみなさん、ごめんなさい。

きょう5日は、長男真風が3年間通ってきた、そしてあたくしがPTA会長をさせていただいております長野県須坂東高校の卒業式でした。PTA会長にとって、副会長の昨年度を合わせて2年間の、日常的なおつとめがもちろんたいせつなのですが、厳粛な卒業式における、全校生徒と全教職員、そして卒業生の保護者のみなさん(計約900名様)を前にしての「祝辞」は、大きな壁なのでございます。

祝辞の内容は、1年前の卒業式で前任の月原光昭会長さんが祝辞を終えられた直後から、あたくしの頭の中で浮かんでは消えしており、具体的に申すならば3日に一度、考えない日はなかったくらいです。「書くのが本業なんだから、すらすらでしょう」などとおっしゃる方も多いのですが、それは違いまっす!

で、できた原稿が(というふうに、濁音がつづく文章は好きではない…などと考えはじめると、どんどん行きづまるのである)つぎのものです。ゆっくりかみしめるように読みましたので、4分ほどかかったようです。自分なりに一生懸命やらせていただきました。

きょう、いちばんうれしかったのは、真風が卒業式の後の最後のホームルームで、担任の河島謙造先生から、「無遅刻無欠席皆勤」をたたえる表彰状をいただいたことです。皆勤であることは承知しておりましたが、まさかそれがストレートに評価されて賞状をいただけるとは!気がついてみたら、30数名のクラスの中で皆勤は男女各1名のみ。賞状に記された「強い意志と健康管理能力で」という言葉は、親、というより家族みんなに与えられた勲章のようにうれしく、いまもそのうれしさは変わりません。

「継続は力、どんなことでも10年を目標につづけてみなさい」と力説された河島先生は、3年間に「めがね通信」という手作りのクラス通信を、400数十回も発行されました。放送大学の修士課程での勉強や韓国・朝鮮語、中国語へのチャレンジなど、挑む姿をいつも実践で示してくださった師です。ありがとうございました、河島先生!長野市立三陽中学校でのご活躍をお祈りいたします!!

午後は祝賀会(謝恩会)、そして2次会へ。8時すぎに帰り、6日は11時まで爆睡させてもらいました。ほんと、芯から疲れ果てましたぜ。

あ、祝辞の原稿ですが、ちょっと長いので、このサイトの「Kinoの聞・文・分」に掲載しましたので、よろしかったらご覧ください。
http://www.e-denen.net/kino/kino.cgi?_action=_log&_id=0
 2005年3月6日(日)  ずっとしんこく
朝11時まで、深く深〜く眠りました。10時過ぎころからアタマの上のほうで、「おいそろそろ起きなさいよ。寝てるばあいかい。確定申告の締め切りだろうが!」という声がして、それでも起きる気にならず、なんとかおきだして机に向かいました。

そう3月15日締め切りの確定申告まであと10日たらず。記帳事務をお願いしている町商工会の担当の中村さんにこれ以上ご心配をおかけするわけには参りませぬ。で、終日、ずっと数字に埋もれておりました。

眠ったのは午前2時半すぎ。でもなんとか、すべての書類を調えることができました。今年1月分からは、『小さな会社のお金のソフト』という優れもの(という評価のある)ソフトを購入したので、これからそれに入力を日々してまいろうと思います…つづくかな〜、しんぱい。
 2005年3月7日(月)  4月17日夕、やちむん小布施コンサート決定!
朝10時、町商工会館へ行くまえにセブンイレブンにて貯金通帳のコピー。そして記帳担当の中村さんに会いに商工会へ。書類一式をお渡しして、説明をしていただきました。なんとかうまく申告書にまとまるといいのですが。今年から消費税をお納めする事業所ということになり、はたしておいくらになるのか、びくびくしつつ興味しんしんです。

昼すぎ3時、新生病院のコミュニティスペース「メイプル」へ。4月16・17日の玄照寺境内アートに参加してくださる沖縄の3人グループ「やちむん」のコンサートを、17日夕方の境内アート終了後に、この病院にある新生礼拝堂にて開いていただくための打ち合わせ会です。礼拝堂チャプレン(牧師さん)の箭野直路(やの・なおみち)さんと、沖縄ご出身の看護士さん・成沢ももえさん、そして映像作家の花井裕一郎さんとあたくし。つぎのような内容です。

やちむん小布施コンサート素案

1 日 時 4月17日(日)午後6時開場、6時半開演、8時すぎに閉会
2 会 場 新生礼拝堂
3 主 催 実行行委員会(代表は花井さんです)
      新生病院、小布施町などにもご協力をお願いします。
4 人 数 約80名
5 チケット 1,500円(税込。当日2,000円)、小中学生1,000円
6 その他 CD販売あり。

※やちむんのサイトです http://urizunweb.oc.to/yachimun/
※お問合せはつぎのみなさんへどうぞ。チケット発売は3月中旬になります。
○花井裕一郎さん HANAI VISUAL WORKS
 381-0209 小布施町中松30‐26 TEL:247-5796、090‐3334‐7645
○古川喜啓さん Art&Craft よしのや
 381-0201 小布施町小布施609-1 TEL: 026-242-6606
○成沢道夫さん TEL: 026-247-5855、090-4914−5053

みなさん、どうぞおでかけください!
 2005年3月8日(火)  日本国憲法は日本人だけのためのものではない
朝から、すこし町へ出ましたが、仕事場でずっと境内アートの事務局としてのお仕事に専念しておりました。

夜、夕食のあと、町内で開かれた「小布施九条の会」にはじめて参加。憲法第九条に手を加えて日本を「戦争のできる国」にしようという、自民党を中心にした大きな勢力の存在と活動。それをはばみ、平和憲法の保持のために熱心に活動されている人々の存在。以前からすこしずつ耳にしておりましたが、今回、小布施の支部組織ができるということでお声かけいただき、参加したわけです。

集まったのは40名ほど。栗菓子の桜井甘精堂の社長・桜井佐七さんが代表としてのお役を務めておられます。語られている趣旨にあたくしは賛同いたしました。憲法九条は、過去に対しても未来の世界に対しても「日本人だけのためのものではない」という確信を、あらためて確かめることができました。

そにうえで、この活動の限界をも感じたひとときでした。10日の昼前、桜井さんを本社にお訪ねしてお渡しした私的な文章を下に掲げます。桜井さんとは、じっくりとお互いの気持ちを語りあい、聞きあい、理解を深めることができました。この部分のものごとを確認したうえで、あたくしも平和憲法の保持のために、自分なりに動いてまいろうと思います。

==10日、桜井様への文章==

≪最終目的は何なのでしょうか?≫
 みんなの幸福、ではないのか?
 九条が守られれば、みんな幸福になるのか?
 戦争がなければ、幸福になるのか?
 「憲法も手段。平和は経過あるいは幸福の前提」。

≪枠を破れない。「既存の革新系の人々の集まり」という印象。≫
 なぜなのか?原点からの再考。
1)憲法、制度(政党、政治)、他社批判、非日常(戦争と平和)
2)自分、自己変革、日常(けんかと和合)
○ 「九条を守るという一点」というときの、一点の掘り下げが必要ではないか?
1)から2)への志向(思考)の深化なくして「成功」は難しいのではないでしょうか?
○ 「思想、信条、政治、宗教」以前の問題として。
○ 全国、県、須高があるのになぜ小布施で作るのか?その本当の意義は?「自分」と「暮らし」に視点を合わせることではないか?

≪視線を自分と暮らしに向けること≫
 国と国の争いを戦争といい、人と人の争いをけんかといいます。けんかは、人間の欲張りや威張りから生まれます。日々の生活のなかで、人の良い面を見つけて見習い、自分の思いや行動を反省して、心穏やかに、仲良く暮らす。和合の暮らしの積み重ねが平和を築き、平和なくして人々の真の幸福はありません。
 憲法九条を守り抜くことは、私たちそれぞれが自己改革していく腹をくくり、日々を生きることと同義であると思います。
 2005年3月9日(水)  シンガポールからの便り。「違い」について
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Dearest friends,
Thanks for the support that you've given the team during the stay and tournament. From my personal point of view, it's a memorable moment in my life. The cultures that we've learnt and friendship that were bonded. Team Singapore left Japan with a heavy heart, knowing that we'll miss the friends and extended family that we've left behind. We will always keep in touch and I'll definitely come back to Obuse Town for my holidays in the near future or even better, settle down there!! :-)

Last but not least, pardon me for being with a man of few words during my stay. I do apologize for any inconvenience caused or inappropriate behavior of my athletes and me should there be any during the stay. From the bottom of my heart, I would like to THANK YOU guys for the kind and nice hospitality that you've given us. And we'll share this experience with our friends in Singapore of the kind generosity of OBUSE TOWN. Love you guys.
Sincerely yours,

これは、先日わが家にホームステイしてくれた、SOスペシャルオリンピック巣のシンガポール選手団のコーチ、シャイフルさんから届いたお礼のメールです。シャイフルさんは3泊4日間、知的な障害をもつアスリートのルクマンさん(22歳)と18歳のサフワンさんととも(3人とも男性)とともに、わが家を拠点に本番前の練習や小布施の子どもたちとの交流などを楽しまれました。

彼らとすごした日々のなかで、あたくしは「違い」について考えていました。SOのホストになるというお話を小布施町からいただいたとき、いくつかのことを考えました。外国人であること、知的に障害をもつ人たちであること…これらの「違い」をどう受け止めるかによって、ホストになるならない、なれるなれないという答えが決まってきます。

そして対面式、自宅での夕食…違い、壁という気分は、いつのまにか消えていました。違いということならば、あたくしとあたくし以外の人は違います。子どもとも親とも妻とも違う。みんな違ってみんないい。そう、以前お遊びで考えたコピーが思い出されました。

「違いは偉い!」

【きょうの写真】上)シャイフルさんから届いた写真です。2月23日夜、六斎舎での歓迎懇親パーティーで。右からシャイフルさん、サフワンさん、朝子、あたくし、ルクマンさん。

下)ジブラルタとのプレーのあと、両チームが手をつないで応援席に向かってお礼の万歳。応援も燃えました。ホワイトリンクにて。
 2005年3月10日(木)  寺地さん、木下さん、ありがとうございます
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8日朝、メールを開くと、愛知は小牧市の木下一郎さんからうれしいお便りが届いていました。一郎さんのことは、写真帖で何回か書かせていただきましたが、昨年秋、彼が主宰するまちづくり法人、NPO「こまきあんず」のお招きで講演をさせていただきました。

6日(日)に開かれた第8回「交流の広場」のことを伝えてくださいました。
http://www.gogomonkey.2y.net/komakianzu/anz8-050306.html

こうした場は、小布施でも、もちろんほかの土地でも、できることですよね。それを実現させてすでに8回目。一郎さんの実行力とお仲間とのあったかな結束力には、教えられることが多いです。

そして「ぼだい樹倶楽部は、4月20日に「かんてんぱぱガーデン」を訪れます。塚越社長さんとお会いできることになりました。豊さんのお陰で感謝します。」…なんてうれしい展開でしょう!

そのメールのなかに、つぎの一文がありました。
「毎週、札幌の寺地信義さんからメルマガが届きます。一部を転送させていただきますので、ご一読をお願いします。 一郎」

以下の寺地さんの文章で「Kさん」とは木下一郎さんのことです。

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 寝床で読んでいた本を読み終えました。
 1月の名古屋セミナーのとき、Kさんが「この本、良いですよ」と、ぼくにくださったのですが、読み始めたのはひと月ほど経ってからでした。
「いい会社をつくりましょう」(塚越寛・文屋=長野県の出版社です)
 著者は、国内の寒天の供給会社(従業員320人)を経営。40年間連続増収増益を果たし、社会貢献に対して2002年には日刊工業新聞社から「最優秀経営者賞」を受賞。
「かんてんぱぱ」ホームページ http://www.kantenpp.co.jp/
 なんて「ほわん」としたタイトルなんだろうと読み進むうちに、鳥肌が立ってきました。

「いい会社をつくりましょう 〜たくましく やさしく〜」
 これが、この会社の「社是」なんだそうです。
 経営とは100年先の人々のために木を植えるようなものであると、さりげなくすごいことを書いています。
 鳥肌が立ったのは、このひとが書いていることはすべて実行してきたことだからです。口先だけかっこいいことを言っているのではなく、あたりまえに実行してきたから。

 で、このひとの座右の銘は二宮尊徳の言葉
 「遠くをはかる者は富み
  近くをはかる者は貧す
  それ遠きをはかる者は百年のために杉苗を植う
  まして春まきて秋実る物においておや
  故に富有なり
  近くをはかる者は
  春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず
  唯眼前の利に迷うてまかずして取り
  植えずして刈り取る事のみ眼につく
  故に貧窮す」

 「七つの習慣」の連続講義を通して、毎週話しているのが農場の法則。
今日植えて、明日刈り取れる作物はない。つまり一夜漬けの戒めなのですが、夢なくば計画なし、計画なくば実行なし、実行なくば実現なし。
 どんな言い方をしても良いけれど、最初に必要なのは長期的展望なのだということ。
 塚越さんというひとに会ったこともないし、寒天の生産がどれほど奥深いものかをこの本を通して知ったのですが、すごいなあ…と。
 そしてまねできることは即座にまねしようと思いました。
 「(企業の)成長は必ずしも善ではない」
 「文化は企業を永続させる」
 「会社は教育機関であるべきだ」
 「経営とは伝えることである」
 「労使の関係ではなく、同志の関係を」
 「この会社で幸せになれるひとを雇用する」

 さいごの「この会社で幸せになれる人を雇用する」という言葉にはしびれました。
 ぼくも起業して3年目・・・スタッフは全員、向こうから飛び込んできてくれたひとだけです。まさに、幸せになれると感じて、飛び込んできてくれたのだろうと感じます。
 「採用の失敗は教育では取り戻せない」ということを、前の会社の新入社員研修担当の経験から、身に沁みて知っています。
 これからも向こうから飛び込んでくるひとだけを採用しようと思っています。
 「ほわん」とした空気に優しく包まれる本でした。
 なんだか、そういう本に久しぶりに出会った気がします。
 名古屋のKさん ほんとうにありがとうございました!
  こういう本を読むと3年前に「短期間で儲かる」なんていう名前の本を必死に読んでいたのが恥ずかしいとさえ思えます。儲かる戦略は短期的は必要なことだけれど、二宮尊徳ではないけれど、目先の利益に追われたら、結局は貧窮が待っている気がします。

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 以上です。
 寺地信義さんのことを紹介したサイトをご紹介します。
 http://www.netpassport.or.jp/~wntera/profile.htm

 いずれ、それほど遠くない日に、一郎さんといっしょに寺地さんにお会いできるような気がしています。あたくしの「気」、けっこう実現でするんですよ。

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10日は朝10時に、浄光寺・林映寿さんの(有)マイクロスコープ社の新社屋(かっこいい!)にて、市川電子の新しい事業部の関久徳さんとともに打ち合わせ。同社は「栗子」のキャラクターや「Chestnut」(栗)のTシャツなどを展開されています。これからの交流が楽しみです。

11時半、桜井甘精堂本社にて桜井社長と面談。「小布施九条の会」について。

午後1時半、アラ小布施にて、荒川久治さんと面談。

【きょうの写真】上)シンガポールのシャイフルさんから届いた写真です。朝子と長女の星河、アスリート(SOフロアホッケー)のルクマンさん(左)、右はサフワンさん。みんないい顔してるね!ホワイトリンクにて。

下)シャイフルさんが撮ってくれた「自宅のコタツでくつろぐYUTAKA−SANとサフワン君」の図です。ホスト、面白かったです。シンガポールとの今後の交流が楽しみです。




 2005年3月11日(金)  環境gooに掲載していただきました
朝から仕事場にて編集のお仕事。午後2時、アーティストの中村仁さんとキャラクター「栗子」の関久徳さんと、駅の六斎舎にて懇談。あたくしはすこしして中座しましたが、お二人はオリジナルデザインTシャツのこんごなどについて、ずいぶんと盛りあがったようです。いい感じでね〜。

帰宅して、あすからの上京の用意。あす午後、日本橋の老舗の呉服屋さん「丸又」にて落語会に参じます。三遊亭鳳好さんの落語「金明竹」、三遊亭京楽さんの落語「百年目」をごく小人数で拝聴するという贅沢な場。そして店主の野田様より「着物と江戸日本橋界隈のお話」を伺います。それから、近くの居酒屋にて京楽さんを囲む会。

…で、20年近く前に誂えておいた和服を、はじめて着ます。その準備をいたしました。越民子さんという方が機織から作ってくださった一品…逸品です。あわい青系のお品。久しぶりに出してみて、色と織りのセンスの良さに感じ入ってしまいました。それを、着ます、むふふふふ。

早朝一番の新幹線で長男の真風と上京。春から真風がお世話になる亜細亜大学の寮にご挨拶。夜は三田のホテルに宿ります。

ところで、「環境goo」というサイトに、インタビューを載せていただきました。ちと恥ずかしいのですが、独白です。お時間のあるときに、お読みいただけるとうれしいやら恥ずかしいやら。どうぞ。
http://eco.goo.ne.jp/life/sho-ene/iteco/office01_1.html
「小布施という視座からしか見えてこないものがあるはずです」なんて、生意気なこと言ってますが、これ実感なのです。先日の中西人間塾で、中西進先生が、古代人の視点移動力について語っておられ、それを伺ってさらに確信を抱きました。
 2005年3月12日(土)  上京しております。落語会にて和服で学びます
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早朝一番の新幹線で長男の真風と上京。春から真風がお世話になる亜細亜大学の寮にご挨拶。夜は三田のホテルに宿ります。

午後は、日本橋の老舗の呉服屋さん「丸又」にて落語会に参じます。三遊亭鳳好さんの落語「金明竹」、三遊亭京楽さんの落語「百年目」をごく小人数で拝聴するという贅沢な場。そして店主の野田様より「着物と江戸日本橋界隈のお話」を伺います。それから、近くの居酒屋にて京楽さんを囲む会。

…で、20年近く前に誂えておいた和服を、はじめて着ます。では行ってまいります♪

この一連のものごとは、来春、本になります。くわしくはのちほど書きますね。画期により活気を成す本になることと念じつつ。

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行ってまいりました、興じてまいりました、極上の落語の場でございました。京楽さんは真打。くわしくはサイトをご覧ください。http://www.kyorakusan.com/ 笑門来福、いい言葉ですよね。京楽さんはまさにこの言葉を地で行くような生き方、お人柄の方です。

感想をしたためて仲間のMLに送った文章を、ここに掲載させていただきますね。

  着物を着るとき、帯を締めます。
  帯はへその下の丹田(たんでん)で、締めました。
  ご主人の野田益男さんは、「丹田は日本人の心が宿るところ。
  腹をくくる、腹を決める、肝が座る・・・」と申されながら、
  ピシッと締めた帯を右手でポンとたたかれました。
  背筋も伸びました。
  
  着物で過ごした半日。
  四代つづく日本橋の老舗の呉服屋、丸又さん。
  「着物は75軒の家を経て着物になる。
  工程の前後の人の息(意気)、むすびつきを感じながら思いやり、
  仕上がりの姿を思い描いて、つないでつむぐのが日本の着物づくり。
  日本にこつこつと、営々とつづいてきた職人の思いや生き様は、
  ITをはじめ現代の産業に生かせる。そうすれば、世界のどの国にもで  きない日本人ならではの仕事でもって、世界に貢献できる」と語る野  田さん。
 
  お店に上げてもらって、仲間と感じた京楽さんの落語「百年目」。
  生かされて育てあう人と人。
  人、仕事、ものごとへの、真丁寧な思いやりの大切さが、からだの皮  膚から染みてきました。

  京楽さんの、語りの入口から「百年目」の本題へと転じたときの、空  気のかわり。
  仕事一筋の大番頭さんは夜、花見をして、舟遊びに興じる。
  翌日、旦那さんは部屋に大番頭を呼び、おだやかにかたったのちに、
  昨夜の一場面へと、話を自然にもっていく。
  その時のよどみなき流れのなかに、冷っとした水が合わさったような
  気分の切り替えの妙。
  「絶妙」とはこのことか、と感じ入りました。
  
  大番頭は出かける前に、自分のたんすから贅沢な粋な仕立てを取り出  しました。
  着物を、あんなふうに、着てみたいものだとも思いました。
  自分で稼ぎ出したお金で遊んでいる番頭の姿、かっこよかったです!

  いまを生きる人たちに多くをもたらしてくれる落語という芸。
  もっともっと知っていきたいと思いました。

  準備をしてくださった霞末さんをはじめみなさん、お店を開放してご  指導くださった野田さんご一家、京楽さん、鳳好さん、ありがとうご  ざいました。

【きょうの写真】上)野田さんお店の二階、控え室の和室にて、京楽師匠(右)とあたくし。着ている和服は、20年ほど前に須坂市で機を織っていらした越民子さんにお願いして作っていただいたもの。ずーっと着ないままですごしておりました。着物、喜んでくれたことと思います。

下)久松町倶楽部の立役者たち。右から久田浩司さん、飯島ツトムさん、霞末裕史さん、そして田之下雅之さん。開会前の打ち合わせ。みなさん、お似合いでした。日本人ですもんね!
 2005年3月13日(日)  一新塾理念本の編集懇談会
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朝10時から三田の一新塾にて、理念本の編集懇談会に参加します。くわしくは未定なのですが、今秋、文屋から発刊になることと思います。

12時まで語りあい、13時過ぎの新幹線に乗り、午後3時過ぎに小布施にて「境内アート」の作家・塩川岳さんと初対面、懇談。夕方は、次男荒野がお世話になっている須坂園芸高校のPTA小布施支部の役員引継ぎ会に参加します。では、みなさんも佳き週末をおすごしください。

そろそろわが家の畑でも、春の仕事のはじまりです。うれしいな!

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「人の悪口をいうとき、その悪口こそ、言っている本人のいちばん悪い性分なのですよ」。昨12日夜、京楽師匠独演会を終えて、久松町の丸又呉服店のおとなりのもんじゃ焼きのお店で、京楽師匠や鳳好さんを囲んで懇親会が開かれました。となりに座られた丸又のご主人・野田益男さんは、私の問いかけに、このように答えられました。

この表現、あたくしにとっては目からうろこでした。「人は鏡」ということをかみくだいておっしゃったわけですが、まさにズバリ!という感じの迫力をもって、あたくしの胸に刺さりました。

みんな、仲良くしようよ。そして、それぞれが、自分にしたできない仕事や世界を創っていきましょうよ。自分の世界、舞台でならば、他者と比べたり競うことはない。野田さんの生き様には、個が孤でありながら、虎のごとくに鼓を打ちつづけるような、鬼気迫る迫力がありました。よし!となにやら腹を決めることのできる、ここちよい時間でした。

【きょうの写真】上)「百年目」の舞台であった江戸時代の日本橋や両国、隅田川界隈を、地図で説明する野田さん。「彼は江戸の幸福力を伝える伝道者。呉服屋さんではあるけれど、本来の任務は伝道する人。結果的に、呉服が売れているだけ」とは、飯島ツトムさんの評(表現の文責は木下)。

下)野田さんの説明を聞く面々。ほとんどは、和服を召しておられました。紫色(京紫という色だそうです)の羽織の後姿は、真打の京楽師匠です。今年11月、小布施町のわがむら・飯田の公会堂にお迎えしたいなと、思いつつあるあたくしです。そのときは、みなさんも、聴きにいらしてくださいな。懇親会も開きますよ、きっと。
 2005年3月14日(月)  作務衣、着ちゃいました。
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朝からずっと、仕事場におりました。着ていたのは、一昨日「丸又」さんに薦められるままに買い求めた刺し子の作務衣(サムエ)です。綿100%の国産品。黒字に刺し子風の模様が施されています。

作務衣を着るのは初めてです。ずっと気になっていたのですが、新聞広告やデパートで売られている品に手を出す気にはなれず、ずっと棚上げ状態でした。それが、丸又さんの奥様に、店にあった品を見せられたとたん、合点がいきました。「これだ。これを探し求めていたんだ」と。

軽くてゆったりしていて肩がこらず、からだのどこにも無理のかからない、最高の着心地です!みなさんも、いかがですか?

きょうは、この作務衣姿で、たまっていた本の発送と、水野茂さんの自伝の最終仕上げに取り組みました。だんだんに、自分の流儀が育ってきているような気がしております。「久松町倶楽部」にお声かけいただいた久田さん、飯島さん、霞末さん、ほんとうにありがとうございます。

【きょうの写真】上)ちとはずかしいのですが、見ていただきたくて登場させていただきました。作務衣のあたくし、初公開です。着慣れないので、すこし変ですかな?左下は薪ストーブ。寒がもどり、まだまだ(毎年GWころまでは)ストーブの火を絶やせません。

下)作務衣の生地のアップです。こつこつ、もくもく。職人さんたちの意気が、ひと針ごとに、込められています。
 2005年3月15日(火)  たちいちということば
みなさん、こんにちは。きょうは、緑茶の朝茶をたっぷりいただいてから、仕事場にてずっとすごしておりました。やったことは、水野茂さんの自伝の編集作業が中心です。

昼前に書き仕事をしていると、先日12日に、久松町倶楽部でお世話になった日本橋は久松町の呉服屋さん「丸又」のご主人・野田益男様よりお電話をいただきました。

「私たちにとっても、すばらしい体験でした。待つこと。ただ待つだけではなく、ここに居て待つ。そして準備などをして動きながら待つ。はじめての体験でした」とのことでした。

参加した人それぞれにとって、大きなできごとであったのですね。

野田さんは、あの日、「みんなが、それぞれの立ち位置を見極め、見据えて生きていた。それが江戸の、日本の、職人さんたちの世界でした。自分の立ち位置を考えることは、同時に、他人の立ち位置を思いやることだったのですね」と語っておられました。

これ、「発注力」の要素では?と思い、参加したみなさんにメールを送ったところ、飯島ツトムさんから、つぎのメッセージをいただきました。いつもほんとうにこころに染みる、そして道しるべになるお言葉をいただいております。

「ひとり・ひとりの成長のドラマが起きるようにプロジェクトを見守る。
本来の保障ということです。安心の場づくりとも言えますね。」

そして、「豊かさを生み出す「発注力」ですね。職人の言葉で「手組み」「曲組み」(くせぐみ)「心組み」というものがあります。「美と調和」を生み出す仕事(人間ができること)の基本です。これをまとめる力がある人が頭領と呼ばれていました。大工の棟梁もそうですね。大きな仕事をする人は大統領。字は少しずつ違いますが意味は同じです。」

あの日から私に芽生えた夢。
小布施を、和服ですごす、歩く、集うことが自然なまちにしていきたいな〜、です。

そう書きましたら飯島さんから、「いい仕事は、ひとり・ひとりの中に夢を芽生えさせますね〜。」とのお返事。

『発注力』、これから本のコンセプトと骨組みづくりに入ります。

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夕食(おでんと焼きさんま)のあと、しばし休んでから着替えて、夜の小布施をひとりで歩きました。約45分間。小学校グラウンドでは1キロほどのジョギング。からだもこころもあたまも、動きたいと申しております。おやすみなさい。
 2005年3月16日(水)  『茶と美』にひたっております
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昨日、町商工会にお願いしておいた昨年度分の確定申告を終えました。売上と収益、ともに前年を心地よく上回ることができ、なんとも有り難い気分になりました。これも、実在する神様の目に見えない大きなお力、そして計り知れない多くのみなさまのご愛顧のおかげさまです。ありがとうございます!単発の打ち上げ花火にならないように、気持ちを引締めて精進してまいります。みなさま、よろしくお願いいたします。

最近、柳宗悦(やなぎ・むねよし)氏のご著書『茶と美』を読みふけっております。民藝運動の創始者という柳氏のことは、うすい知識としてはもっておりましたが、本を読みすすめながらに、「美と暮らし」への深くてやわらな論考と実践の人生を学んでいます。「美日常」や「境内アート」など、あたくしも「美」について考えることの多い日々です。きっと心底求めていたのでしょう。柳氏の一文字一行一項が、目をとおして腹の底までしみてきて、赤ペンでしるしをしながら読んでいて、なかなかページをめくれません。熟読し終えるのはまだ日にちがかかりそうです。

アマゾンのサイトはつぎのとおりです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4061594532/contents/ref=ed_toc_dp_1_1/250-3073447-0609850

くわしくは、上のサイトの「レビュー」をご覧ください。

この本には、つぎのような文章が連打されています。ひとつだけご紹介しますね。

「ここに一流品の不完全なものと、二流品の完全な品があったとして、いずれが価値が大きいであろうか。私は躊躇(ちゅうちょ)なく前者だと答える。完全さ不完全さより、質のほうがものの価値にもっと重大な関係を有(も)っているからである。…完全なものはしばしば冷たい。ゆとりが少ないからである。傷が気になるのは、美しさに対するより、完全さに対する愛のほうが強いからであろう。」

本書を読まずして「美」を語るなかれ…いままで「美日常」を語ってきた自分を戒めつつ、この本との出会いに心底感謝しております。本てすごい、とあらためて。そして、ご紹介くださった作家のこだかちえさんに感謝します。彼女のサイトは、http://www5d.biglobe.ne.jp/~ikkanjin/ 

きょうは終日、仕事場に居り、編集しておりました。夕方、駅前のお蕎麦屋さん「つくし」にて、須坂東高PTA小布施支部の役員引継会にお招きいただいて懇親を深めました。

【きょうの写真】上)『茶と美』の表紙です。上記アマゾンのサイトより転載。

下)美といえば和(…え?わび!うん?茶美=さび?)。12日午後、日本橋久松町の呉服屋・丸又さんにて。真打の三遊亭京楽さんは「百年目」を演じたあと、参加者に「笑」や竹の水墨画の色紙を贈呈。それを掲げる久松町倶楽部主宰者の霞末裕史さん(右)とふかさわゆみさん。霞末さんのお顔、そのものがいつも「笑」なんでございます♪
 2005年3月17日(木)  1000メートルの壁♪ひょいっ!
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きょうは45歳最後の日です。そう、あすはお誕生日。でもここ数年は、年齢のことがほとんど気にならないというか、気にしないで生きているので、ほとんど感慨はございません。

朝から仕事場にて、水野茂さんの自叙伝の編集大詰め。昼過ぎまでそうやってすごしてから、作務衣をセーターに着替えて車で出発。須坂市の臥竜公園にある公園事務所のお二人に、遠藤守信博士のご著書『野原の奥、科学の先。』をご注文いただき、お届けいたしました。

そう、少年時代の遠藤先生が科学者としての目を見開いた体験をなさったのが、この公園の臥竜山にある赤松の大木なのです。ノーベル賞候補でもある遠藤先生が、この大きな賞を受賞されたならば、この松の木は、ニュートンのリンゴの木に!?…と楽しい想像をしてしまいますね。こんごがますます楽しみです。

それから須坂IC近くのガストへ。上田市のアオヤギ印刷の中山伸尚さんと合流、水野さんの本の写真を手渡し、編集の打ち合わせをしました。頼りにしてます!

そして、長野市の東長野運動公園にある屋内プール・アクアウィングへ。6時半まで1時間半ほど、歩いたり泳いだり。きょうはなんだか、”あの壁”を越えられそうな気分で水に入りました。数百メートルを歩いてから、いよいよ泳ぎへ。自由形、クロールというよりもかんぜんに自由なかたちの自己流なのですが、泳ぎはじめるといままでと違い、50メートルのターンを休まずに繰り返すことができるではありませんか!

乗りに乗って泳ぎつづけ、1回の休みをはさんで合わせて1000メートル以上(しっかりは数えてません)を泳ぐことができました。やった、やったね!壁を突破です。つづけたいとおもいます、水泳。好きなんですね、水が…魚座ですから。

【きょうの写真】上)桜の名所・臥竜公園のソメイヨシノのつぼみはまだ固かったです。開花は4月中旬でしょうか。画面の奥、池の弁天島にまだ雪が見えますしね。

下)あたくし、です(きのう散髪しました)。後ろは竜が池。この池のボートには思い出があります。高校時代、授業をサボって、学校を抜け出し、「少年ジャンプ」を買ってボートに一人で乗り、池の真ん中で止めて、寝転がって、漫画を読み、眠くなると昼寝をしておりました。ふたたび一人で教室に戻ったあたくしが、先生にしかられ、優秀な級友たちに白い眼で見られたことは申すまでもありません。あのころはビリから2番目でございました。
この「一人で」ってとこがミソでして、ツルまなかったですね、ぜったいに。帰宅部(部活はつづかず)でして、夕方は千曲川へ自転車で行って、釣りを楽しんでおりました。一人で。この性分、いまもずっと引きずっております、はい。
 2005年3月18日(金)  野太い出版社、になれるかな?
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朝、緑茶をいただいてから仕事場へ。編集のお仕事をつづけました。

少し前にいただいた封書に入っていたお手紙のことが気になっています。塚越寛さんの『いい会社をつくりましょう。』をお読みになった名古屋市の男性(たぶん50歳くらい)の方が、毛筆で書いてくださいました。

その中の一文。「まさに志のある貴出版社様の野太い御活躍と、伊那食品様の堅実な未来へのご活躍を、陰ながらお祈り申し上げます。」

後半の塚越さんの会社のことはまさにこのとおりです。でもわが文屋が野太いのかどうか、それがモンダイです。野太い…根っこがしっかり張っていて、幹がじっくりと太くて、枝が張っていて…そんなイメージでしょうか?そう、そんな思索や企画や編集や出版を、これからしていきたいとおもいます。ここちより緊張感をもった精進の日々を!

で、46歳になりました。おめでとさん。46年前の午後3時すぎ、あたくしは生まれたのだそうです。そのとき、うぐいすがきれいな声で、庭で鳴いてくれたのだそうです。そんな思い出話を、今朝、お茶を飲みながら、母がしてくれました。

夜、夕食のあと、お誕生ケーキと紅茶をみんなでいただきました。長男の真風は27日に東京の学生寮に引っ越すので、あたくしの誕生日をみんなで祝うのは、しばらく数年はなさそうです。みんな、旅立ちの春ですね。

【きょうの写真】朝茶です。中ジョッキに入れて仕事場にもってきて、すすりながら仕事します。撮影する少し前まで、茶柱が1本、立っていたのですが、見当たりまへんわ。
 2005年3月19日(土)  しばしの冬景色
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朝6時、2階の寝床のカーテンを開けると、外は一面の雪景色でした。すっかり春の気分になっていたのですが、一夜にして冬に逆戻り。写真は朝7時ころの、わが家の北に広がる畑の様子です。

でも、いまは弥生三月。陽射しは雪をすぐさま水に変え、白い地面は黒や茶の地面へと変わっていきました。朝10時には、ほとんどの雪が消えておりました。春ですね。

昼過ぎ、母と次男荒野といっしょに長野市のスポーツ専門店DEPOへ。荒野のサッカーシューズ、スニーカー、母はマレットゴフ用にスニーカーを買い求めました。あたくしは、水泳用のナイキのパンツを新調いたしました。ずっと遊泳用のトランクスみたいなのを使っていたのです。今回は、連続して1000メートルを泳げるようになった記念に、自分への贈り物です。来週から使いはじめます。写真をお見せできなくて残念です(見たくないか)。

夕方、須坂市の料理屋さん「吉向」へ。須坂東高校のPTA役員(昨年と今年と来年と再来年の会長、副会長)の懇親会です。宴たけなわのところ、2階の宴席では1年生のあるクラスのお母さん方が、先生を囲んで懇親会を開いておるとの情報をキャッチ。6人でビール3本を差し入れに持参して、そのお部屋の障子を空け、ご挨拶をさせていただきました。

学級PTA の充実は、この高校のPTAの大切なテーマになっています。各学級会長さんがご苦労されて、こうした懇親会をもっていらっしゃる!うれしいことですわい。もっともっといい学校にしていきましょうね、みんさん!

【きょうの写真】2階から眺めた今朝の冬景色です。うちの北には、ご覧のような広大な果樹園が広がっています(わが家の畑も、画面右端の一部にございます)。
 2005年3月20日(日)  やそくじょ、ご存知ですか?
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昨夜は午前様でした。須坂東高PTA役員としてのお役目がほぼ終わり、役員仲間とたくさんいただき、たくさん歌って、3次会まで楽しんでの帰宅。あんのじょう、朝はつらかったです。で、やはり、決めました。ガンマ君(肝機能低下を示す数値)が正常になるまでは、お酒、控えることにいたします。

お医者様によりますと、ガンマ君の低下(高数値)は、コレステロール、中性脂肪などの影響もあるようですので、お酒と同時にエネルギーバランスを考えるようにとのこと。具体的には、甘いものを控えて、運動をいままで以上にすることのようです。こうしたことを、まず半年つづけてみよう!そして様子を見て、お酒についても考えようとおもいます。みなさん、ご理解をお願い申し上げます。もともとお酒、というかお酒の場の雰囲気が好きなもので、宴席を断るというのではなく、ウーロン茶で済ますという意味です。お声はかけてくださいね!

ところで、表題のやろくじょ、です。漢字は野鼠駆除と書きます。つまり、野のねずみを退治すること。きょう午後、むらの衆で集まり、千曲川の河川敷に広がる共有地と呼ばれる広い農地で、この作業を行いました。

どうするかというと、駆除のための薬の入った小袋を、ねずみの穴に入れたり、畑の方々にまいて歩きます。その薬の名前を見て、笑ってしまいました。「メリーネコ」と申します。高級なキャトフードになれて、ねずみには見向きもしなくなった猫たちに代わって、ねずみを退治する薬という意味なのでしょう。関心のある方は、サイトをご覧ください↓。
http://lib.ruralnet.or.jp/nouyaku/NB207/NBH06603.htm

果たして、効き目はあるのかないのか…?効果の知れない仕事をすることのむなしさを、すこしだけ感じた半日でした。終えてから、公会堂にて懇親会。おでんで一杯やりました(あたくしはウーロン茶、ははは)。

【きょうの写真】昨日朝、春の雪の降ったあと。北の道路に面した小さな庭にある石の造形物に乗っかっているフクロウ君。彼の後姿と、左右にはみぞれ状の雪が見えますね。寒そうですが、風はもう春です。
 2005年3月21日(月)  春の初回の防除作業でした。
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朝7時、前の日に軽トラに用意しておいた消毒作業用の機材を確かめて、薬調(農薬を調合して配布するJAが営む共同の施設)へ。助手席には長男の真風が眠そうな顔で座っています。きょうは、今年最初の防除作業の日です。栗とリンゴ、そして庭の木々に、硫黄合剤という農薬を散布します。朝7時過ぎから始めて、終えたのは10時過ぎ。朝食抜きのぶっ通しなので、さすがにくたくたになりました。

真風は26日から数年間、東京の人になります。長男として、いずれ帰郷して農地を営む立場になるので、すこしでも体験しておいてほしくて、彼に今回はお手伝いを頼みました。この作業、わが家では、晩秋に行う田んぼのわら揚げと同じくらい、いちばん大変な仕事です。きっといい体験になったことでしょう。

帰宅して朝風呂にゆっくりつかり、朝食のあと布団へ。1時間半、深い水底に沈んだようにぐっすりと眠ることができました。

それから母と須坂市のシルキーホールへ。きものの展示会の見学におつきあい。それから二人でおぶせミュージアムへ。「内なる目 榎俊幸展」。ミクストメディア(混合技法)という手法を用い、色調を抑えた静で幻想的な作風の新鋭作家、とパンフレットに記されています。深奥、精緻、繊細、そして骨太。そんな印象を抱きました。1961年生まれ。ほぼ同世代の榎(えのき)さんのこんごに、(まだお会いしたことはないのですが)とっても期待感をもちました。

榎さんの公式サイト:http://www5f.biglobe.ne.jp/~enoki/

この展覧会は5月17日まで開かれています(会期中無休)。
http://www.town.obuse.nagano.jp/bijutsu/chinami/chinami.html

【きょうの写真】上)榎さんの「翔ぶ者」(80号F、2000年)。榎さんのサイトより転載。解説に、こう記されています。「庭で一匹のスズメガを見付けた。あまり気持ちの良いものでは無いが、良く観ると機能的な美しいデザインをしている。私はレオナルド・ダ・ヴィンチの設計した翼を思い出した。翔ぶ形は美しい。」

下)榎さんです(サイトより転載)。
 2005年3月22日(火)  運転免許証の更新に
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朝、運転免許証の更新に、須坂警察署へ出頭いたしました(表現、変か?)。8時半からの受付でしたが、それよりも5分前に受け付けてくれ、ビデオを見るように言われて、見ました。いわゆる優良運転者(ゴールド)なのだそうでして、最寄の警察署での30分間のビデオ研修で、更新が可能です。

ただ一つ、あたくしのとっての関門は、視力です。いまは裸眼で左が1.0なのですが、右は極端に悪くて0.5くらいです。こういうの、乱視というのでしょうか? 担当してくださった警察官のおじさまは「きょうは曇っていて、視力の調子が悪いこともあるので、ギリギリのパスということにしましょう」と、やさしくOKを出してくださいました。「でも、つぎのとき(5年後)は無理かもしれないよ。めがね、要るようになるかもね」とくぎを刺されました。ま、しかたがないでしょうかね。これだけ目を使っているのですから。でもなんとか、めがね使用無しで、通したいものだと思います。

帰宅して、本の発送(お手紙書き)と『ワンモア信州』の編集をしてすごしました。

【きょうの写真】いままで使っていた免許証ときょう撮っていただいた写真です。なかなか男前に撮れました、といってくれる人はあたくし自身のみでしょうね。
 2005年3月23日(水)  上越市より、3名様、視察歓迎
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朝、仕事場ですごしてから11時半にプチレストラン・マードレへ。あるじの竹節志げ子さんの料理と暮らしの本、あと3か月ほどで仕上げを迎えます。きょうはお魚を使った料理数点を作っていただき、その撮影と取材をさせていただきました。スタッフはいつものように関眞澄カメラマンとライターの中島敏子さん。撮影のあと、レシピを伺いながら、試食を楽しみました。本は、6月の仕上がりをめざしております。みなさん、お楽しみに!

午後2時、上越市から視察にお見えの大島雅子さん、金子喜典さん、中部誠之さんをマードレさんにお迎え。小布施のまちづくりの理念と経過、課題と展望について、あたくしなりに語らせていただきました。勉強になりますね、こうした語ることは。ありがたいです。

午後6時、須坂市の迎賓館にて、須坂東高校の先生方の送別会に参加しました。PTA会長としてのおつとめもあとわずか。冒頭、こんなご挨拶をさせていただきました。

「須坂東高校 教職員送別会挨拶

 みなさん、こんにちは。
 柳澤勲校長先生をはじめ、ご退職あるいは転出をされる8名の教職員のみなさまに、PTAを代表いたしまして、ご挨拶を申しあげます。
 みなさまが子どもたちをご指導いただきました、この数年間は、80数年の須坂東高校の歴史のなかでも、特筆できる日々であったように思います。
 制度の面では、通学区制度の変更と入学試験制度の変更がありました。
 また本校におきましては、生徒の生活態度が改善され、課外活動での部や個人の活躍が目立つようになりました。本年度卒業生は、就職や進学の両面で、とても良い結果を出してくれました。先日の入試の倍率が定員を一割以上も上回ったことは、こうした改善への社会的な評価の表れではないでしょうか。
 あいさつや清掃といった当たり前のことが継続されていることのすばらしさにつきましては、卒業式で申し述べたとおりであります。
私どもPTAといたしましても、須坂東高校のあるべき姿について話し合いを進め、先生方とともに、より良い学びの場にしてまいりたいと思います。
 毎日の生徒指導には、他人には言えないご苦労やご心労がたくさんあったものとお察しいたします。ほんとうに、ありがとうございました。
 どうぞみなさん、ご健康に留意されまして、新しい舞台でもいっそうご活躍ください。これからも、須坂東高校のことを、よろしくお願いいたします。
 本日はおめでとうございました。ありがとうございます。」

体調を気づかって、今晩はウーロン茶にて語りあい、一次会で帰宅いたしました。後任の上野原さん、山口さん、よろしくお願いしますね!

【きょうの写真】上越市からお見えの(後ろ左)中部さん、金子さんと、(前列右)大島さん、あたくし。新潟県は平成の大合併により基礎自治体数が3分の1近くになります。上越地方(この県は上中下越に分かれている)は21の市町村が3市になりました!!すごい勢いですね。合併せずに自立宣言をした小布施にとっては、対極を行く感じ。でも、住む人の幸せを願うという意味では、どこの自治体もいっしょです。これからもともに、よろしくおつきあいください。
 2005年3月24日(木)  星野佳路さんの講演を聴きました
朝10時、新生病院の喫茶室メイプルにて、4月17日夜6時半から行われる「やちむんコンサートin小布施」の打ち合わせ会。映像作家の花井裕一郎さんが実行委員長を引き受けてくださいました。沖縄のやちむんさん(男女2人のグループ)からチラシとポスターとチケットが届き、それらを配布して、当日の担当などを決めました。

やちむんさんは、4月16日・17日の玄照寺境内アートに出演してくれます。コンサートは境内アートの終了後、新生礼拝堂にて開かれます。仏教とキリスト教を渡り歩くわけですね、はっはっは!さらにさらに、17日(日)のお昼にやちむんさんは、押羽神社の春祭り会場にも招かれて演奏します。仏教、神教、キリスト教…!

昼過ぎ、長野市松代町のロイヤルホテルへ。県広告協会主催の講演会で、講師お二人のうち星野佳路さん(星野リゾート社長)のお話を伺いました。星野さんの講演はこれで5回目です。文屋文庫第5巻にご登場いただくため、これから取材を本格化させます。どこにもない、できない、切り口で彼に迫ります。お楽しみに!

終えてから、東長野運動公園のアクアウィングへ。1500メートル、気持ちよく泳ぎました。
 2005年3月25日(金)  真風、歓送の夜
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朝から仕事場にてすごしました。きょうは、というか最近は、胸かおなかのどこかで隙間風が吹くような気分になっています。そう、長男の真風が今春から亜細亜大学にお世話になるため、旅立ちの日が迫っているのです。

きょう25日夜は、家族ですごせる、当面は最後の夜です。なぜかといいますと、あすあたくしは、自家用車に真風の引越しの荷物を積んで大学の寮(武蔵野市)へ向かいます。真風と、妻朝子とほかの子どもたち二人は、27日に新幹線で上京してあたくしと合流します。そんなわけで、今晩はしばしのお別れの夜なのでありました。

夕食。いつものようにあったかい麦茶で、みんなで乾杯。いつものように食事をすませ、おせんべいとお茶とリンゴをいただき、ごちそうさま。それからみんなそろって記念写真を撮りました。

あたくしはあす朝3時起きなので、10時には休みます。

【きょうの写真】長男真風(右)、出発記念の家族写真です。
 2005年3月26日(土)  寮、塾、塾、宴の一日でした♪
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朝3時、起床。3時半、自家用車に真風の荷物を積んで出発。きのうからつづく春の雪!なんと、1週間前にノーマルタイヤに履き替えてしまってます。あんのじょう、上信越道須坂ICへ着くと、チェーン規制を実施中。「坂城IC以東はノーマルでOK」とのこと。国道を走り坂城ICへ。途中一度、スリップしてとっても危険な目にあいました。あわててはいけませんね。

関越道を経て東京の練馬ICを7時に通過。練馬区から一路、武蔵野市へ。亜細亜大学のとなりにある、男子学生寮「国際ハウス清風」に7時半到着。雪でロスをしましたが、4時間で着くことができました。上出来でございます。

玄関で寮長さんの織田様ご夫妻にごあいさつをしてから荷物を玄関内へ。「ここから真風君のお部屋には、先輩の学生が当番で運んでくれますよ」とのやさしいお言葉に甘えて、車に乗り込みました。真風のお部屋は2階の7号室。となりに欧米、向かいはアジア系の留学生のお部屋。全員で55名の定員で、日本人は40名ほど。留学生が3割を占める国際的な住まいです。うらやましいわい!

車で中央道調布ICから首都高芝公園ICへ。三田の東京グランドホテルにチェックインしてから歩いて政策学校一新塾へ。一新塾の理念本の編集会議第2回目。理念からもくじまで、かなり充実した詰めを行うことができました。編集委員のみなさん、よろしくお願いいたします。秋には文屋より全国へ、発刊・発売されます。

昼食を塾生の相川さんと懇談しながらいただいてから、神田へ移動。出版社のウェッジさんにて開かれる中西進先生の「中西人間塾」に参加。3時間半、生について、先生のお話を聴き、仲間と語り合いました。

それからプロデューサーの久田さんらとガード下で一杯。そして久田さんと二人で銀座のワインのお店へ。宿に着いたのは2時。ハード&ハッピーな一日でした。

【きょうの写真】上)一新塾の編集会議です。

下)中西人間塾で語る中西進先生と仲間たちです。あたくしはどーれだ?
 2005年3月27日(日)  鎌倉、横浜、家族の旅
朝7時半、車で東京の宿を出発。首都高から横浜を経て、横浜横須賀道路の朝比奈ICへ。鎌倉駅に9時に着きました。モーニングセットをいただいてから改札口へ。まもなく、妻朝子と3人の子どもたちが横須賀線で到着。車で富士和教会へ。和丸齋先生にご挨拶をさせていただき、ご指導をいただきました。

車で横浜八景島のシーパラダイスへ。年に一度、3月31日の結婚記念日に合わせて行っている旅ですが、今回は真風のお引越し旅行も兼ねています。夕方まで、水族館と遊園地でたっぷりと羽を伸ばしました。

夜は横浜テクノタワーホテルに宿泊。この宿を選んだ理由は、いま編集中の小布施のプチレストラン・マードレのご主人・竹節志げ子さんのお料理の先生である吉野好宏さんが総料理長を務めるレストランがあるからです。ま、お仕事の取材も兼ねての宿泊ですね。というわけなので、夕食はこのレストランへ。フランス料理のコースをみんなでいただきました。ふだんは妻の手料理を家庭でいただくことがほとんどなので、子どもたちも緊張気味でしたが、すぐに雰囲気になれて、けっこう楽しんでくれました。

「人想う優しい心が一流を育てる」。吉野さんが指導したテレビドラマ『王様のレストラン』の名セリフを感じさせてくれる味ともてなしでした。年に一度くらいは、こんな贅沢もいいモンですね。
 2005年3月28日(月)  横浜、武蔵野、小布施
ホテルで9時ころまで休んでからおそい朝食。11時にホテルを出てくるまで首都高へ。たいへんな混雑を抜けて、中央道へ。高井戸ICから武蔵野市の亜細亜大学の学生寮へ。ここで真風とはお別れです。4月1日に妻と2人で入学式に参加しますので、すぐに合えますね。

帰路、安心したせいで方向感覚が鈍り、道を少し間違えて(カーナビがほしい!)1時間くらいのロスをして練馬ICへ。関越、上信越道で8時には須坂ICに到着。市内のファミレスで食事をすませて、母の待つ自宅へ帰り着きました。お疲れ!
 2005年3月29日(火)  角田明先生のご講演、決定!
きのう夜、長旅の疲れが腰に出ていたので、お風呂にゆっくりと使ってから、次男の荒野に手持ちの電気マッサージ器で腰を中心にマッサージをしてもらいました。約20分間。それですぐに休んだのですが、きっとそれがよかったのでしょう。朝、ほとんど痛みや疲れを感じることなく起きることができました。効く〜!

仕事場ですごしてから午後3時に家を出て須坂東高校へ。第三者機関と当面は称している、生徒たちの人間性と学力の向上をめざした場、しくみづくりについて話し合いました。

それから高山村役場で打ち合わせ、そして五色の湯旅館の水野茂さんの自叙伝の編集会議でお宿へ。この本は4月初旬に仕上がる予定です。
 2005年3月29日(火)  角田明先生のご講演、決定!
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きのう夜、長旅の疲れが腰に出ていたので、お風呂にゆっくりと使ってから、次男の荒野に手持ちの電気マッサージ器で腰を中心にマッサージをしてもらいました。約20分間。それですぐに休んだのですが、きっとそれがよかったのでしょう。朝、ほとんど痛みや疲れを感じることなく起きることができました。効く〜!

仕事場ですごしてから午後3時に家を出て須坂東高校へ。第三者機関と当面は称している、生徒たちの人間性と学力の向上をめざした場、しくみづくりについて話し合いました。

それから高山村役場で打ち合わせ、そして五色の湯旅館の水野茂さんの自叙伝の編集会議でお宿へ。この本は4月初旬に仕上がる予定です。

ところで、5月28日午後、須坂東高に、あの角田明先生がお見えになります。http://tsunoda.web.infoseek.co.jp/

角田先生には『いい会社をつくりましょう。』(塚越寛著)を「いい学校」に置き換えていただいて、この本を教育の世界のみなさんに高い評価のお言葉とともに紹介していただいております。

この日はPTA総会の記念講演です。楽しみです!

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