Monochrome-Monologue

2003 年 3 月 1 日 ( 土 )   ヒヨドリの朝ごはん、水浴び
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冬の間、わが家の庭には、スズメの3倍くらいの大きさの鳥が数羽、ひんぱんに訪れていました。今朝も、見えました。お茶を飲んでいると、窓の外の庭をかなりのスピードで飛び交います。体が大きい分、存在感があるのです。「モズかな」と話していたのですが、どうやらヒヨドリのようですね。

「オンライン野鳥図鑑」(Yachoo!)というサイトを訪れてみました。
http://www2u.biglobe.ne.jp/%7Eyachoo/

その解説です。
「スズメ(14.0cm)よりもずっと大きく体は灰褐色で、頭上は青灰色味が強く耳の裏は褐色で、何といっても鳴き声が一番の特徴である。雌雄同色。ピーヨ、ピーヨと騒がしく鳴き、飛びながらピーッ、ピーッと鳴く」とありました。
えさがとぼしそうなので、かわいそうに思った母が、自作のりんごを庭の枝に刺しておきました。すると、毎朝、ついばみにきてくれました。それはそれでかわいいのですが、このヒヨドリ、かなりの神経質というか、独占欲の強い鳥らしく(類は友、わたくしのことか?)、スズメが寄ってくると、すごい泣き声と勢いで追い払うんです。「仲良くしてよ」 と言っても聞きません(あたりまえか)。
まっ、生きていくんだから、そんな強さも必要ですよね。スズメさんたちは、ヒヨドリのあとに朝食をとっていました。

【今日の写真】(上)ヒヨドリ。上掲の図鑑より転載しました。
(下)ヒヨドリが仕事場の前にある手水鉢(ちょうずばち)の水で水浴びしています(ちょっと見ずらいですね、すみません)。仕事の手が、思わず止まってしまう瞬間です。

【透玄 今日の一句】「淡雪や 月に引かれて 舞ひにけり」


2003 年 3 月 2 日 ( 日 )   りんごは毎食後にいただきまっす!
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2003 年 3 月 3 日 ( 月 )   オブセッションは建築家の内藤廣さん
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朝から仕事場にて編集の仕事。午後は、小布施町役場で「オープンガーデンブック」の編集打ち合わせ。そのあと、町商工会へ。経営指導員の輿石多美子さんと確定申告の相談。
夕方6時30分、小布施堂にて、オブセッションに参加しました。
講師は、建築家の内藤廣さん。小布施の町並み修景を先導された建築家の宮本忠長さんとのかかわりが深く、長野県内では、いわさきちひろさんの「安曇野ちひろ美術館」の設計者として知られています。
テーマは「時間について」。内藤さんの次のようなお話が、印象に残りました。
○(いい建物ではなく)いい場所を創りたいと思う。いい場所とは、より自由で豊かな時間を過ごしていただける空間。建築雑誌の表紙を飾るようなめざましい建物にしようとは、ツユ思わない。
○ポストモダニズムはいつのまにか形骸化して「好き勝手にやっていい」という発想になった。そこにバブル経済がのしかかり、20世紀終盤の日本の建築は蜃気楼のように(軽々しい存在)なってしまった。私は「浦島太郎であること」が大事であると思って生きてきた。
○「時を知らせる時計」について考えてみたい。教会やお寺の鐘→家の柱時計→腕時計。大きな共同体が共有する「時」から個人の「時」へ。近代的な自我は、技術進歩にともなう「時間の個人化」と並行して進んだ。建築の世界における「時」も、同時に変化した。
○「死」の存在が入らない建築は「時間」に目を向けないことであり、私は認めない。先祖への祈り、人々の営みや死の記憶を、建築に込めてきた。
○プレハブ住宅を否定する!めがねや食堂のメニューと同じ感覚で、住宅を買ってはいけない。プレハブやマンションは、売る時(買う時)の価値が最大であり、年々価値が下がる。その前提で造られ売られる。住宅の価値は、住む人が生み出していくもの。長い時間のことをイメージして、住宅のことを考えたい。プレハブ住宅に幸せは無い!住宅メーカーの広告宣伝にマインドコントロールされてはいけない。
○関心事は「どうやったらその場所で、人々が誇りをもって生きていけるのか」ということ。ゆっくりと時間をつなぎ合わせていく姿勢をもちたい。「建物に長い時間を託す」哲学をみんなでもちたい。
○現代的であることと、ノスタルジー(郷愁)の共存を意識している。ノスタルジーとは、時間に対するイメージ。
○人はいろいろな時間のなかにいる。いまという時間は、自分の時間であると同時に、村の時間、町の時間、国の時間、歴史の時間、宇宙の時間など多様な「時間」にとりまかれている。ハード面や技術面に関心をもちながら、さまざまな時間について、考えてみたい。「保存」とは、時間の記憶を保つこと。
○汚い景色の日本。でも悲観しなくていい。戦後50年で汚くなったのだから、その気になれば50年できれいにできる。とくに戦後の建物は耐久性が低い。すぐに無くなる。若いみなさんがその気になれば、みなさんが生きているうちに、日本はきれいになるんです。本多清六博士が構想した明治神宮の森は、当初百年計画であったが、50年ですばらしい森になった。勇気をもってください。

以上は、木下の文責です。
オブセッション、すばらしい刺激の場です。小布施堂さん、感謝しております!

【今日の写真】内藤廣さんの近著『建築のはじまりに向かって』(王国社)

【透玄 今日の俳句】「去年の葉や 風に立ちあがり 駆けにけり」(去年:こぞ)
裏の栗林の細長い葉が、雪解けで解放され、春の風に立ちあがって、いっせいに駆けだしました。まるで森の小人の運動会です!


2003 年 3 月 4 日 ( 火 )   雪です、ふぶきです・・・3月です
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夜6時30分より町公民館講堂にて、花咲くテーブルトーキング。町企画財政課に事務局をおく事業で、住民30名が、毎月一回ていど集まって、町の課題を語り合っています。昨年一月に始まり、これで9回目になりました。今回にテーマは「市町村合併」。町議員18名全員が参加、町商工会青年部の6名に、トーキングのメンバー11名、町職員をあわせて40名で語り合いました。
次の2点がとくに大きな成果でした。

○合併や行革の論議の多くは、「削る」と「抑える」の話。下向き、後ろ向きの発想になりやすい。産業振興策を同時に考えていきたい。農業・観光・商工業さらには勤め人のとくに若い人たちが集まって学びあい、交歓する場を定期的にもとう。町には事務局をになっていただき、広報をお願いするほかは、さしたる予算はかからない。産業を起こして雇用や税収を高める道を、継続的な場の運営を通じて、探っていきたい。

○議会の補完する、若い住民と議員の交流の場を運営していこう。議員の報酬は年間300万円ほどであり、任期4年後の生活の保障はない。若い人はなりたくてもなれない。議員の高齢化や男性数の優位は大きな課題。解決策の一つとして、若い住民と議員が直接対話する、継続的な場をもちたい。

こうした話し合いの結果、3月末にもう一度、同様の意見交換会をもつことが、議会から提案されました。トーキングの座長としてわたくしも、この二つの新しい試みを進めていこうと考えています。みなさんのご意見をお聞かせください。

【今日の写真】(上)気候はふたたび冬型になり、昼間から吹雪となりました。写真は午後3時の町役場前です。となりの町立幼稚園へのお迎えのお母さんと子どもたち。すでに真冬のころより一枚薄着になっている子も多く、肩をすくめていました。おなじ三寒四温でも、かなりきびしい”寒”ですね。
(下)未掲載(懇談会の様子)

【透玄 今日の一句】「春嵐や 落葉の起きて 駆けにけり」


2003 年 4 月 4 日 ( 金 )   おごるなブッシュ
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おごるなブッシュ。
おごるなゆたか。


2003 年 4 月 5 日 ( 土 )   草津温泉へきょうだい会で
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みなさん、こんにちは。
ひと月間のごぶさたでした。
掲示板にもご心配のお便りをいただき、申し訳ございません。
病気ですか?とのご質問。じつは、一週間ほど風邪で寝込んでいました。38℃以上の熱が出て、点滴を三回も受けました。ですが、これはたんなるいいわけです。三日坊主ならぬ、三か月坊主になってしまっただけのこと。ごめんなさい。

というわけで、おぶせ写真帖の再会でーす。

【きょうの写真】3月22〜23日、一泊二日で草津温泉へ。母と三人の兄弟と、一人の従兄弟。そして家族。みんなで16名。年に一度の温泉旅行、これで二回目です。

【透玄 きょうの一句】
「いのちらの 雄叫び響く 春の庭」

【透玄きょうの好句】吉田鴻司
「縞馬の 縞うすれたる 春の山」


2003 年 4 月 6 日 ( 日 )   薪づくりのたのしみ
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春ですね。6年前に新築した家の居間に薪ストーブを据えてから、春が明けるこの季節、薪づくりはわが家の恒例行事になりました。
近所の農家が冬の間に切ったりんごや栗の木を、その畑にいただきにいきます。幹と枝を軽トラにいっぱい積んで、わが家の畑の空き地に山積みにしておきます。
今日はその薪運び作業の2回目。長男の真風(高2)と長女の星河(小4)といっしょに、4時間かけて4台分、3軒のお宅の畑から運びました。次男の荒野(中3)は明日が「進級お祝いテスト」ということで、大目に見てあげました。
今春の薪運びはあと1回で終了です。
そしてそのあとがまたひと仕事。長い枝はチェーンソーで切り、太い幹は”薪割りかあさん”というニックネームの薪割り機(エンジン+油圧式)で割ります。
薪になったものは、自宅の薪置き場へ積みます。ここまで終えるには、家族総出で週末あわせて5回はかかります。夏になっていることでしょうね。
これが、とっても楽しい、わが家の協働のお仕事なのです。

【きょうの写真】薪運びを終えて、星河と(撮影は真風)
農作業にまさる教育の場を、わたくしは知りません。

【透玄きょうの一句】
「終雪 ほんの一ミリ ねこ笑ふ」
(終雪;しまいゆき)

【透玄きょうの好句】伊藤通明
「いろいろの 神と遊びし 雪の果て」  


2003 年 4 月 7 日 ( 月 )   精米当番
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朝5時前に起床。お参りと軽い運動のあと、1時間半ほど編集学校の指南と執筆の仕事。9時に家を出て、県立須坂東高校の入学式へ。
この高校には、長男真風が昨年春に入学して、毎日サッカーの練習に熱中しています。親のわたくしは、なぜかPTA副会長をお受けすることになり、今日はその初仕事。239名の新入生と保護者(ほとんどは母親)を体育館に迎え、約1時間の式典でした。
月原PTA会長のあいさつを聴きながら、「あー来年は自分がアレをするのか」と思い、少々負担な気分になりました。西原良子・同窓会長の堂々毅然たるあいさつも、胸うたれました。
85年の歴史のうち、前半の65年ほどが女子高であったためでしょう。次第の最後に歌われた校歌の、みやびな詩とリズムに感銘を受けました。この校歌は創立時からのものだそうです。
お母さん方のなかに、中学時代の同級生でいまは須坂に嫁いで看護婦をしているMちゃんを見つけて、目であいさつ。HAPPTYなほのぼの気分になりやんした♪

午後は執筆。夕方、星河といっしょに、お米の精米所へ。わが家では、春から水田で米を作ります。栽培の担当は妻朝子、指導兼栽培補助は母が担ってくれています。晩秋に物置の貯蔵庫に蓄えたもみ米を、一袋ずつ精米していただいています。精米は、同じ飯田(うちの集落)の中沢善男さんが営むコイン精米機で行います。
夜0時半まで編集学校の指南をして、就寝。

【きょうの写真】精米された米を紙袋に受けている星河。この小屋のとなりには、精米によってできるもみ殻とこぬかを別々に出てくる口があります。もみ殻とこぬかは、畑の肥料として生かしています。

【透玄きょうの一句】
「春泥や 推力高め 野良車」
推力を高めているのは、野良着の自分でもありました。

【透玄きょうの好句】久保田万太郎
「春泥に うすき月さし ゐたりけり」
(春泥:しゅんでい)


2003 年 4 月 8 日 ( 火 )   町の議員選挙があります
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午前から午後2時前まで執筆。
となり村の秘湯・五色の湯旅館の主人・水野薫さんより電話。上高地温泉ホテルの青柳和夫会長とも電話。昨年春に発刊した冊子「ワンモア信州」(県内15件の温泉旅館の共同研究の場であり、共同広告の媒体)を、今秋に更新して発刊する準備を開始することについて話しあいました。5月7日に桜井甘精堂本店のお庭を見ながら、昼食会+打ち合わせを行うことに決定。わたくしはこのクラブの事務局をさせていただいております。

午後2時より、町の議員選挙(4月22日告示)に立候補予定の湯本正明さん(59歳)のお宅で、先輩の役員5名と公約などの打ち合わせ。わたくしは政治・選挙とのかかわりを最小限に、文化と経済を舞台にしたはたらき(ツトメもカセギも)をしていこうと決めていますが、湯本さんは地元飯田区の尊敬する先輩であり、お考えもしっかりされているので、家族で話しあい、できるだけのことをさせていただくことに決めました。
ソフトなお人柄をしたって、大勢の支援が寄せられています。

午後7時より町公民館にて、町の育成会長会議。帰宅後夕食をとり、ふたたび机に。

【きょうの写真】『今のニッポンを変えろ!〜草の根からの生活者維新』(プレジデント社)。大前研一さんが創始した政策学校「一新塾」の本が先日発売になりました。わたくしも、昨年夏の長野県知事選とその後の県政について、276Pに一文を執筆しています。タイトルは「『政治家』田中康夫県知事とともに歩む」です。もう書店に並んでいるころでしょう。手にとってみてください。なお、わたくしはこの塾の6期生として99年の1年間、東京に毎週通って学んだ、佳き過去をもっております。

【透玄きょうの好句(Suku)】高橋睦郎師
「出で入るや 心も空の 櫻色」

【透玄きょうの一句】
「電線の 五線譜奏で 春の風」


2003 年 4 月 9 日 ( 水 )   『オープンガーデンブック2003』が完成です
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朝から自宅仕事場にて仕事。午前10時、須坂新聞社の記者大硲真一さんが来宅。しばし雑談。
午後3時、『オープンガーデンブック2003』が完成。2万部を町に納品するため、印刷製本会社のトラックに同行して町の倉庫へ。約30分で手渡しの納品を完了しました。
88ぺージの冊子に67軒の個人庭園(小中2校の庭を含む)と5つの公共庭園を紹介。50社を超える協賛企業も紹介されています。
小布施町がこの事業を始めて4年目。参加家庭は年々増え、こんごは活動内容や庭の質の向上がいっそう求められています。一オーナーとして、また編集者として、自分のもてる力を使って生きたいと思います。

午後4時、小布施駅の「六斎舎」にて、五色の湯旅館の水野薫さん、KEIトラベルの芋川恵子さんと面談。水野さんが始めたバス会社と芋川さんの進める自社開発の旅のプランの、相互協力について。無形のアイデアが、二人の語りあいからカタチになっていく様子を、楽しんでいます。自分もなんらかのたたちで、参加していきたいと思います。

【きょうの写真】できあがった『オープンガーデンブック2003』と星河。表紙写真のカメラマンは、なんと、このわたくしでございます♪

【透玄きょうの好句(Suku)】細身綾子師
「つばめつばめ 泥が好きなる 燕かな」

【透玄きょうの一句】
「初燕 在のからすも 初々し」
(初々し:ういういし)


2003 年 4 月 10 日 ( 木 )   ミスミソウが咲きました
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わが家の裏庭にあるミスミソウが満開です。ミスミソウは雪割り草の別名もあり、雪融けのあと間もなく、小布施でも咲きます。町の東にある雁田山に自生していて、町の花にも指定されています。村(飯田)の入口の道に面した裏庭ですから、道行く人の目にも留まっていることでしょう。村に春を告げてくれています。

午前7時に家を出て、車で諏訪市の藤森鉄平石さんへ。同社の百周年記念誌を制作する仕事を、信州名匠会(宮本忠長会長、信州の職人の集まり)よりいただき、取りくんでいます。
藤森会長のインタビューにつづいて、車で20分の福沢山にある、鉄平石の採石現場へ。責任者の宮沢淑さんにお話を伺い、作業工程をデジカメ写真に納めました。6月には発行になります。
この本は、信州名匠会の「職人シリーズ」第一巻でもあります。こんごの展開が楽しみな仕事です。職人にお会いするたびに思います。「ていねいに作らなければ、けっしてかもし出せない仕事を、ひとつずつ、ものにしていこう」と。口先だけの仕事や生き方はもうしたくない。改善していきたいと思っています。

夕方7時、商工会飯田支部の総会に参加。支部員は10名ほど。6時からの会議はすでに終わっていて、宴たけなわでした。帰宅後、執筆とISIS編集学校の師範代として指南に取りくみました。おやすみなさい。

【きょうの写真】(上)藤森鉄平石さんの採石場で”石を切る”職人さん
(下)ミスミソウが満開です。BBS(掲示板)にカラーで掲載してあります。

【透玄きょうの好句(Suku)】中村草田男
「町空の つばくらめのみ 新しや」

【透玄きょうの一句】
「初燕 南訛りに 歌いけり」(訛り:なまり)


2003 年 4 月 11 日 ( 金 )   人でニコニコ、お花でニコニコ
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午前11時、小布施駅舎内の交流スペース「六斎舎」にて、西牧英雄さんと面談。西牧さんはSMIとかLMIという、いわば目標達成プログラムのコンサルタント。いまのところ、このプログラムを実用はしていませんが、西牧さんには、いまの自分の心の殻を打ち破ることの大切さ、そのためには夢と目標をもって進むことの重要性を、いつも教えていただいております。きょうもわざわざ、真田町(上田市の北、小布施まで車で1時間)のご自宅から、話をするためにお越しいただきました。
そこへ、岩井節夫さんと鷲尾金弥さんがお見えになりました。お二人とも、日本の花、ガーデニング界の仕掛け人にして、小布施の「花のまちづくり」の先導役。先進的な知識や情報、外の人とのつながり、独りよがりにならない花のまちづくりのために、お二人は頼りになる存在です。お世話になります、これからも。

午後はおんだ整骨院さんにて、リラックスの時間。夕方、地元飯田選出の町議候補・湯本正明さんの役員会。帰宅後、執筆とISIS編集学校の指南。早く寝よっと。

【きょうの写真】いつもニコニコの岩井節夫さん(左)と鷲尾金弥さん。岩井さんは小布施のご出身で、「日本花の会」の事務局長(東京)を長年務められた方。鷲尾さんは90年の「国際花と緑の博覧会」の園芸プロデューサーであり、小布施のフローラルガーデンの基本デザインなどの指導者です。

【透玄きょうの好句(Suku)】永田耕衣師
「白梅や 天没地没 虚空没」

【透玄きょうの一句】
「連翹や 幸福色に あたり染め」
(連翹:レンギョウ)


2003 年 4 月 12 日 ( 土 )   とってもOBUSEな一日でした
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午前10時から町公民館にて、オープンガーデンのオーナーの集い。
67軒が参加して始まった小布施のオープンガーデンは、今年で4年目。集いには16名が参加して、今年の事業について話し合い、園芸プロデューサーの鷲尾金弥さんのお話を伺いました。
1)世話人をもうけて、自主的な運営の体制を作っていく。
2)5月以降秋までに2回、オーナーがバスで町内のオープンガーデンを巡るツアーを行う。
3)年数回、オープンガーデンについて住民に伝える通信を作成する。
こうしたことが決まり、世話人には8名の一人として、わたくしも参加することになりました。
地元の栗が丘小学校では、昨年春から雑木と山野草の庭をオープンガーデンとして参加しているのを契機に、今春より「オープンガーデン委員会」ができ、20数名が、庭を通した地域や来訪者との交流をテーマに、取りくむことになったそうです。小学生のころからこうした生活文化のなかで育つ子どもたちのゆくすえの麗しさ、豊かさを想っています。

午後3時、かんてんぱぱ(伊那食品)の塚越寛社長と小布施堂本店にて面談。本の執筆編集について打ち合わせ。ひきつづいて、同社にて開かれた交流会に、ありがたくも参加の機会をいただきました。約30名の経営者と歓談。美酒をちょうだいし、10時ころ、歩いて帰宅しました。

【きょうの写真】市村次夫さん、塚越寛さんと、高井鴻山の山水画の前で

【透玄きょうの好句(Suku)】飯田龍太師
「春すでに 高嶺未婚の つばくらめ」
           (高嶺:たかね)

【透玄きょうの一句】
「初燕 南なまりに 歌ひけり」


2003 年 4 月 13 日 ( 日 )   写真家の斎藤忠徳さんと話しました
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午前9時から11時まで、おぶせガイドセンターにて、写真家の斎藤忠徳さんにお会いしました。斎藤さんには10日ほど前に、同じ場所で偶然、出会いました。建築家の宮本忠長先生(長野市)の人と作品を建築雑誌に特集するための取材をされています。小布施のいままでといまと、これからについて、数名の住民に取材したいというご希望でした。
斎藤さんは、スイスや東欧諸国に滞在して、人々やまちの表情を撮りつづけています。最近は、月刊誌の『文藝春秋』や『潮』などに、写真と文を発表されています。政府広報誌の『キャビネット』には昨年11月の号で、「和船をつくる〜国境を越えた技術の伝承」のタイトルで、アメリカ人の船大工にして古船の造船技術研究者、ダグラス・ブルックスさんが東京の船大工のもとで修行している姿を紹介しています。
斎藤さんのこだわりは、モノクロ写真。
情報量の視点から、カラーのほうがモノクロより上、と一般に見られていますが、斎藤さんは、撮影者の意図や想いを深く伝えるにはモノクロが上、むしろ、モノクロ>カラーというとらえ方をされています。
ヤラセをきらい、人々の自然な表情を納めることに専心する斎藤さんに、編集者としても教えられるものがありました。
斎藤さんから「小布施の課題は?」の問いに、「リーダーの育成+住民の自主的な参加。そのために外の人を迎え、交歓すること」と語ったとき、「あーやっぱり、小布施は人でここまでやってきて、人でこれからもやっていくんだ」と、自身に確かめました。資源のない日本と同じですね。人。これしかないんですよ、小布施も日本も。

午後は妻と、ご近所の農家井出英雄さん宅のりんご畑から、伐採された幹や枝をわが家の畑へ運搬。軽トラ3台分を運んで、夕食前に、だんな風呂。夕食では久しぶりに缶ビール(気づいたらアサヒの発泡酒)を1本。こたつで2時間、ぐっすり。極楽じゃー。

夜9時半ころから、県議選の開票速報。人・選挙・政治の違いと容易ならざる状況を実感。「なんであのひとがー」。
10時より午前3時まで、ISIS編集学校「守」の指南。早寝早起きにしたいなー。

【今日の写真】アラ小布施の関悦子さん(お世話になってます)、斎藤忠徳さんと

【透玄きょうの好句(Suku)】高橋睦郎師
「見あげゐる われももののけ 夕櫻」

【透玄きょうの一句】
「変人は 変へる人なり 梅の花」


2003 年 4 月 14 日 ( 月 )   福祉のくりのみ園をよろしく!
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終日、仕事場にて編集とISIS編集学校の指南に従事。
夕方、社会福祉法人くりのみ福祉会の理事会に出席。小布施の北部、延徳田んぼに近い農地にある知的障害者のための通所の授産施設。小布施町出身の島津隆雄さんが、「田園福祉」をテーマに、農業を軸にした福祉施設として運営しています。障害をもつ20名と、15名ほどの職員が毎日、農耕や鶏の飼育(玉子)をつづけています。
わたくしは、理事長の葦澤義文さん(玄照寺住職)のお声かけで、理事をさせていただいております。発足からまだ数年の若い施設で、運営上の課題も山積していますが、
「この施設に通っていて本当によかった」と障害者やその家族、職員がみんなで生き生きと過ごせる園になるように、微力をつくしていきたいと考えています。非常勤・無報酬にして素人…甘えずに、無責任なかかわりだけはしないようにと思います。
この園は、有精卵や、玉子からとった「卵油」、有機栽培の野菜などが商品です。収益は園の運営や通所者のお給料になります。
9時半に帰宅してから午前1時まで机に向かいました。

【きょうの写真】小布施駅の紅梅が満開です(カラーはBBSへどうぞ)

【透玄きょうの好句(Suku)】佐川広治師
「春泥を 来て早風呂を 焚きにけり」

【透玄きょうの一句】
「ふるさとの 深みの光 春の泥」


2003 年 4 月 15 日 ( 火 )   鳳凰神輿をかつぎませんか!?
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仕事場にて編集の仕事とISIS編集学校の指南。
午後3時より1時間、仕事の打ち合わせ(メイプルにて中島敏子さんと)。

【きょうの写真】5月5日こどもの日に、小布施駅前から練り歩く、「鳳凰神輿」が、駅前に設置されました。皇太神社という町中心部の神社の御神木であったケヤキの大木の根元を輪切りにしたものが、この神輿の本体。おぶせ大好き酔狂人の汗をいとわない労作です。いちど、担ぎ手になってみませんか?肩に食いこむつらい時間ですが、爽快ですよ、みんなで力をあわせるのは。子どもたちの健やかな成長を願うことが、このみこしの眼目です。

【透玄きょうの好句(Suku)】鈴木真砂女師
「春の雷 湯殿に帯を 解きをれば」

【透玄きょうの一句】
「春雷や 洗米 さくと 鳴りにけり」


2003 年 4 月 16 日 ( 水 )   文屋文庫第2巻、完成です。
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朝9時半、先日の県議選でとなりの山ノ内町から立候補して惜敗した関千尋さんと責任者の杉山進さんが、小布施町長の唐沢彦三町長を訪れ、選挙応援の御礼。その場に許されて同席。相手に1500票の差をつけられたとはいえ、6000票の得票。政治家としての関さんへの住民の期待にこたえて、こんごも政治家として活躍していく方向で、話が進みました。
県町村会長として、町内外、県内外、さらには「花のまちづくり」で世界の花の町とつながって小布施や長野県を引っぱる唐沢町長の手腕に、あらためて敬服。課題は多様にあるでしょうが、批判よりも行動。住民には権限の以前に責務があるということを、実感している昨今です。
そのあと、小布施堂本店にてお抹茶セットでひと休みし、同社副社長で関さんの知人の市村良三さんを三人で訪ねて歓談。

午後、編集と指南のあと、須坂迎賓館の喫茶室でアリコジャパンの村田正道さんと懇談。つづいて、須坂市内で開かれた県立須坂東高校の新任職員11名の歓迎会に参加しました。わたくしは今年度のPTA副会長としての出席でした。
長男真風はいま2年生。担任の河島謙造先生と1時間以上、話しこみました。河島先生は、いつも具体的な目標を定めて前進をつづけるパワフルな先生。「めがね通信」を毎日、生徒と家族向けに印刷して配ってくれています。義務教育の先生で、英語がご専門。高校で3年間教えることができる制度に応募して、昨年から須坂東高へ。
イタリアや韓国へ旅行する時には、事前に奥さんと現地の言葉を習い、旅先では努めて、現地の言葉を使うようにするそうです。流暢に英語を話すのではけっして得られない、現地の人々との温かくて腹を割った交流がもてる。それが、たどたどしくとも、現地の言葉を話すことのメリットであり楽しさなのだと教えてくださいました。
きょうは真風のサッカー部顧問の佐久間先生とも話せました。いい仲間、いい先生に囲まれて、無遅刻無欠席無早退の真風。上等な高校生活、だと思います。

【きょうの写真】「文屋文庫」第2弾が完成しました!玉村豊男さんの講演録です。くわしくはあすにでも書きますが、みなさん、ぜひお求めください。農業、商品ブランド力、まちづくり、すてきな田園生活など、啓示に富む内容です。玉村さんへのインタビューや、わたくしの文章も、今回は掲載されています。お申し込みはメールでどうぞ(定価500円・税込/送料は2冊まで230円、3冊以上無料です)。
こんご発刊になる「文屋文庫」を継続的にお求めいただける方を、目標1000名様で募集しようと考えています。田園の豊かな暮らしをテーマにした、文屋の、わたくしのライフワークです。年に3〜4冊程度の発刊で、1冊500円+送料です。前払いではなく、到着後のお支払いが条件です。発刊から一週間以内にお届けすること以外のメリットはいまのところ用意してありません。
趣旨をご理解いただき、この文庫をきびしくあたたかくお育ていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

【透玄きょうの好句(Suku)】高田風人子師
「いぬふぐりは どこにでもさく さびしいから」

【透玄きょうの一句】
「まっさきに まっさかりなり いぬふぐり」


2003 年 4 月 28 日 ( 月 )   お榊(さかき)の花が咲きました!
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毎日朝、神棚におまいりをするときに、ご洗米とお榊一対の水、コップの水を新しくします。今朝気がついたのですが、お榊が小さな白い花を咲かせていました。驚きです。
図鑑を調べると、サカキは6、7月ごろ小さな花を咲かせると記されています。まだ4月の開花はめずらしいのでないかと思います。それにもまして、このお榊は、昨年11月ころにわが家にやってきて以来、じつに半年間も緑のままで、いまでも新しい芽を出しています。くわえてこの開花。
生命力の強さを実感すると同時に、なにかいいことがありそうな気分にもなりました♪

きょうは、午後2時まで仕事場。それから長野市へ。御開帳でにぎわう門前で花飾りのお祭り「インフィオラータ」の準備が盛んに行われていました(BBSにカラー写真)。
午後5時より、ホテル国際21にて、アリコジャパンの村田正道さんと面談。そのあと、長野国際親善クラブの常務理事会に参加して、帰宅しました。

【きょうの写真】お榊の花です。中央に小さく見えますでしょ。

【透玄きょうの一句】「菜の花や 月なき夜を 月色に」


2003 年 4 月 29 日 ( 火 )   「文屋文庫」第2巻が完成です
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みなさん、こんにちは。よく晴れた温かな一日でした。
また書きこみをお休みしてしまった、あるじの木下です。
この間に、仕事としては「かんてんぱぱ」塚越寛社長の本の執筆に専念。村人としては、春の村祭りにつづいて、町会議員選挙で地元飯田区の先輩・湯本正明さんの応援(490票、19人中3位当選)。家庭人としては生えはじめた庭の草取りをしていました。
また、松岡正剛校長のISIS編集学校7期「守」の師範代としての指南を、ちょっとお休みしながらも、つづけました。

そして!
「文屋文庫」第2巻が完成です。
玉村豊男さんの小布施講演録『食と農のブランド力とまちづくり』。
定価500円、3,000部を制作しました。
表紙は明るい緑色。1巻目の黄色のとなりに置くと、きれいです。
まもなく、このサイトを担当してくれている林映寿さんに、第2巻のこともサイトに掲載していただきます。ご用命は、メールやファクスでもうけたまわっておりますので、お気軽にどうぞ。
小布施町内では、駅の六斎舎、アラ小布施ガイドセンター、セブンイレブンなどで販売しています。

【きょうの写真】できあがった「文屋文庫」第2巻

【透玄きょうの一句】「春嵐 去年の松の葉 根の国へ」(去年:こぞ)


2003 年 4 月 30 日 ( 水 )   おぶせミニマラソン、参加を募ります
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きょうは朝から雨模様です。肌寒いので、薪ストーブに火を入れました。夕方には晴れるそうです。
5時に起きて6時ころから庭の草むしり。ここ数日、少し時間をかけたので、仕事場の前に広がる芝生の草は、すっかりきれいになりました。

昨夕は、小布施堂文化事業部へ。同社が小布施町とともに企画している「おぶせミニマラソン」の会議でした。7月20日の海の日に、海のないおぶせに人の波をつくろう、とご存知の台風ムスメ、セーラ・マリ・カミングスさんが発想し、発想からわずか半年のちの海の日に、3000人規模(!)の集まりにしよう、ということです。
警察や交通安全協会、町行政などの、かためのオツムのおじ様たちとの話し合いをつづけ、いまだに残る「無理だよ」「もっと時間をかけてじっくりと」「根回しをしないと…」といっや旧習をことごとく打ち破って、実現させようとしています。
わたくしは、地元のモノカキとしてのボランティア参加。「土手をゆき、野道を走り、路地を駆ける」というコピーもどきを提案しました。
4キロ四方の信州位置小さなまちの外周や村の中を、縫うようにして走るローカル・ランですが、「やる以上はカンペキに、洗練されたものを、国際色も豊かに。よろしくね、キノシタサン」と、背中をポンッ!お世話になっている市村次夫社長や市村良三副社長、そして唐沢彦三町長も推進のご意向とのことですから、がんばってみようかと思います。
当日は、小布施国際音楽祭も開かれており、なんだか熱い一日になりそうです。
参加料金は3,000円(学生1,500円)。申し込みは電話026-247-4720、ファクス026-247-4795、ホームページはhttp://www.obusemarathon.jpです。
ボランティアも募集しています。みんなで楽しみましょう♪

【きょうの写真】昨夕のマラソン会議。手前はコースマップ、向こう側に台風ムスメ。
わが家の海棠(カイドウ)が満開です→BBSにカラー写真。

【透玄きょうの一句】「春暁や みんなの時計 寺の鐘」

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