Monochrome-Monologue

2006年1月
 2006年1月1日(日)  日常への礼賛
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謹賀新年

みなさん、平成18年、2006年の幕開けですね。昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。

昨夜から禅寺・玄照寺さんにて2年参りのアイスキャンドルを灯して振舞い酒をして善男善女をお迎えし、除夜の鐘を撞きました。それからお庫裏にて葦澤住職さんの奥様、お母様の手作りのおせち料理とお酒を、仲間6人とご馳走になり、深夜2時に帰宅。風呂に入って熟睡。

朝遅く起きて、10時半から飯田むらの隣組の初寄り。あとは仕事場で年賀状を書いてすごしました。ゆったりと、新年の一日がすぎてゆきました。

【きょうの写真】『日常への礼賛』と題した絵画展が1999年夏から晩秋に、御代田町のメルシャン軽井沢美術館にて開かれました。300年前のフランスの村人たちの日常の様子が描かれた絵画が展示され、その題名が「日常への礼賛」。その後、「美日常」という造語を思いつき、このことばを軸にした思索と実践を続けることになるのですが、きっとこの造語の発想の原点には、この絵画展があったのではないかと、振り返っております。

美術館の受付にて、展示会のポスターを買い求めようとお願いしたところ、「差し上げますよ」とにこにこと手渡されたのがこのポスター。ありがたく頂戴し、帰宅して先輩の牧野表装店のあるじ、牧野富士男さんご夫妻にお願いして、パネルに貼っていただきました。

1999年といえば、その1月1日に文屋を起業した年です。あれから満7年がすぎました。このポスターは、ずっと仕事場や玄関に飾ってあり、いまは仕事場の部屋に近いトイレの壁にかけてあります。

「そう、日常を礼賛する。それが美日常だよね〜」と、手洗いに行くたびに、自分に言い聞かせているあたくしです。

文屋、8年目の幕が開きました。末広がりの「八」。文屋に関わる人すべてにとって、すてきな日々でありますように。
 2006年1月2日(月)  Thank you 
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朝から仕事場にて年賀状書き。通常の年賀はがきを書き上げ、文屋文庫のご購読会員様にも、お一人ずつに数行の手書きのことばを万年筆で書き、ひとまずすべての年賀状書きを終えました。きょう投函しただけで、高さが約7センチ。ふ〜〜、です。たとえひと言でも、手書きを添えるのが、ここ数年のあたくしのならわし。時間はかかりますが、これ、できればずっと守っていきたいと思います。何千枚にもなったらどうしよ!

午後3時すぎ、運動の支度をして防寒具を着て、歩いて鎮守の杜の飯田郷元神社へ初詣。それから千曲川の土手に上がり、5キロほどを歩きました。帰宅してダンベルを少々。久しぶりの汗です。

夕方。実弟の倉島稔さん親子4人が来宅。新年会を行いました。

【きょうの写真】上)いちばん好きな絵はがき(カラー写真)。場面は住宅の2階の窓から屋根に張り出した板張りのテラス。手すりも角材です。そこにアンティークな木製のイスが2つ。イスの間に丸いテーブル。そこに野の花の花瓶と、白い焼き物に紅茶の器。眼下には、電信柱、電線、瓦屋根の連なりと森、はるかかなたに低い山々。なにげない、どこにでもある住宅街の風景。時間帯は夕暮れ。季節は夏の終わりころでしょうか。

これからこの場所で始まる2人の会話。ご夫婦でしょうか。夕暮れの薄青の空に「Thank you.」の1行。交わされる会話の豊かさを想像させてくれます。

この絵はがき、じつは「ai Card」という広告媒体のハガキです。広告主は長野市の家具のお店「マル井」。何年も前、長野市かどこかのレストランの入口に、いくつものカードと一緒に並んでいました。気に入って、ずっと飾ってあります。いまは、きのうの「日常への礼賛」と同じ、仕事場のお手洗いに置いてあります。Thank you.ありがとう。すべてにありがとう!

下)わが家の新年会。長男真風は東京から帰省中(中央奥)。次男荒野はにらみをきかせてますな〜(左から3人目)。ちょっと反抗期でございます。それもよし。
 2006年1月3日(火)  大雪 水 寒梅の香り
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一日中、編集と資料読みをしてすごしました。

午後、仕事場の扉を妻がノックして、「箱根駅伝で亜細亜が一位で走ってるよ」とのこと。お茶の間へ行くと、最終区間のランナーが東京の街を大歓声の中、力走していました。いままで、箱根駅伝にはあまり興味がありませんでしたが、今年は、昨年から長男真風が亜細亜大学にお世話になっているので、少々気にしておりました。しかし初日の結果は6位。

きょうは、上位陣の不調の中、6位から次第に順位を上げ、創部40年目で初優勝の栄冠を手にしました。めでたいめでたい!

新聞(日経ネット)のタイトルは「亜大岡田監督、最強の雑草軍団/箱根駅伝」。<箱根駅伝>◇3日◇復路◇神奈川・箱根町芦ノ湖〜東京・大手町(5区間109・9キロ)。

記事はつぎのようになっております。

「亜大岡田正裕監督(60)は『還暦をすぎたら熊本に帰してやると言われたのに、もう連覇の話。これじゃ戻れない』とうれしそうに笑った。92年バルセロナ五輪1万メートル代表の松野明美らを育てた名将はニコニコドー陸上部の休部後、99年4月から母校に請われて監督に就任。7年目にして念願をかなえた。」

新年早々、すてきな幕開けです。身にあまるほどのお仕事を頂戴し、もっとがんばれる、もっと高くへ上がれる!と、お力をいただいている気分のあたくし。足元見つめあごを引き、一つでも向上をしてまいります。

【きょうの写真】上)朝9時半。大雪が降っております。仕事場の縁側から眺めた文屋のお庭です。この雪が地下にしみこんで飲み水になり、木々の根を潤し、寒梅の香をもたらすのですね。すべてに感謝、です。

下)箱根駅伝のテレビを観る妻と3人の子どもたち。なんとも平和でございます。
 2006年1月4日(水)  仕事・妻の実家・仕事 初荷!
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朝の仕事を片付けてから、車で長男真風と一緒に、長野市松代町豊栄の妻の実家へ。妻と次男と長女は昨日から泊まっております。あたくしもいつもは1泊するのですが、今年はおかげさまで!のありがたい状況ですので、わがままを申して、お昼の新年会(お酒抜き)だけで午後に帰宅。お仕事にとりかかります。ではまた!

で、帰宅して仕事。それから母と車で、おぶせ温泉穴観音の湯へ。食事をして帰宅しました。

【きょうの写真】メールの受信箱に『いい会社をつくりましょう』10冊のご注文をいただきました。千葉のある会社からです。おめでたい初荷でございます。さっそく荷造りをして、ヤマトさんから出荷いたしました。夜にはファクスにて、書店さんから10冊の追加ご注文。塚越会長のこの書物、発刊から1年半になるいまも、うごきの勢いが続いております。ありがたいことです。あごを引いて、努めます!
 2006年1月5日(土)  雪の犬
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朝から夕方までずっと、仕事場にてすごしました。お正月の穏やかな仕事一色の一日でございました。世の中はそろそろと動き出したようですね。朝、緑茶をいただきながら(ふつう10杯は飲みます)新聞を眺めていると、こたつの向かいに座った母が、「あれ、犬みたいだね」と申します。白一色の庭に目をやると、母の指差す方向に、広葉樹(たぶんツツジ)の低木が雪の帽子を重そうにかぶっています。そのかたちが、犬の顔に見えるというのです。「うん、そー言われればそうも見える。・・・でもライオンにも見える」、「戌年(いぬどし)だから犬にしとこうよ」、「そう、じゃ、写真撮っとくね」。といった会話の結果、【きょうの写真】は誕生したのでありました。下)の写真がアップしたもので、中央に「お犬様のお顔」と母が申す雪の綿帽子が見えます。母の思い込みに干渉なさることなく、鑑賞してやってくださいませ。

平和な親子のお茶飲み話をしながら、朝日の社説を読みますと、「私たちこそ理解できぬ」の見出し。小泉首相の靖国神社参拝に対する内外の批判について触れ、社説の筆者はこう書いています。

「私たちは、一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解できると繰り返し指摘してきた。
 一方で、戦争の指導者であるA級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対しては、国民にも違和感を抱く人は少なくない。まして侵略を受けた中国や、植民地だった韓国に快く思わない人が多いのは当然だとも考える。」

近隣諸国の国民感情は大切です。しかし、その前提として、政教分離を掲げた「憲法違反」の行いであることを指摘すべきでしょう。

ブッシュの“犬”小泉首相の任期は9月。ポスト小泉の最有力は安部晋三氏。小泉氏の参拝を強く支持してきた人物です。「自民党をぶっつぶせ」。そう願う新年のあたくしです。
 2006年1月6日(日)  創生水という水
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【きょうの写真】昨年のクリスマスに文屋のファクスに届いたお便りです。伊東市で運輸業を営む知人の白鳥宏明さんが送ってくれました。「こころの文字 二十四節季」と冬至版。題は「ねの力」。こう記されています。

「根気 根性 根幹 根源 そして根菜 根のちから ここから茎葉よみがえり 花さかせ 種を成す それの輪廻のくりかえし 仏の花の神秘のふかさ 水の下で土の中で 自然の育む不思議パワー あたえたまえ みえないね(根)の いのちのふかさを」

筆字のまわりには、蓮根(レンコン)の絵が描かれています。

このお便りは、白鳥さんがお知り合いの方から送られたお便りを、ファクスで転送してくださったもの。白鳥さんの筆字で「今年も1年お世話になりました。どうぞよいお年を」と書き添えられています。「根の力」に学び、根の力を心身に抱いた人になりたいですね。白鳥さん、そして「二十四節季」の書き主の御方、いつもありがとうございます。

根といえば水。外に降り積もる雪も、やがては地中にしみこんで地下水となり、植物の根を潤し、私たちの飲み水になります。

年明け早々、すばらしい、きっとすばらしい、お水に出会いました。「創生水」と申します。くわしくは、下のサイトをご覧ください。文屋のある小布施町から軽井沢・東京方面へ車で1時間ほどの上田市にある「創生ワールド」という会社が送ってくれます。この水のことは、愛媛県にお住まいで、わが家が大変お世話になっている高市アツコ先生に、電話で教えていただきました。さっそく取り寄せて、試飲しております。
http://www.soseiworld.co.jp/
 2006年1月7日(土)  「死んだ女の子」という曲
朝からずっと仕事場におりました。朝のうち、すこし家と仕事場を掃除。長野市に暮らすいとこの土屋孝弘さんご一家4人が久々のご来訪。しばし歓談いたしました。彼は、長野駅近くの「居酒屋一茶」に勤める料理人です。家庭の事情もあり、中学を卒業すると同時に長野市内のお店に就職。以来30年間、ずっと食の分野で働いてきた苦労人です。敬愛すべきいとこさんなのであります。

PCに向っていると、茨城県にお住まいの元・新聞記者・秦洋一さんからメールのお年賀状をいただきました。

秦さんは現在、「日本医学ジャーナリスト協会」の編集の仕事や、知的障害者の社会参加の場を広げるNPOおおぞらの理事、月刊紙の編集などをして、シニアライフを楽しんでおられます。奥様もご多用の方で、秦さんも”慣れない家事”をこなしておられるそうです。

秦さんのメールに、「聞くたびに涙が止まらなかった歌が右の歌詞です」という紹介文付きで、つぎのサイトが紹介されています。

http://www.duarbo.jp/versoj/v-folksong/shindaonnanoko.htm

「死んだ女の子(KIZ ÇOCUĞU)」

作詞:ナーズム・ヒクメット、作曲:木下航二、日本語詞:飯塚 広
1 とびらをたたくのは あたし  あなたの胸に ひびくでしょう  小さな声が 聞こえるでしょう  あたしの姿は 見えないの
2 十年前の 夏の朝  あたしはヒロシマで 死んだ  そのまま六つの 女の子  いつまでたっても 六つなの
3 あたしの髪に 火がついて  目と手がやけて しまったの  あたしは冷い 灰になり  風で遠くへ とびちった
      (間奏)
4 あたしは何にも いらないの  誰にも抱いて もらえないの  紙切れのように 燃えた子は  おいしいお菓子も 食べられない

まだつづきがありますが、上のサイトには、伴奏付きで聴くことができます。こんなすてきな、充実したサイトを運営されている方がいらっしゃるのですね(信州ご出身の多彩なお方です)。

秦さんはこう締めくくっておられます。「歳のせいか感性が鈍くなり60年前の出来事が少しずつ薄れてきました。今年は『憲法改悪』がヤマ場です。原点に返って、頑張りたいと思います。40年ぶりに二人だけのお正月を迎えた感慨です。」

京都で版元「論楽舎」を営む虫賀宗博さんは、今日送られてきたファクスに「食糧を自給せずして、何の国防ぞ」と書いておられます。
 2006年1月8日(日)  実弟の稔さん宅にて新年会
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朝、マイナス5℃。2階の廊下から、北に広がる果樹園の枯野に目をやると、銀世界の上一面に、濃い霧が立ち込めていました。志賀高原などの山々はまったく見えません。これ、放射冷却というのでしょうか? 天気予報でよく耳にするので、ちょっと調べてみると。

「晴れて風の弱い夜間から早朝にかけて、陸地にふたをしたように霧きりが広がっている光景を見ることがあります。まるで陸地が『霧の湖』の底に沈んでいるかのような幻想的な雰囲気が漂ってきます。
 この霧は放射冷却現象で発生します。地面から熱がどんどん出ていき、明け方近くに地面付近が強く冷え込む現象を言います。地面付近の空気が冷やされて霧が発生するわけです。」

雲はなくて天気は良いので、太陽が高くなるにしたがって霧は晴れ、温度も高くなっていきました。

午前中、しばし仕事をして、お昼前に妻・朝子とともに車で、長野市高田に暮らす実弟の倉島稔さん宅へ。新年会にお呼ばれしました。奥さんの稔枝さんは三人姉妹の末っ子。稔さんは倉島家の婿養子様になり、すでに小学生の2人の娘さんがいて、ご両親とともに、にぎやかな6人家族。稔枝さんの2人のお姉さん夫婦と子どもたち、倉島家のご実家、それに稔さんたちの英語の先生カップル、総勢・・・数え切れません。

乾杯から始まった宴会は、手料理のオンパレード(って古い言い回し?)。さーささーさとお酌の連打。けっこう控えましたが、たくさんおご馳走になりました。またお邪魔させてください。ありがとうございました。

帰宅。夕方までお昼寝。幸福な一日でございました。

【きょうの写真】今朝の畑の写真です。
 2006年1月9日(月)  おもしろいけど、そこで止まるな
昨年暮れ、NHKテレビで、国際的な免疫学者で、脳梗塞のリハビリをしながら研究や著述、創作活動をつづける多田富雄先生の日常が放映されました。

http://www.nhk.or.jp/special/libraly/05/l0012/l1204.html

この番組を見ながら、メモした数行が手元にあります。

「寛容で豊かな研究を。ぎすぎすして貧しい研究をしてはならない。豊かな研究は支流を作って幅広く流れてゆく。遅れてもいいではないですか」

多田先生は最後の場面で、若手研究者を自宅に招き、後進のプレゼンテーションをじっと聴いていました。そして、不自由な手でキーボードを打ち、音声変換の機器を通じて、その研究者に語りました。

「おもしろいけど、そこで止まるな」。

おもしろい。けれど、そこで止まるな。もっと進めろ。深めろ、広げろ。そんなメッセージでした。このひと言が、いちばん心に残りました。なぜかと申しますと、「美日常」の考え方を、まちづくりにかぎらず、人々がこころ豊かに暮らすための理念として、広く使っていただき、お役に立てるようにするために、本にしたいと考えています。それには、いまの私の美日常の考え方ではまだ足りません。もっと深く、広く、論理的に、そして現場の声を取材して。

ではどうするのか、どうやっていけばいいのか? そんなことをあれやこれや考えている時に、多田先生の「おもしろいけど、そこで止まるな」はまさに、いまの自分へのメッセージ、重く熱い寸言だと受け止めたのでした。

大前研一先生の『考える技術』(講談社)を読んでいます。その一節。「ほとんどの人は、仮説を立てた段階でそれを結論だと思い込んでしまうが、本当の勝負はそこからだ。問題解決能力とは、仮説を裏付けていくために労を惜しまない行動力であり、それが絶対に正しいと結論づけられるまで徹底的に考える思考力であるとも言えるだろう。」

多田先生の寸言と合わせて、いまの自分に突きつけられている、おことばです。
 2006年1月10日(火)  塚越会長に再会
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朝、町役場と宮本忠長建築設計事務所にて打ち合わせ。それから善光寺前の「パティオ大門」にある、伊那食品工業・かんてんぱぱのお店へ。『いい会社をつくりましょう』の著者、塚越寛会長に再会するためです。近くの喫茶店へ行き、30分ほどコーヒーをいただきながら、歓談させていただきました。

お話を伺いながら、3年前にこの本の取材を始めた時とまったく変わらない理念が信念として語られていることを、あらためて感じました。ぶれていない。それだけではなく、信念の柱が、その後の体験と思索によって、太く、高くなっています。日に何十冊と発刊される経営者による経営の本が、川を流れるように生産され、数日後には書店の岸辺から見えなくなってゆきます。

「経営や人生の本質は、そうたくさんあるわけではない。いたって簡素な文章に、すべての肝が込められている。その本が長年かけて参考にされ、売れつづける。それが本来あるべき出版界の姿ではないのか」と塚越会長。この本を大切に、できれば増補をしながら、何十年も世に問いつづける。それを大切な使命とする版元でありたいと、きょうふたたび、意を決しました。

きょうの写真帖をお読みくださった方々に、一つとっておきのお話です。塚越会長の人生と経営のすべてを凝縮した『いい会社をつくりましょう』。この本のなかでもいちばんのキモは。16ページの「二十一世紀のあるべき経営者の心得十か条」です。これを、それぞれのお仕事に、職場に当てはめてみてください。そして実行なさってください。「それがすべてです」と塚越会長からのご伝言です。

【きょうの写真】上)自宅北に広がる果樹園の野道は、雪の深さが約30センチ。帰宅してから夕方、そこを歩いきました。一歩一歩。栗もリンゴも眠っているように見えますが、幹の中、土の根は、春待ちの律動が鳴り響いていることでしょう。

下)雪の野道を抜けて千曲川土手へ。夕日です。土手を歩いていると、軽トラの荷台に山積みになった雪を、一人で土手の斜面に捨てているNさんに出会いました。「町のある美術館の駐車場に寄せられていた雪の山を軽トラに積んで、ここまで運んできたんだ。これで2度目だよ。たまにはご奉仕もしなくちゃね。はっはっは」。ただただ、頭が下がりました。こわだかに自立を叫ぶのではなく・・・
 2006年1月11日(水)  遠藤守信博士との対話
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朝から仕事場にて資料読みと編集。午後3時、小布施駅の六斎舎にて、日本料理・喜仙(北須坂)の料理人・花岡和幸さんとお会いして打ち合わせ。

内容は、20日夜にここで開く、日韓交流懇談会のお料理について。この日、韓国と日本から各約20人、合わせて40数人が、東京からバスで、長野県庁経由にて小布施を来訪。小布施町長の市村良三さんと懇談したあと、おぶせ温泉を楽しみ、六斎舎にて懇親会を開きます。一行は、東京の政策学校・一新塾が募った塾生や卒塾生、それに韓国の次代を担う各界の人たち。熱く楽しい懇親会になることでしょう。あたくしも、塾の6期生として、受け入れ準備をさせていただき、当日はお仲間に入れていただきます。なお翌朝は、全員でわが家を訪問してくださる予定です。お茶と野沢菜と自家製の栗餡にておもてなしさせていただきます。

夕方。
小布施堂さんの小布施ッションへ。講師は信大工学部教授で工学博士の遠藤守信先生。ご存知、『野原の奥、科学の先。』(文屋文庫第4巻)の著者。ナノテクノロジーの世界的権威で、ここ数年、ノーベル賞候補として注目されている方です。

講話の冒頭、映像作家の花井裕一郎さん(小布施町)が撮影編集した5分ほどの紹介ビデオが上映されました。遠藤先生が子どものころ遊び、科学者としての人生のきっかけになる”事件”に遭遇した臥竜公園の冬景色が、BGMとともに映されました。「+。すべてはここから始まった」。いつもながら、花井さんによる、その人物の本質を俳句・HAIKUのように切り取って深く簡明に描く編集力に、脱帽いたしました。ご著書のことも紹介してくださり、感謝いたします!

遠藤先生はつぎのようなことばを語られました(文責・木下)。

「科学は文化。日本は、科学が文学や音楽と同じ舞台で、文化として受け入れられて共存する社会になってほしい」

「韓国では科学者による論文の捏造が話題になっている。これは一個人の問題ではなく、また韓国だけの、対岸の火事でもない。科学というものが、社会のなかで文化として健全な存在感をもって認められていることが、科学者の日々の活動にとって、安定した山のすそ野のように、支えになるものです」

「人の目は脳細胞が外部に出た唯一のもの。目が輝いているということは、その人の脳が夢を追いかけて生き生きとしている証拠」

「私の科学観の基本は、臥竜山をガキ大将たちと一緒に駆け巡って体得した自然観。お世話になってきたふるさと須坂、そして北信濃、長野県を、科学で創る卓越した地域にしていきたい。日本にある資源で最大のものは、人であり、人が科学技術を駆使して行うものづくり。子どもたちの科学教育を充実させたい」

「豊かで創造的で独創的な科学の芽は、野原など自然のなかで培われる」

「少子化だけれど、ふるさとの産業が生き生きしていれば、10代、20代に東京や海外に出て活躍した体験をもって、30代以降のいちばん活躍できる時に、故郷に帰って活躍してもらえる。そんな地域でありたい」

「先達たちはみんな、自分の故郷のために力を尽くしたいと願い、実現した人も多い。最近私も、そんな人たちの気持ちがわかるようになりました」

「産業の空洞化率という統計があるが、米国はドイツとほぼ同じで28%。日本はまだ14%だが上昇している。新しい技術革新と、その技術を国内で産業化して雇用を維持する政策が、資源のない日本では必須です。イノベーション・インデックスという統計で日本は世界一。GO MY WAY 強い産業国家へ」

「若者に人間力を。人間力とは創造力のこと。学問の基礎をしっかりと身につけ、創造力豊かな人間に」

「クリントン前大統領は米国でナノテクノを国策として重要視する政策を掲げた最初の人。2000年1月、アメリカ中の図書館の情報が角砂糖一個の半導体に納まる時代が来るとぶち上げた。情報ITに力を入れながら、将来像をナノテクにシフトさせた。この大統領は将来、偉大な存在として名を残すだろう」

「トランジスタは10万個の電子が必要だったが、ナノテクの半導体は電子1個の移動で足りる」

「ノリカというブランド名の、カプセル状の飲む胃カメラ。これは長野市の会社がナノテクを応用して製造し、すでにオーストラリアなどで医療に生かされている。ナノテクは医療にも貢献し、人々を幸福にする」

「開かれた科学の研究開発を。2層構造のナノチューブの製造に成功した。1mmの100万分の1の太さ。各国の研究者に送り届けたところ、”信大マジック”と絶賛された。私は各国の研究者や機関と一緒に共同研究する方針で進めている。客観的に照明される技術でないと意味がない。この研究は、『ネイチャー』誌のナノ機械ニュースのトップ10にランクインされた」

「ナノテクの超微細の機械は、DNAの補修さえもできる。携帯のリチウムイオン電池にもナノ技術は使われており、700回以上の充電を可能にしている。ナノでなければ50回が限度。このほか、ゴルフクラブのシャフト(飛距離10ヤードアップ!)、スキーの接地面(スピードアップ)、エアバスA380のボディー(放熱特性)、SONYの高級スピーカーのコーン(可聴周波数の再現)、血栓の付かないチューブ(忍耐への影響の少ないカテーテルの実用化)、人体に埋め込んで自動的に痛みをとる薬剤搬送システム、パーキンソン病やアルツハイマーなどの患者の脳を治療して快復させる技術……ナノテクが、人類の幸福に貢献できることを願っている」

「私の関心テーマは教育とまちづくり。私は駅弁、とくに峠の釜飯が大好物。理由の一つはおいしいからだが、もう一つ。ごぼうとか、漬物とかニンジンとか、一つひとつの素材は小さくて平凡でも、全体として調和が取れていて、栄養バランスもよく、食後の感じもいい。それぞれがでしゃばらずに、各々の持分を十分に演じている。ホーリズム。部分は全体に貢献するもの。社会にため、国のため、世界のために、私はなにができるのかと考えて行動する人が一人でも増えるならば、まちも国も良くなるはず」

「アラン・ケイのことば。未来を予測する最高の方法は、自ら未来を開拓すること。The best way to predict the future is to invent it.個性、創造力を発揮して、いい仕事、いいまちを創ってまいりましょう」

小布施ッションを主催する(株)文化事業部、小布施堂のみなさま、ありがとうございました。そして遠藤先生、これからもご指導をお願いいたします。

【きょうの写真】遠藤先生(中)と。左は東京から参加された井上雅博さん。右奥のめがねのお方が、映像の花井さんです。講話のあと、蔵部にて参加した60人ほどで乾杯して懇親会。2次会場はとなりのバーで。
 2006年1月12日(木)  「道州制」シンポジウム 4日午後です
あたくしもお世話になっている政策学校・一新塾の仲間が、2月4日に東京で、「道州制」を理解し、まちづくりを体感するシンポジウムを主催します。道州制は、日本で将来導入される方向のようですが、なんのための道州制なのか、どんな道州制が国民を幸福にするのかということを、議論し考察し、提言しているチームです。関心をおもちの方は、お運びください。以下、チームからいただいたご案内を掲載します。

「市民がつくる道州制」
〜まちづくりは国づくり 市民発の政策提言〜
参加者募集中!

●日 時 2月4日(土)14時〜17時30分
●場 所 大田区産業プラザ(大田区南蒲田1-20-20)
●主催者 道州制.com(http://www.doshusei.com/)
●基調講演 穂坂 邦夫氏(前埼玉県志木市長、NPO法人地方自立政策研究所理事長)
●プログラム(仮)
1)「道州制.COM」から市民の視点での道州制案発表!
2)全員でワークショップ
3)基調講演「地方から国を変える!」 穂坂邦夫氏
4)穂坂邦夫氏を交えてのデスカッション
●参加費用 1000円
≪開催のお知らせ≫

2006年2月に政府の諮問機関である第28次地方制度調査会より、「道州制」を含めた最終答申が予定されています。私たち道州制.comの考える「道州制」とは、単に中央から地方へ権限移譲するだけではなく、地域の活力を最大限に引き出していく仕組みであり、身近なまちづくりに直結しているともいえます。しかし、答申発表が直近に迫った今の時点においてさえ、多くの国民は答申の存在すら知りません。

そこで、私たちは、道州制に関する国民的議論を巻き起こすために、道州制の制度や意義を知っていただくと同時に、道州制本来の目的である活力あるまちづくりを生み出すためのノウハウを盛り込んだワークショップ型シンポジウムを企画いたしました。

今回のシンポジウムは、有識者をお招きしてお話をきくといったありきたりのシンポジウムではなく、これまで道州制.comチームが築きあげてきた市民参加のノウハウを盛り込む参加者主体のシンポジウムにする予定です。

私たち市民の手で、まちづくりのための「道州制」を創っていきましょう。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

●申し込み方法 ホームページ申し込みページからお申し込み下さい。申し訳ありませんが、定員になり次第締め切らせて頂きます。定員200名

●主催者;道州制.comとは?

「生活者主権の道州制」を実現するために2002年から活動を開始。メンバーはNPO法人一新塾OB/OGを中心とした一般市民78名。これまでに小冊子を3冊発行。「道州制」をテーマとした講演とワークショップを2005年は10回実施。HPは累積カウント80万回。「道州制」検索ナンバーワンサイト。(転送大歓迎!)

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12日は仕事場と小布施町をうろついてすごしました。
 2006年1月13日(金)  薪集め
朝から編集の仕事をしておりましたが、途中で机を離れました。目的は薪集めです。大雪だから厳冬だから、というわけではなく、この冬は薪の備えが十分ではありませんでした。ふつうは、物置の隣にある薪小屋いっぱいに積み、それでも余って道路に面した下屋にも積むのですが、昨年秋までに、そこまでの備蓄ができませんでした。

わが家の薪は、その多くを知人の農家からいただく、りんごや栗などの枝や幹でまかなってきました。「伐ったけど、いる?」と連絡が入ると、家族でチェーンソーを持って、その方の畑へ切りに行き、集めます。昨年は、そうやってかかるお声が少なかったわけです。今年は大丈夫そうですが。

そんなわけで、アリとキリギリスの物語のギリギリス状態で、いまになっての薪集めとなりました。

お目当ては、須坂にある木材会社「山二」さん。わが家は10年前に、ヤマニさんに建てていただきました。そのご縁で、製材した端切れの角材を、いただけるのです。軽トラックいっぱいにいただいて帰りました。

午後は、近くの薪炭店さんより楢薪が届きました。広葉樹のナラの丸太を燃やしやすいように割った薪の束で、30束です。火の持ち(長い時間をかけて燃える)、オキと呼ぶ種火状態になってからの持ちが良く、いわば最高の薪です。1束370円でした。

このナラ材の産地は、小布施のわが家から東に見える高山村の山だそうです。身近な山で、林業家の方々が伐り出した薪で、暖をとる。中東からタンカーで運ばれた石油で、あったまるよりもずっと、ほんわかした気分でございます。
 2006年1月14日(土)  飯田村 新年役定めの会
終日、仕事場にて編集の大詰めと資料読みをしてすごしました。夕食のあと、飯田村の公会堂へ。新年度の「役定め」という行事があり、新しい村の役員さん方が集まってあいさつをし、宴会をします。あたくし、今年は農協の協同組合支部の支部長(協同組合長)を仰せつかりました。今年春に行われる農業委員の選挙では、候補者に当選していただくべく、その運営を担うお立場。けっこう大変のようですが、ま、楽しませていただきます。

夜、公会堂からわが家に歩く5分ほどの道のりで、きょう明日、開かれる「安市」を記念する花火大会の花火を眺めながら帰宅しました。あすはあたくしも、安市に参ります(トン汁の火炊き)。正月気分の抜け切らないこんな厳寒のときに、町で一大伝統祭りを繰り広げてきた小布施人。やっぱり、ちょっと違うのかもしれませんね。

15日は、行者さんの火渡りの行も開かれます。行者さん10人が火を渡ります。近年にない多さだそうです。好天を期待します。
 2006年1月15日(日)  安市 そして窪島先生の講話
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朝8時から村の公会堂に集まり、小学生たちと軽トラで村中を回ります。昨年の達磨さんや松飾、神社のお札、書初めなどを集め、飯田郷元神社のお庭へ。庭に設けられた「どんど焼き」のところに、集めた達磨さんなどを置き、夕方のどんど焼きに備えます。

その準備を終えてから、安市のトン汁コーナーへ。大釜の火を焚く担当をさせていただきます。

昼過ぎ、長野市の平安堂長野店へ。3時より、「カフェページ」にて、窪島誠一郎先生の講話があり、参加します。

ではみなさん、佳き一日をおすごしください。

【きょうの写真】上)『護憲犬』(ごけんけん)。千曲市の「杏の里板画館」のあるじ・森獏郎からいただいた年賀状です。干支の戌(犬)+護憲。平和を守るお犬様、ですね。

下)氏神様のお庭に完成した「どんど焼き」のやぐら。オブジェ、ですね。夕方、ここに火がつけられました。村人たちが100人以上、集まって、今年の無病息災を祈り、お汁粉をいただきました。
 2006年1月16日(月)  憲法9条を変えたら戦争になるよ
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昨日午後、JR長野駅前の書店・平安堂長野店「カフェ・ページ」にて、窪島誠一郎さん(無言館館主)と写真家の山本宗補(むねすけ)さんの対談の会が開かれました。

山本さんのついては、昨年末に窪島さんの槐多庵(上田市塩田)にて開かれていた「老い」をテーマにした個展で作品とその解説文を拝見していました。1時間ほどのお話の中で、つぎのことばをメモしてきました。山本さんが、これから訪れる沖縄の八重山諸島に暮らす大泊さんのことばだそうです。「憲法9条を変えたら、戦争になるよ。日本はどうしちゃったんだろうねー」。フィリピン、ビルマなどを訪れて”最底辺”の人々を撮りつづける山本さんのホームページをご覧ください。山本さん、写真とともに文章、熟読に値すると思います。

http://homepage2.nifty.com/munesuke/

窪島さんのことば「私たちは、世の中を絶対に絶望してはいけない」  

「人間、捨てたもんじゃないよと言いたい。鳥の声や夕焼けをすてきだなーと思うこころがあれば、絶望しないで生きてゆける」

「老いをテーマにした山本さんの写真が、老いてゆく人間の肉体を追うのではなく、その人の記憶を追っている。モノクロ写真に刻まれた顔や手の皺(しわ)は記憶のぬくもり。写真の裏側にある想いへの想像力をかきたててくれる」

「子から孫へ、記憶のバトンタッチをしてゆける家庭や社会でありたい」記憶のバトンタッチということばを聞きながら、聞き書き作家の塩野米松さんが語られた「のりしろ」を思い出しました。家庭や地域で、世代間でともに暮らし、語り合える環境があること、それがのりしろのある暮らしだというのです。

山本さんは「無言館の遺品の中にある、ある戦没画学生の戦地でもメモに、食べたいもののリストがびっしりと書き込んであります。お雑煮をはじめ60くらい」。生きていればたらふく食べられたであろう食べ物を、密林で追い詰められ、マラリアや飢餓と闘う兵士は、どれ一つ口にすることなく、亡くなっていきました。。「憲法9条を変えたら、戦争になるよ。日本はどうしちゃったんだろうねー」。

【きょうの写真】上)昨日のお2人の対談の会。奥の窪島さん(左)と山本さんの語りを、30人くらいの人たちとお聴きしました。

下)15日お昼どき、「安市」・小布施町商工会館に庭でふるまわれたお神酒とトン汁を求めて並ぶ方々。福達磨を買う市としても知られています。
 2006年1月17日(火)  終日、仕事場にて編集に専念。
終日、仕事場にて編集に専念。
 2006年1月18日(水)  3月4日・5日 掃除に学びましょう
仕事場ですごして、午後4時に、愛知県の竹中嘉雄様を小布施駅でお出迎え。竹中様は「日本を美しくする会」中部ブロックの会長さん。碧南市で竹中電機という会社の社長(現在は会長)という実務をされながら、トイレ掃除の大切さとすばらしさを普及しておられます。

 夕方6時、町公民館にて小布施掃除に学ぶ会の実行委員会。3月4日(土)夕方に開かれる鍵山秀三郎先生(日本を美しくする会の相談役、カー用品のイエローハット創業者)のご講演が、小布施町の北斎ホールにて開かれます。また、翌日は小布施中学校をお借りして、トイレ掃除の実習が催されます。その準備と運営のための会議。10数人が参加され、あり方について議論が交わされました。終えてから、駅前のお蕎麦屋「つくし」さんにて、竹中さんを囲んで数人で夕食をいただきました。

 日本を美しくする会のサイトへどうぞ。http://www.souji.jp/
 2006年1月19日(木)  ゼロ予算で甦る小布施町
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午後2時、長野市内の会社にて、現在取材執筆中の記念誌について打ち合わせ会。小布施に帰り、夕食のあと、7時から町公民館講堂にて、まちづくり懇話会の最終回。今後の町の施策やまちづくりのあり方について、昨年から100数十人の町民が議論を交わしてきました。その最終報告書が、市村町長に手渡されました。問題は、実行されるかどうか。それをえらそーに監視するというのではなく、私たち一人ひとりが、実現に向けて参加、推進することが肝要だと感じました。

ゼロ予算でも有益な事業はたくさんできます。3月4日・5日のトイレ掃除に学ぶ会も、その好例。成功させたいと思います。

【きょうの写真】懇話会の意見交換のおり、小布施人の気質について発言する原勝巳さん。
 2006年1月20日(土)  日韓交流、小布施で実現
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午後4時すぎ、大型バスが町役場前に到着し、40数名が降り立ちました。東京の政策学校・一新塾の20名と、日韓交流をしている韓国のリーダーたち20数名です。韓国の一行は昨日東京について国会議員などと交流し、きょうは午前中にバスと東京を発ち、善光寺を見学してから長野県庁へ。田中康夫知事と2時間半に渡って懇談し、それから小布施町へ。

 役場の庭には、市村良三町長をはじめ町幹部や職員のみなさんが出迎えてくださり、講堂へ。市村町長が小布施のまちづくりについて話をされたあと、質疑が交わされました。

 そのあと、小布施駅の六斎舎にて、歓迎の夕食会。政治でも経済でも韓流でもない、地道で楽しくて息の長い草の根交流が、一新塾を中心に進められています。小布施町も韓国のみなさんとの交流を始められないか? どんな交流が双方にとって望ましいのか? 考えていきたいと思います。

【きょうの写真】日韓の人たちが、講堂でまちづくりについて意見を交わしました。
 2006年1月21日(日)  韓国−小布施−熱海−小布施
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 昨日から日韓交流のご一行43名は、おぶせの風ユースホステルと、ゲストハウス小布施、NPOのしなのぐらしさんに分宿しています。朝8時半、大型バスに合流してわが木下宅へ。オープンガーデンの見学(一面の雪ですが)と日本の普通の民家を訪問して交流するのが目的です。わが家では、母と妻が昨年秋に収穫して作り、保存しておいた栗の餡とフジリンゴ、野沢菜と緑茶でもてなしさせていただきました。お茶以外はすべて、自家栽培の農作物です。

 こうして大型バス一台の方々をお迎えするのは、これで2回目です。妻朝子も、けっこう慣れている様子で、韓国のお兄さんたちと楽しんでおりました。

 バスで北斎館へ移動して町並みの見学と、利き酒(桝一酒造場にて)。その間にあたくしは、味郷さんにて主の湯浅伸一さんにお願いしておいた特製のトンカツ弁当を受け取り、バスに積み込みました。

 ご一行が小布施を発たれ、お見送りしてから、あたくしは、そのまま車でJR長野駅へ。新幹線に乗って東京、熱海へ。熱海のホテルで開かれる「響の会」の講演会に参加しました。講師は会長の角田明先生。「いい学校をつくりましょう」という演題のお話を伺いました。塚越寛さんのご著書『いい会社をつくりましょう』の“学校版”のお話。

 角田先生のサイトはhttp://tsunoda.web.infoseek.co.jp/index2.htm 訪れてみてください。

 終演後、ごあいさつをして、教育出版の萩原治郎さんと、角田先生の教え子の矢島大輔さん(茅ヶ崎市の茅ヶ崎ハム、ハム工房ジロー)といっしょに、新幹線のこだまで新横浜までごいっしょいただき、あたくしは東京経由で自宅に帰りました。ふー。

【きょうの写真】講演する角田先生。手前の黄色いものは、郷里の熊本県八代特産の「晩白柚」(ばんぺいゆ)という柑橘類です。美味!
 2006年1月22日(月)  工藝の美を学び、美日常を磨く
 午後1時より、松本市中町の工藝店マエストロさんにて、木曽平沢の佐藤阡朗(せんろう)さんに工藝について学び語り合う会が開かれ、参加しました。

 佐藤さんについては、つぎのサイトをご覧ください。お声かけくださった陶芸家のこだかちえさん、ありがとうございます。この会の今後が楽しみです。

http://www.hat.hi-ho.ne.jp/toshibo/http://www.japan-urushi.net/interview/satou_senrou/main.html

 工芸家の方々が交わす議論は、「美」をテーマにしたものです。「美日常」の著述に生かしたいと思います。

 雪の高速道をゆっくり急いで帰宅し、飯田協同組合の新年会で役員3人で、樹響さんにて会食。
 2006年1月23〜26日  ひたすらに編集!
ずっとずっとずっと、仕事場に篭(こも)って、編集と資料読みをしておりました。写真帖を書く時間も惜しんで(は、言い訳です)一日10時間ほど。なんだか年末からずっと机に向かっています。いままでになかった年明けの日々。

よく「歳を重ねると時間のたつのが早い」と言う人がいますね。あれ、ほんとうなんでしょうか? あたくしの場合、まったく反対の気分なのです。1年を振り返ったとき、その重さというか、充実感といえばカッコ良すぎますが、とにかく、十分に生かしていただきました! という気分に浸れるのです。

昨年2月。長野市を拠点に知的障害者が主役の”オリンピック”、スペシャルオリンピックス(SO)が開かれました。わが家には4名のアスリートをお迎えして、数日間、ホストをさせていただきました。きのう、テレビで「SOから1年」というニュース番組があり、ふと気づいたのですが、「えー? あれって2、3年前じゃなかったっけ?」と妻に申しました。笑われました・・・・・・。そうなんです。それくらいに、すぎた1年が、2年にも3年分にも思えるのです。不思議です。でも、うれしいです。

いままでにはじめての律動で仕事をさせていただいている今年はきっと、もっともっと充ちた日々になることでしょう。喜んでいただける仕事、そして仕事以外のものごとを、楽しもうと思います。
 2006年1月27日(金)  視点を移して自分を見つめる
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朝からずっと仕事場で編集に専念。夕方、小布施町の小料理屋・桂亭さんへ、家から15分ほど歩いて参りました。今夜のお相手は、青野哲士さん。静岡県のご出身で、現在は化学系の研究開発者として小布施の会社にお勤めです。あたくしより9つ年上。年に数回、2人で、または2人を引き合わせてくださった副島茂さん(現在は兵庫県在住)などとともに、懇親を深めております。

青野さんは小布施町在住ですが、”本宅”は長野市大岡聖(先日の合併までは大岡村)の山中にあります。週末には奥さまとこのご自宅兼山荘にてゆったりと、すごしておられます。

自分を見つめるには三つの手立てがあると思います。

一つは、じっとして内省すること。二つ目は、旅に出て自分が別の場所に行って、いつもいる土地での自分の暮らしを見つめること。三つ目は、自分以外の人、とくにいつもいる土地の外の人と交流して、外の人の視点から、自分を見つめること。

青野さんとの語らいはあたくしにとって、三つ目です。ありがたいことです・・・・・・ま、そんな理屈は抜きにして、青野さん、奥様、これからもおつきあいをお願いします。

【きょうの写真】青野さんと再会を誓って別れ、一人で歩いて家に帰りました。吹雪でした。闇夜のなかで街灯が照らす扇型の空間に、雪が右上から斜めに降っていました。きれいだなーと思ったので、携帯のカメラで撮影。歩いてこそ感じられる、きれいだなーでした。
 2006年1月28日(土)  3月4日鍵山先生ご講演、5日掃除に学ぶ会
10時、ハイウエイミュージアムにて、3月4・5日の掃除に学ぶ会の打ち合わせ会に参加しました。あとひと月。準備は佳境に。みなさん、鍵山先生の講演会だけでも、ぜひご参加ください。きっと参考になると思います。

呼びかけのチラシを作りました。その文字データを掲載しますね。お申込などは木下へメール、電話をくださいな。

=====以下、チラシのデータです=====

第3回 小布施掃除に学ぶ会 開催のご案内

小布施掃除に学ぶ会 会長 市川 和恵

 第3回小布施掃除に学ぶ会のご案内をいたします。
   今回は、「日本を美しくする会」相談役の鍵山秀三郎先生にご講演をいただき、翌日は、小布施中学校のトイレをお借りして、鍵山先生や全国の指導者の方々に掃除実習を教えていただくことになりました。貴重な機会を得ましたので、一人でも多くの方々にご参加いただきたく、ご案内いたします。
日本を美しくする会は、トイレ掃除を通じて心を磨くことを目的に、全国規模で活動しています。政治、宗教などには関係していません。「掃除を暮らしの文化に」と願っていますので、ふるってご参加ください。


【鍵山秀三郎先生講演会】
1)とき 平成18年3月4日(土)午後5時〜6時半(4時より受付)
2)ところ 小布施町北斎ホール(町役場隣、小布施駅より徒歩2分)
3)演題 「凡事徹底〜掃除とまちづくり」(仮題)
4)入場料 無料。カンパを歓迎いたします(掃除用具購入の基金にします)。
5)定員 座席に限りがございます。満席の時は立ち見またはロビーでの聴講となります。

【掃除実習】
1)とき 3月5日(日)8時半より開会式(8時より受付)。午後1時、解散。
2)ところ 小布施中学校ランチルーム(開閉会式)
3)参加費 無料
4)服装 掃除をしやすい服装、汗ふきタオル、長靴
5)持ち物 おにぎりなどのお弁当。お掃除のあと、昼食をとりながら感想発表などの交流会をします。
 ご希望の方には昼食を用意します(500円を当日受付にてお支払いください)。
 2月15日(水)までにお申込ください。
小布施町役場 TEL: 026-247-3111 FAX: 026-247-3113
小布施町社会福祉協議会 TEL: 026-242-6665 FAX: 026-242-6696

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午後7時より須坂市の小料理屋さんにて、須坂東高校のPTA役員を経験されたOBOGと現役の役員さんの懇親会。じつに6代(6年間)の会長、副会長さんが集まりました。自分たちの子どもが卒業したあとも、子どもたちの母校のことを想い、なにか貢献したいと、熱く楽しく語り合う大人たち。須坂東高、きっともっともっといい学校になっていくことでしょう。
 2006年1月29日(日)  今シーズンはじめてののスキーに
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朝食と朝茶をゆっくりいただいてから、車にスキー用具を載せ、妻と長女の星河といっしょに高山村の山田牧場スキー場へ。

いつもお世話になっている山の温泉宿・レッドウッドインさんのご主人・兼平緑さんとスタッフのみなさんにごあいさつをして、宿の前に広がるゲレンデへ。快晴! 雲一つ無い快晴です。今シーズンになってはじめてのスキー。日曜日なのに、リフトは待ち時間なく乗ることができました。

あたくしのスキーは、とくに先生に指導を受けたことのない、見よう見まねの自己流です。上手ではないけれど、スキーは大好き。半日とちょっと、存分に楽しむことができました。

昼食は、兼平さんのお宿のレストランにて、パスタとビザと・・・・・・。おおらかな雰囲気の木を中心にした洋風食堂といった印象。お料理もしっかり気持ちと手をかけた内容。こうした宿と食堂がステキなゲレンデとセットになれば、スキー場は十分に経営していけるのでは、と素人ながらの感想です。でも、索道(リフト)の経営的には、このスキー客数ではたいへんですね。山田牧場は、宣伝上手な派手目のスキー場とは違い、こじんまりとした小粋な場です。みなさんの行き先の一つに加えてみませんか?

【きょうの写真】上)どうです、快晴でしょう。北信五岳から左は北アルプスまで一望できました。

下)初すべりの妻と長女です。
 2006年1月30日(月)  愛車、山中にて故障!
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昨日の初スキーは、とっても良かったのですが、おまけが付きました。朝、スキーなどの荷物をレッドウッドインさんに降ろして、エンジンをかけて100メートルほど走ったところで、愛車のエンジンが止まってしまったのです。バッテリーかと思い、宿の方にお願いして、もう一台の車のバッテリーとつなげてみたのですが、セルモーターは回るのにエンジンはかかりません。お手上げです。車はあきらめ、バス2台を乗り継いで須坂駅にたどり着きました。

きょう、わが家の車のすべてをお願いしている原田屋自動車の原社長親子にお願いして、車載用のトラックで山田牧場に行っていただき、車を載せて小布施の工場まで戻していただきました。調べていただくとやはりバッテリーに異常はなく、エンジンに通じる部品に「火花が飛んでいない」とのこと。その部品の交換に数万円を要することが判明いたしました。

愛車は10年前に新車で購入したワーゲンのパサートです。これまでに数回、「国産車じゃー考えられないねー」と原さんにため息をつれるような故障を起こしてきました。今度買うなら国産かなー、とその時には思うのですが、やはり素朴な安定感をもったこの車の魅力は、捨てがたいのです。ともかく、あと5年はだいじに乗ります。

夕方5時から飯田村の公会堂にて、飯田協同組合(農協の末端組織)の総会が開かれました。なんと、このあたくしが、協同組合長に就任いたしたのでございます。ほかの役員さん2名もしっかりした方々ですので、安心して1年間を楽しみます。

【きょうの写真】上)昨夜、樹響さん(小布施町福原のダイニングレストラン)にて家族で夕食をいただきました。母親(左から2人目)が先日、JAの旅行でカンボジアを旅して帰り、お土産を買う代わりに連れてきてくれました。ごちそうさまです。

下)昨日、自分でとったスキー場での姿です。

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