Monochrome-Monologue

2003 年 5 月 1 日 ( 木 )   六斎舎で芋川さんのパーティー
1505011.jpg

うららかな春の一日でした。ですが陽気はけっこう冷えこんでいて、朝方はりんごの葉や花を霜から守るための「防霜ファン」という畑の扇風機が回って、風を切っていました。一日中、薪ストーブには火の神様が、御座っておいででした。
朝から編集学校の指南と塚越社長の本の執筆、それと新刊の文屋文庫第2巻『食と農のブランド力とまちづくり』の販売準備のため、仕事場におりました。
薪づくりのために畑に行く予定でしたが、明日に延期しました。

夕方、小布施駅舎の六斎舎へ。ここで小さなオフィスを借りて営業を始めたり模索している人たちと仲間が集まって、オープニングパーティーを開き、招かれて参加しました。主催はKEIトラベルの芋川恵子さん。
多くの人との出会いのたびに自分自身を見つけて改善をしつづける、すなおな彼女に感服のひと時でした。娘さんも、とってもすてきな女性です♪
きょうの趣向は、芋川さんと須坂高校時代から仲間の滝沢健一さんのピアノとベースのジャズコンビ。2時間、引きつづけてくださいました。ライブ演奏を20名ほどで独占する、ぜいたくな時間でした。
終わりのころになって、アラ小布施社長の市村良三さんが合流。生ビールとワインで乾杯しました。
「六斎舎」。あかるくてセンスのいい空間です。パーティー会場にぴったりで、15日には長野市のみなさんがわざわざこちらで、お食事会を開かれます。いい場所がまたひとつ、小布施に加わりました。

【きょうの写真】六斎舎の空間です。

【透玄きょうの一句】「すみれ野や 光は速さ ゆるめをり」


2003 年 5 月 2 日 ( 金 )   玉村豊男さんの本、元気でっす!
1505021.jpg

あたたかな一日でした。昼過ぎの庭の温度は28℃。夏ですね、ほとんど。
午前中は、文屋文庫第2巻『食と農のブランド力とまちづくり』の営業活動。
この本は、エッセイストで農家ワイン醸造家にして画家であり旅人でもある玉村豊男さんが、昨年12月に八十二銀行小布施支店の開業二十周年に招かれて講演をした内容をまとめたものです。講演録にわたくしのインタビューと一文が添えられています。
午前9時に、同支店の飯島伸明支店長を訪ねました。すでに同支店の後援会「小布施経済研究会」(大久保幹夫会長)の会員向けにこの本を買いあげていただき、支店長みずから、個別に訪問して届けてくださっています。また全県の本支店にあっせんをしてくださるとのこと。

夜、玉村豊男さんのサイトを訪ねました。そして発見しました。
この本が「著書販売リスト」のトップに紹介されているのです!天にも昇るほど、うれしく、感激しています。ありがとうございます、玉村さん、秘書の清水清子さん。
http://www.villadest.co.jp/shopping.html

現在、「文屋文庫」購読会員を募っています。
1)発刊してまっさきにお届けします。
2)文屋から葉書のお便りをお届けします。
いまのところ、このくらいの特典しかありませんが、1500名を目標に、努力します。
会費はなく、発刊のたびに定価+送料をお払いいただくのみです。
みなさん、よろしくお願いいたします。

午後、おんだ整骨院さんへ。鍼と電流マッサージのあと、恩田先生に思いっきりマッサージをしていただきました。肩こりがすごい。やはり先週の町議選の根詰めの日々がつかれとして残っているんですね。

【きょうの写真】一週間前に撮った岩松院(北斎天井画があります)の満開の桜

【透玄きょうの一句】「紫の房 冷えびえと リラの径」


2003 年 5 月 3 日 ( 土 )   奥志賀高原へ、そして薪割りの人に
1505033.jpg

朝8時半に家を出て、奥志賀高原のホテルグランフェニックスへ。支配人の土屋佳司さんを訪ね、グリーンシーズンのパンフレット制作の打ち合わせ。土屋さんは東京のフェニックス本社で開発を担当されていましたが、10年ほど前に始まったこのホテルのプロジェクトに参加し、開業時から支配人を任されている人です。
きびしさ、あったかさ、外から見る視線、行動と推進の力、とりまとめる力、お客様とスタッフを思う心、品性、自然を奥志賀高原の地にひたりきる心、挑む心。このホテルに来るたびに、土屋さんの存在の大きさ、重さを実感させられます。
スキー客減少の環境のなか、きびしさのなかにも、このホテルの業績は堅調です。

このあと、富士通志賀山荘の管理人をしている関眞澄さん・千尋さん夫妻を訪問。千尋さんは先の県議選に出馬して惜敗。お二人ともこんごのことを、あれこれと考えています。不安の先にある光を、仲間としてともに求めていきたいと思います。

つづいて、丸池ホテルを訪れ、社長の児玉英二さんと久々の茶談。「文屋文庫」を謹呈。「今度来るときは、本を持ってこいや。志賀高原の本(『ベーシックノート志賀高原』)は完売したから、また納品して」と、うれしいお言葉。つづけて「オメの写真も持ってこいや。『この人が作った本です』って本の横に飾っておくから。りんごも作った人の写真をおいておくと、売れるんだ。それとおんなじだ」。はい、英二さん、お言葉に甘えさせていただきます♪

帰宅して午後4時すぎから、母と畑へ行って、ストーブ用の薪づくり。
冬のあいだにりんごの木を伐採した井出英雄さんの畑で2時間、チェーンソーで、ストーブの寸法に輪切りにしました。太い幹は明日、家族総出で薪割りをします。油圧式の薪割り機を使います。この写真は明日のこの欄に。
雲雀(ひばり)が一羽、上空でさえずりながら、わたくしたちを見おろしていました。

わが家の畑のりんごも満開です。バレリーナツリーという名のりんごも満開です。→BBSにカラー写真。

【きょうの写真】チェーンソーで太い幹に挑みました。快調に、よく切れました。たまにはこういう仕事もするんです♪爽快!

【透玄きょうの一句】「初雲雀 ひとり舞台の 大空に」


2003 年 5 月 4 日 ( 日 )   薪割りの一日でした
1505043.jpg

1505042.jpg

1505044.jpg

朝8時15分、農家で機械屋さんの山崎さんがトラクターでわが家へ。トラクターは、山崎さん手作りの薪割り機が牽引されています。わたくしは軽トラで山崎さんを先導して、千曲川に近い井出英雄さんのりんご園へ。ここが本日の舞台です。
まもなく、母、妻、次男の荒野、長女の星河、わたくしの5名、つまり長男真風(サッカーの合宿中)をのぞく全員がそろい、薪割りが始まりました。
この薪割り機は、1800CCのシバウラ製トラクターの動力を油圧に転換して、その力で薪割り機の先端につけた三角形のハガネを平行移動させ、丸太を割るしくみです。レバーを動かすだけで、人はほとんど力をかけずに、らくらくと操作できます。
この畑は、樹齢30年以上、直径60センチものりんごの古木が生えていましたが、井出さんが苗を植えて世代交代する段階になり、この冬に伐採しました。
ほとんどの丸太は、ひとりで持てるほどの大きさですが、なかには二人、三人がかりでようやく持ちあげられる代物も。腰に気をつけながらの一日でした(昨年はこれで、軽いギックリになりましたので)。
割った薪は山積みにしておいて、すべてを割ったあとに、軽トラに積んで、わが家のものおきの、道に面した置き場に運びます。きょうは、軽トラ4台半。冬のあいだに燃やしつくして空っぽになっていた置き場に、また薪の壁が出現しました。備蓄はOK。これでこの冬も安心です(仕事もお金も、こうありたい♪)。

夜7時半、みんなで、近くのおぶせ温泉穴観音の湯へ。ゆったりと温泉につかり、マッサージ器を2度。それから「かっぱ寿司」へ行って、乾杯しました。
近ごろは、自宅に薪ストーブを置く人が増えているようです。子どもたちといっしょに畑で薪を作る作業は、なにものにも代えられない時間です。わたくしが親からもらった教育で、もっともすぐれたものは、やはりこの畑仕事でした。

【きょうの写真】ストーブに入る長さ(50センチくらい)にチェーンソーで切った丸太を、こんどは薪割り機で割ります。太さに応じて、2分割、4分割にします。直径60センチを超える大物は、30回、割りました!(星河が数えたものです)
下は、お休みの時間に、なにやらままごとをする荒野(中3)と星河(小4)。精神年齢はあまり変わらないような…。ま、いいでしょう。

【透玄きょうの一句】「たんぽぽや 絮の飛力は 風まかせ」           (絮:わた)


2003 年 5 月 5 日 ( 月 )   御神輿担ぎと編集学校と
1505051.jpg

1505052.jpg

今朝は8時過ぎまで、ゆっくりと寝ていました。
10時から小布施駅前で、子ども神輿を担ぐイベントがあるのですが、どうしてもきのうの疲れが…でも、主催者の「さーけんせってみね会」代表のおかっちゃん(原勝巳さん)の顔がおもいうかんで、11時になって駅前へ。「キノチャン(わたくしのこと)、オメも(お前も)ヘッテクレヤー(入って担いでくれよ)」と、おかっちゃんは汗びっしょりの赤ら顔で声をかけてくれました。「よっしゃ!」とばかりに、担ぎ手の仲間入り。
この神輿は、重さ3トン。300人はほしいところ、きょうは150人ほどの集まりでした。「子ども神輿」の名のとおり、こどもの日に子どもたちの成長を願って担ぎます。
肩にずっしりとのしかかる太い柱。「セイヤ!」のかけ声。熱い陽射し。きのうの薪割りで焼けた顔が、また真っ赤になりました。

午後は、編集学校の指南や準備のため、仕事場におりました。
夕方からは、小布施堂のオブセッションです。本日のゲストは、伝統芸能の狂言師・野村万之丞さん。楽しみです。

【きょうの写真】樹齢500年の皇太神社の御神木。その根元を輪切りにした切り株が、この神輿の本体。八方へと炎状に伸びるかたちは、北斎の鳳凰図を思わせます。右から唐沢彦三町長、おかっちゃんこと原勝巳さん、さーけんせってみね会メンバーで町職員でもある(逆か?)池田清人さん。いずれおとらぬ、お祭り男です。
下は、終了後に六斎舎で談笑するメンバー。東京から鈴木清隆さん(江戸川大学の先生)と山本俊一さん(経済産業省地域経済グループの課長さん)も仲間に入っていらしたです。

【透玄きょうの一句】「外来者の 烙印いまも ヒメジオン」
(外来者:よそもの、烙印:らくいん)


2003 年 5 月 6 日 ( 火 )   花咲くテーブル、産業をテーマに
1505061.jpg

朝9時半、町役場企画財政課を訪ね、永井さん、高野さんと打ち合わせ。テーマは次回の「花咲くテーブルトーキング」の内容。町の産業と経済を語りあい、学びあい、個々の仕事に生かしたり、町全体の制作に反映させたり、また新しい起業に役立てることが、これからの課題です。5月20日もしくは21日夜6時半より、役場で開催します。どなたでも参加ができます。参加資格は、前向きな議論を楽しめる人、といったところでしょうか♪未熟ながらわたくし、みなさんに支えられて、座長をおおせつかっております。

午後3時40分、県立須坂東高校へ。2年生の長男真風の担任・河島謙造先生と、進路指導の久保田秀一郎先生に1時間半ほど、ご指導をいただきました。一人の生徒のために長時間の貴重なご指導、心より感謝いたします。

【きょうの写真】早朝からわが家の北側の畑を耕す池田さんご夫妻、井出さん、そして畑に自転車で向かう山浦のおばさん。手前左の緑は、わが家の北庭のシンボル「ハクウンボク」。まもなく、白い花を咲かせます。いまはとなりのマロニエが、濃いピンクの花を咲かせています。

【透玄きょうの一句】「揚雲雀 ストーブの薪 割る家族」
(揚雲雀:あげひばり)


2003 年 5 月 7 日 ( 水 )   ワンモア信州の事務局会議を開きました
1505071.jpg

朝、仕事場にて執筆と編集。11時、桜井甘精堂泉石亭にて、「ワンモア信州」の事務局会議。ワンモア信州は、信州の15の旅館が集まって共通パンフレットを制作したり、研修や交流をする仲間。わたくしの文屋は、その事務局をうけたまわっております。上高地温泉ホテルの青柳和夫社長(クラブ会長)と五色の湯旅館の水野薫さん、ケイトラベルの芋川恵子さん、デザインの中村仁さん、編集の中島敏子さんと6名で、こんごの展開について語りあい、昼食を楽しみました。
共通パンフレットの第2号を今秋を目指して制作すること、7月7・8日に浜名湖の館山寺温泉への研修旅行を実施すること、新会員を募ることなどを決めました。
お客様を囲いこまずに、旅館同士の垣根をとり去り、お客様本位の情報発信や旅館運営を、お互いに刺激しあいながら進めるのが、このクラブのねらいです。みなさんのご意見やご助言をいただきたいと思います。

午後2時、中村仁さんと浄光寺を訪ね、副住職でホームページの会社を営む、「マイクロスコープ」の林映寿さんに話を伺いました。
林さんはわたくしのサイトについて「本を制作する舞台裏を、本音で気軽に語るコーナーをつくりましょう」「写真帖やBBSでは、一方通行の語りではなく、読む人に問いかけて反応をいただけるような書き方を試みてみましょう」「毎日休まずに書くのは、このサイトの魅力向上について、とっても大事」と助言してくれました。
約1時間半の面談のあいだ、ずっと聞いたり話したりしていただいたスタッフの金井健さん、若月宗一さん、橋本千春さんの姿勢に感銘。これからもよろしくお願いいたします。

午後4時、長野市の宮本忠長建築設計事務所にて、信州名匠会の会報『たくみ』の編集と、藤森鉄平石百周年記念誌の編集について打ち合わせ。久しぶりに、建築家の久保隆夫さんとも歓談。

JR豊野駅で、今週土曜・日曜と上京するためのチケットを購入。週末フリー切符(長野から鎌倉あたりまでの往復料金が通常の半額!)、感謝でーす。

【きょうの写真】泉石亭の和庭園と小路でつながっている「やましち山野草店」にて、松本市のご自宅にお土産を求めた青柳会長(左)と園主の笹岡昭一さん(右)、中村仁さん(わたくしのうしろ)。店舗の庭がそのまま展示場兼売店になっている、すてきな山野草専門店です。http://www.yamanohana.com/

【透玄きょうの一句】「たんぽぽや 爆弾色の 野原かな」


2003 年 5 月 10 日 ( 土 )   ISIS編集学校師範代の伝習座
YK1505113.jpg

きょうは、午後から東京で、ISIS編集学校の7期「守」師範代の研修会「伝習座」。
朝5時に家を出て車でJR長野駅へ。6時10分発の新幹線で上京。7時40分、東京駅着。こんなに早くいく理由は二つ。
1)週末フリー切符(長野・東京・鎌倉の往復が9,900円、通常のほぼ半額!)は始発から3本しか適用されません。
2)東京駅のステーションギャラリーで開かれている「安藤忠雄建築展2003」を見学するため、でした。
10時の開館前に時間があるので、先ごろ完成した丸ビルと丸の内のファッション街(どこも開店前)を見学。まだ時間があるので、東京駅舎のステーションホテル2F喫茶室にて、資料読みと読書。
安藤忠雄展のテーマは「再生−環境と建築」。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/200304/index.html
パリ・セーヌ川のピノー現代美術館、NYグラウンド・ゼロ・プロジェクト、青山の同潤会アパート建替え計画などのプロジェクトが、安藤さんのラフスケッチや解説文、屋根部分の実物や模型、ビデオなどを使って紹介されています。
「土地に刻まれた場所の記憶」の掘り起こしと、環境の「再生」。小布施に暮らすものとして、あらためて景観や住宅、公共建築物のあり方を再考してみようと思います。
図録にある蜷川幸男さんとの対談が刺激的なので、買い求めました。

午後は伝習座。19名のうち12名の師範代が全国から集まり、松岡校長をはじめ教務や師範のみなさんの指導を受けました。みっちり6時間。
「緩急、大小、強弱などの律動を工夫すること」、「方法で課題を克服できる」、「技法をもつほど、指南は豊穣になる」、「大工棟梁の指図書は、いまの設計図とは違い、細部は詰めていない。現場合わせをする。見当をつけ、現場で工夫する余地を残し、細部は多様に遊ぶ」、「示す明示と導く暗示を駆使せよ」などの指導でした。
ISIS編集学校に師範代として参加していることの、成長の好機を実感しました。
終了後は、編集工学研究所へ。スタッフのみなさん手作りのおにぎりなど、気配りのゆきとどいた歓待に感激。11時、ホテルに戻りました。

【きょうの写真】安藤展の案内板と丸ビル。丸ビルは四角かった(ずーーっと、まいるいビル、だと思いこんでいました。丸の内のビルだから丸ビルなんだったのね)。

【透玄きょうの一句】「丸ビルの ふもとの土の みみずかな」
「丸ビルや まあるい丸い 春の雨」
「づんづくと ビルのそびえる リラの空」  


2003 年 5 月 11 日 ( 日 )   由比が浜に遊びました
YK1505112.jpg

YK1505111.jpg

朝、赤坂の宿を出て、7時50分に東京駅にて妻と次男と長女と合流。
JRにて鎌倉駅へ。2年前からご指導をいただいている先生に、午前中と午後は5時まで、面談をいただき、お教えをいただきました。
昼は、歩いて10分ほどの由比が浜へ。
http://www.humi.keio.ac.jp/treasures/jp_prints/tokaido/html/1/15.html
太平洋を見るのは久しぶりでした。右手はひとやま越せば江ノ島です。ウィンドサーフィンを楽しむ人が多く、サーファーはごくわずかでした。家族連れがたくさん、浜辺でまどろんでいました。
長女の星河(小4)は、靴と靴下を脱ぎ、ジーパンをひざ上まで上げて、水のなかへ。海のない信州の子です。海はやっぱり非日常なのですね。

東京駅地下で食事をして、夜10時前に帰宅しました。

【きょうの写真】由比が浜に遊ぶ星河と、家族

【透玄きょうの一句】「春風や 後ろ髪引く 盧山人」
(鎌倉の商店街の骨董屋さんにて。県信濃美術館にて6月1日まで、北大路盧山人展が開かれていますね。同館026-232-0052)。


2003 年 5 月 12 日 ( 月 )   牧夫先生の祥月命日
YK1505121.jpg

午前10時、長野信金の真篠明夫さんと初対面して打ち合わせのあと、小布施の俳人・稲田美恵子さんをご自宅に訪ねました。きょうは、稲田さんの先生で、わたくしを俳句の世界に手招きしてくださった地元の俳人・故喜多牧夫さんの祥月命日です。来年は十三回忌。そろそろ、牧夫さんの業績と俳句をふりかえり、後世に伝えることのできる印刷物を残そうかと、話しあっております。

午後1時半、須坂新聞記者の大硲真一さんが来宅。文屋文庫第二巻の取材をしていただきました。来週末の新聞に紹介してくださるとのこと。いつもながらの応援に感謝します。

夜7時、六斎舎にて小布施国際交流クラブの打ちあわせ会。毎年夏の国際ボランティアキャンプの受けいれや、地元の国立長野高専に学ぶ留学生を6月のある週末に一泊二日の予定で受けいれることなどを話しあいました。それが終えてから、旅の専門家・芋川恵子さん、アラ小布施社長の市村良三さんと歓談。
春の闇のなかを、母親のママチャリで帰宅しました。いい運動であった♪

きのう、ISIS編集学校でともに学んでいる三原美香さんと久田浩司さんが、文屋文庫の「購読会員」に登録してくださり、夕方、第一便を発送しました。感謝。

よく晴れた、あったかい、一日。仕事場の足元を昨秋から温めてくれていたホットカーペットを掃除して天日干しし、「ありがとさん」をして押入れにしまいました。

【きょうの写真】とつぜんですが、文屋文庫第二巻の主役・玉村豊男さんのワイナリーの建設現場です。玉村さんのヴィラデストは、いつもお世話いなっている宮本忠長事務所の設計監理でして、このワイナリーも同様です。
玉村さんは建設に先立って、次のように記されています。
「4月26日午前10時、昨年12月に申請した果実酒製造免許の内免許が、正式に付与されました。これでワイナリーの建築と設備の発注が可能になり、いよいよ工事をスタートすることができます。上田税務署の前で、分厚い書類と格闘した日々を思い出しながら、記念写真を1枚。」
夢をのせたワイナリー、来春の完成が心待ちです。
くわしくは、玉村さんのサイトをどうぞ。なおこのサイトには、わたくしサイトと相互リンクががられ、文屋文庫第二巻は玉村さんの「著作紹介」のコーナーに掲載していただいております♪http://www.villadest.co.jp/

【透玄きょうの一句】「ほちょほちょと 子みみずかまふ 子猫かな」


2003 年 5 月 16 日 ( 金 )   杯は進むのであった♪
1505161.jpg

朝8時に家を出て、車で諏訪市の藤森鉄平石鰍ヨ。藤森慶一社長にインタビュー。藤森さんはわたくしと同い年。この会社の四代目です。「諏訪の山で採れる鉄平石というひとつの素材を切って、運んで、貼る・積む仕事。素材は100年間、まったく同じ。製品のかたちもほとんど変化しない。採石の場所を移動させることもできない。そんな会社が100年続くというのは、驚異的なこと。酒屋さんやお菓子屋さん、旅館や料亭。200年以上続く会社は多いけれど、水や素材や味やデザイン、もてなしなどを、時代やお客様に応じて工夫することができる。でも鉄平石はそれができない。その鉄平石をだいじに採りつづけ、用途を拓いて、これからも続けていきたい。そのためには、宮本忠長先生のような建築家に支えていただくこと、そして一般のお客様に鉄平石の存在と魅力をお伝えしていくこと」と語られました。

午後2時に帰宅して、金曜午後の愛すべき時間「おんだ整骨院」におけるリラックスタイム♪

夕方、桂亭にて、青野哲士さんとふたりで、語りあいました。青野さんはわたくしより9歳年上。一月に一杯やってから久々の歓談でした。「いま、いい時間をもてているなー」と実感しあえる、稀有の存在。うれしい時間でした。あるじの福居さんご夫妻の、20代前半のころのお写真を拝見して、さらにお酒が進みました♪酒量は控えめに、と言いきかせつつも、杯は進むのであった。青野さん、また二人で、お願いします(奥様の快復、ほんとうにうれしいです)。しあわせ感を胸に、夜道を歩いて帰宅。おやすみなさい。

【きょうの写真】鉄平石をコバ積みしたご自宅前の塀と藤森慶一さん。鉄平石をアレンジした奥様手作りのガーデンが奥に。鉄平石をガーデニングに使うことを提案するコーナーを、9月の小布施の花イベントに展示できたら、と話しあっております。

【透玄きょうの一句】「打ち水を すする猫に なりたい」


2003 年 5 月 17 日 ( 土 )   分厚い文化の人、会社、まちに、なりたいな
1505171.jpg

午前中は編集の仕事。早お昼をとって昼前に車で諏訪市の温泉旅館「ぬのはん」へ。藤森鉄平石会長・藤森吉三さんの実弟で、三鷹市に暮らす藤森三男さんにインタビュー。
三男さんは、数年前に慶応大学商学部教授を退官して、現在は名誉教授。立正大学の教授として、活躍されています。
三男さんは祖父にあたる創業者・権之助翁について、「清楚でおしゃれでチャーミングな人」、「職人にもお客様にも、徹底したサービスを心がけた人」と評価。
創業したときの目的は二つあり、「経済的に安楽な暮らし。家族をひきいる者として」、そして「冒険心。だれも飛びこまなかった荒野を切りひらいた。冒険心は美意識にも通じます」と語りました。

三男さんに、すてきな話を聴きました。
むかし、信州で「あの家はいい家」と言われる条件。「米蔵があること、お蔵があること、そして文庫蔵があること。文庫蔵がなければただの成り金。尊敬はされなかった」。ではいいまちの条件は?「目安は、能舞台がいくつあるか。ようするに、家もまちも、どれほど分厚い文化があるか、なんです」…なるほど。
つづけて三男さんはフランスの「いいまち」の三条件として、「四ツ星レストランの数、地元のおいしいワインの存在、そして博物館・美術館の充実ぶり」なのだそうです。小布施はどうなのかな?分厚くは…ないね、まだまだ。
母校慶応三田校舎の「ノグチ・ルーム」(かのイサム・ノグチの作品があり、ノグチが「萬來舎」と名づけた)は、備前焼の特注の煉瓦と、諏訪の藤森鉄平石の鉄平石だけで造られたもの。三男さんは退官を記念して、ノグチ・ルーム前のテラスに貼ってあって損傷が激しかった鉄平石を全面的に貼りかえる工事の費用を寄付。現在、その場所は、同社の採石場がある山の名前をとって、「福沢山テラス」と命名されているそうです。
http://www.keio.ac.jp/news/030308.html

三鷹市のご自宅には、畳40枚ほどの地下室があり、三男さんは年数回、友人・知人を招いてコンサートやお話の会を催し、奥様の手料理やお酒を楽しまれています。「美日常」を想いうかべながら、お話を伺っていました。ありがとうございました。

夕方、小布施堂文化事業部にて、市村社長、セーラさん、花井さん、池田さんと、7.20おぶせミニマラソンの打ち合わせ。

【きょうの写真】人、会社、まち。分厚い文化について語る藤森三男さん。

【透玄きょうの一句】「大地踏み 夏の扉の まえに立つ」


2003 年 5 月 18 日 ( 日 )   品格のある国家の国民
1505183.jpg

1505182.jpg

1505181.jpg

午前中は執筆とISIS編集学校の指南。お昼前に家を出て、車で長野市のホテル国際21へ。社団法人長野国際親善クラブ(NIFC)の通常総会に出席。
総会につづいて、外務省のNGO担当の特命全権大使・五月女(さおとめ)光弘さんの講演「世界の中のちょっといい話」を聴きました。外交官として長い滞米体験をもち、少し前までアフリカのザンビアとマラウイの大使を務められた五月女さん。現在のポストは、草の根レベルの途上国援助で、日本の国際貢献の一翼をになうNGOと政府の連携を強化することが目的。政府とNGOの架け橋です。
不況といわれる(本当は違う)日本にあって最近、「他国に支援するゆとりがあったら自国民を支えて」という声が聞こえてくる、と前置きして五月女さんは、次のように語りました。
なぜ日本は世界の国々を助けなければいけないのか?三つの理由。
1 恩返し 戦後、日本は国際社会から最も恩恵を受けた国のひとつ。こんどは助けなければいけない。国際社会への恩返しを。どんな国にも栄枯盛衰はある。助けていただいたのだから、助けさせていただく。傲慢にならずに。
2 国のため 安全保障。日本は輸入の国。60%の食べ物、95%のエネルギー。輸出元の半分以上は途上国。その関係の良好さ、そしてその国々の政治的・経済的な安定は日本の安保につながる。もっとも国際社会に依存している国。第一次資源ほとんどない。加工品を買っていただけるからこそ生きられる日本。「情は人のためならず」。自分のため。
3 理屈なし フランス語のノーブレス・オブリッジ(noblesse oblige)。高貴な人、豊かな人、幸せな人の義務。理屈ではない。川でおぼれている子どもを助けるのに、理由は要らない。道にうずくまるお年寄りを助けるときに、理由は要らない。惻隠の情。191か国のなかで第2番目に豊かな国・日本。日本は160か国を支援している。ODAは世界一の座を米国にぬかれて現在は2位。しかしNGO・NPO支援の予算は増えている。品格のある国家の国民として、21世紀を歩んでいきましょう。

講演会のあとの懇親会では、小布施からセーラ・マリ・カミングスさん、デビッド・ヒルトンさんも合流。セーラさんは登壇して、7.20おぶせミニマラソンのPR。さっそく小出会長を実行委員会の役員就任のOKを取りつけ、大勢のボランティアを集めていました。(すごい)
デビッドさんと車で帰宅しました。

【きょうの写真】上から、NIFCの小出博治会長、愛しの柳島澄雄常務理事♪、世界第2位の日本による海外支援について語る五月女大使

【透玄きょうの一句】「たんぽぽの 絮十方へ 風を待つ」(絮:わた、十方:じっぽう)


2003 年 5 月 21 日 ( 水 )   文屋文庫 久田浩司さんのご感想
1505211.jpg

ISIS編集学校でともに学んでいる、東京の久田浩司さんが「文屋文庫」購読会員になってくださいました。本をお送りしたところ、さっそく感想を寄せてくださいました。
久田さんの快諾をいただき、ここにご紹介させていただきます。

(久田さん)
わざわざご連絡ありがとうございます。
我慢できずに文屋文庫の1巻目だけ読んでしまいました(笑)。
この場でお世辞を言ってもしょうがないので、正直に申します。素晴らしい試みだと思います。

1.分量が適切で「読み切れる」。
2.小布施の人が他所の人に自分たちの街を紹介する時に手軽に使えるし、持ち歩けるのではないかと思いました。値段も手軽。
3.私もそうしようと思っていますが、内容も含め、大切な人への手渡しのギフトに向いている。まさに「Communication Book」ですね。

感想は、
・20巻目くらいまでは、このスタイルで楽にいけそうですね。(出筆、編集、事業のご苦労は別ですが)
・全ては「人」なのだ、人の成長をどう支えるかが、我々世代のコミットすべき課題ですね。(私の場合は、自分の成長が先ですが)
・巻末に次巻の予告などがあると立体感があっていいなと思いました。

すみません。思いつくままに書いてしまいました。
では、おやすみなさい。

久田さん、ありがとうございました。
みなさんも、ご感想をお寄せください。こんごの企画編集に生かしてまいります。

【きょうの写真】わたくしの住む飯田のとなり、大島の道端、畑のあぜに満開のアヤメの花。畑と道のあぜ(クロと呼びます)を美しく花で飾る動きを「クロ作戦」といいます(われらが唐沢彦三町長の命名)。この畑のあるじのお名前はまだ知りませんが、その品性が無言のうちに伝わってきます。BBSにカラー写真を載せました。

【透玄きょうの一句】「風弾く 若芽の如き トスの指」
松岡正剛さんの「千夜千冊」『天才セッター中田久美の頭脳』(二宮清純、2003 新潮社)を読んで。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0776.html


2003 年 5 月 22 日 ( 木 )   一茶さんのオノマトペイア俳句遊び
1505221.jpg

みなさん、こんにちは。
きょうは、信濃の俳人・小林一茶さんのお話です。
一茶さんは、江戸末期に小布施に近い柏原(信濃町)に生まれ、晩年には小布施に300泊以上して俳人たちと交わりました。「栗拾い ねんねんころり いいながら」「都でも 引けはとらぬや 丹波栗」など、小布施の栗を詠んだ作品も数多く残されています。
わたくしが編集工学を学んでいる松岡正剛先生は「千夜千冊」で一茶さんを取りあげ、次のように書いています。
オノマトペイアとは、擬態語(ワクワクなど)、擬声語(ワンワンなど)をさします。

松岡正剛校長「千夜千冊」第七百六十七夜(2003年5月6日)
小林一茶『一茶俳句集』(1990年、岩波文庫、丸山一彦校注)

一茶の「小」と「大」には「一茶のあいだ」がある。句作のうえではこの「あいだ」は律動によって占められた。一茶は言葉のリズムをそうとうに確信し、もともとの五七五という律動をさらに自分の律動で埋め、その律動で外へ出た。(中略)
 この惟然坊がオノマトペイアやリフレインが旨かった。それを一茶がどのように注目したかは知らないが、ぼくが見るかぎりはそうとうに吸収した。
 とはいえしかし、一茶はこれを一茶の律動感にして、自分の好きな「あいだの律動」を擬音にし、擬態にしていった。実は「蝿が手をするのも」「雀の子」も、擬態というふうに見たほうが一茶に近かったのだ。
 以下、そのような一茶の堪能で大胆きわまりない擬音擬態を駆使した律動的俳諧だけを抜粋しておこう。おそらくこれらを読めば、旧来の一茶観はさらにさらに大きく一変するにちがいない。句作順に並べておいた。(一部を掲載)

ざぶりざぶり ざぶり雨ふる枯野かな
艸山(くさやま)の くりくり晴れし春の雨
うそうそと 雨降るなかを春の蝶
ほちゃほちゃと 薮あさがほの咲きにけり
木枯に ぐすぐす豚の寝たりけり
陽炎の づんづと伸びる葎かな
花散りて ゲツクリ長くなる日かな
夕風呂の だぶりだぶりとかすみかな
花の月と ちんぷんかん浮世かな
雁ごやごや おれが噂を致すかな
うまさうな 雪がふうはりふはりかな
麦に菜に てんてん舞の小てふかな
かげらふに くいくい猫のいびきかな
竹の子の ウンプテンプの出所かな
風ひやり ひやりからだの〆(しま)りかな
寝た下を 木枯づうんづうんかな

(以上で抜粋終わり)

このたび、この一茶俳句を使った「オノマトペイア・かみしもはいきんぐ(KMISHIMO HAIKING)」なるお遊びを考案しました。

つぎのようなものです。ネット上の学び舎「ISIS編集学校」でともに学んでいる香川県の三原美香さんが、24日に開くハイパー汁講(交流懇親会)の余興として考えたものです。

KAMISHIMO HAIKING(裃・かみしも はいきんぐ)
「千夜千冊 一茶さん篇」その遊び方 指南書
〜ロール・ルール・ツール〜

1 はじめに
・指南人を選びます。指南人さんは、終始、ハコビを仕切り、リズム感いっぱいに盛りあげます。もちろん、ご自分も、参加して楽しんでいただけます。
・16名が楽しめるように、用意してあります。

2 袋「い」(六角形の箱)
・六角形の箱を開けます。
・参加者一人一個ずつ、中の包みを選んで手にします(くじ引きの気分♪)。
・参加者が手にした包みを、それぞれ開けます。
・包みには、なつかしい「森永のキャラメル」一個ずつと、小さな短冊が入っています。
・短冊には、信濃の俳人・小林一茶さんの俳句の「上(かみ)の句」が記されています。(キャラメルは召しあがっていただいてけっこうです)。

3 袋「ろ」
・A4の紙(縦組み・横長)を参加者に配ります。一から十六まで、一茶俳句の下の句が記されています。
・各自が手にした短冊の上の句が、一から十六の、どの下の句がつながるのか、考えてもらいます(しばし、あーだこーだと、だべります)。
・ころあいを見て、指南人さんが、各自の判断したいずれかの下の句の、上の空白部分に、各自の上の句を書くように伝えます。これが回答になります。(ひとつの下の句を二人以上が選ぶこともありえますね。悩んでいる人は、エイヤッで決めていただきます)。

4 袋「は」
・A4の紙(横組み・縦長)を参加者に配ります。
・解説と回答が記されています。
・出典は、松岡正剛校長の「千夜千冊」第七百六十七夜です。

5 袋「に」(紙の手提げ袋)
・ころあいを見て、指南人さんが、紙の手提げ袋のなかの品々を、空いているテーブルの上に広げます。
・各品(16品)の上に、回答にある16の作品が記されています。各自がご自分の一茶俳句の貼られた品物を受けとります。
・はい、これでおしまいです。ごそまつさまでしたー。

【きょうの写真】一茶さん

【透玄きょうの一句】「稲妻や 障子は毛羽の 影伸ばし」

戻る