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メールマガジン「文屋だより」は、
百年本の文屋代表、小布施人、農士、「美日常」提唱者として、
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vol.043 「おふくろさんよ」 熟達された二人の経営者の涙

2015年12月31日

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(きょうのテーマ)


      「おふくろさんよ」

    熟達された二人の経営者の涙

     鍵山 秀三郎・塚越 寛 著

     『幸福への原点回帰』

          その3

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   ★お母様を思う70代の二人の経営者★
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鍵山秀三郎さんのイエローハット

塚越寛さんの伊那食品工業


業種も規模も異なる二つの会社

鍵山さんは、両社の「共通点」
として、
「掃除」をあげられました。

そして、
ご自身の座右の銘を披露され、
次のように解説されました。


「良樹細根」(りょうじゅ・さいこん)


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「根深ければ、葉繁し」と申します。

根が細かく深く張っている木の葉は、
みごとに生い茂っております。

同様に樹は、
広く深く細かく根を張っていなければ、
大樹に育ちません。

教育も事業も同じ。

すぐに役立つことばかりをしていますと、
根がおろそかになります。

何事も、
最初に手をつけるべきはいつも根で、
葉は後なのです。

(以上、改行は木下)


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文屋の「百年本」の考え方は、
鍵山さんと塚越さんの対話を聴く中から、
生まれてきたように思います。


通算三回、
合わせて15時間におよんだ対話。

終始、和やかな対話が交わされた中で、
お二人がそれぞれ一度だけ、

胸を詰まらせて、
お話の途切れる場面がありました。


その場面にいたのは、

お二人と、わたしと、
編集の中島敏子さんの
4人だけでした。

お二人のお姿を見ながら、
わたしは、

もう一つの「共通点」に、
気づかされました。


その共通点とは、

「おふくろさん」

です。


お二人とも、
生きていく上で、
経営をしていく上で、

いつも原点に、
「お母様への想い」を、
抱いていらっしゃいました。


「抱く」

そう、まるで、

お母様への想いを、

風呂敷に包んで、
胸元に抱えるようにして、
大事にされていました。


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  ★貧しさの中、家族を支えた母の姿★
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『幸福への原点回帰』のために語られた
鍵山さんの言葉です。


「私は1933(昭和8)年に東京で生まれ、
大変豊かな少年時代を送っていました。

しかし
終戦の前年にあたる1944(昭和19)年9月、

満11歳のときに、

山梨県南都留郡中野村へ
学童疎開したときを境に、
生活が一変しました。

(中略)

ある夏の昼下がり、

炎天下で母が汗だくになって、
ゼイゼイと息をしながら
重労働をしている姿を見て、

私は思いました。

「このままでは母が死んでしまう」。

その時から私は変わったように思います。

少しでも私が働かなければ、
もっとやろう、もっとやろう、
母の喜ぶ顔が見たいと。

私が畑で汗を流したぶんだけ、
母親の寿命が延びるような
気がしていました。



塚越さんは、
つぎのように回想されています。


「1937(昭和12)年生まれの私は、
鍵山さんとわずか4歳違いです。

鍵山さんと同じように、

戦中・戦後の貧しい日本も、
経済復興を遂げていく日本も、
この身で経験してきました。


少年時代を振り返るとき、
忘れられないのは、母の姿です。

私の父はプロの洋画家でしたが、

東京で別居生活をしていたうえに、
終戦の年に40歳の若さで
他界していますから、

父の記憶はほとんどありません。

(中略)

父の亡き後、

私たち五人兄弟を女手一つで
育てあげたのが母でした。

戦争で疲弊しきった日本で、
ただでさえ食うや食わずの時代です。

男親がいてさえ大変な環境で、

女性がたった一人、
子ども5人を抱えて生きていくことは、
並の苦労ではありません。

(中略)

母は、とにかくよく働きました。

私は小さいころから、
稼ぎに出る母を支えるため、

弟たちを励ましながら
家事を一手に担っていました。」


塚越さんは、
高校へはアルバイトをしながら
通っていました。

ところが2年生のとき、
栄養不足と過労のために肺結核を患い、

3年にわたる入院生活のために、
高校を退学せざるをえませんでした。

地元一番の進学校でしたが、
大学進学の夢も、
それで消え去りました。


本書には掲載されていませんが、

塚越さんは、こんな思い出話を、
鍵山さんにお話しになりました。

「小学生のころ、
同級生はお弁当を持って、
学校に来ていました。

貧しかったわたしは、
お弁当を、
持たされませんでした。

ある日のお昼の時間、
わたしが一人で校庭にいると、
女の先生がやってきて、

ご自分のおにぎりを一つ、
わたしに
手渡してくださいました。

哀しくて、
切なくて、
うれしくて、

涙が込み上げてきました。

鼻水をグスグスさせながら、
そのおにぎりを
ほおばりました」


こう語る塚越さんの目は、
潤んでいました。

鍵山さんの目にも、
涙があふれていました。


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   ★おふくろさんへの想いを胸に★
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つらく苦しかった少年時代の日々。

鍵山さんは、その後、
創業された「イエローハット」を、
一代で上場企業にまで育て上げられました。

本書では、こう回想されています。

「疎開先での生活は
ほんとうに苦しいものでしたが、

私はその農業体験によって、
何ものにも代えられない
貴重なものを手に入れました。

それは強烈な忍耐心です。

人には見せられない、
数値化して
価値を測ることもできないものですが、

強い忍耐心は
その後も長く私を支えました。」


鍵山さんに呼応するように、
塚越さんが語られています。


「貧しい生活は、
決して悪いことばかりではなく、

人間の基礎をしっかりと
つくってくれるものです。

貧乏な暮らしの中で、

親が一生懸命に働き、
努力する姿に励まされて、

自分もへこたれてはいられないと、
がんばる気力が養われていく
のではないでしょうか。

貧しく苦しい境遇にあるときに、
手本となるような人物が身近にいれば、

ポジティブなパワーを
身につけられるように思います。

人との巡り合いも大切です。」


そして、塚越さんは、
会社経営について、
こう語っていらっしゃいます。


「同じように、
会社で苦しい時期があっても、

正しい動機をもって
トップががんばっていたら、
社員たちもついてきてくれます。

古今東西、組織の長たる者は、
率先して行動する人ですね。

当社には、
役員だからと威張っている人間は
一人もいません。

彼らの姿を後輩たちもまねています。」



「おふくろさん」

お母様への想いを胸に、

人生を生き、

会社を営んでこられたお二人の、


いのちの結晶

としての共著。


構想から2年、
最初の対談から1年半ののち、

『幸福への原点回帰』は、

誕生いたしました。

その後、2回の増刷を重ね、
2007年12月28日の出版から
丸8年を経た今も、

しずかに、静かに、
読者樣を増やしています。

これこそ、文屋が求める、

「百年本」の姿です。


次回は、お二人が語る
「真の改革」について。


(つづく)


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     ★きょうの気づき★

◆「おふくろさんよ」

  母への想いが、

  社会に大きな影響を及ぼしてきた

  お二人の人生の原点。


◆ 「良樹細根」の根は、風土。

   風土(土地、会社、家庭、人)を
   変えるのは、
   簡単ではない。

   けれど、
   「小さなことを積み重ねる」
   だけで、「事は成ってゆく」
   のかもしれない。


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『幸福への原点回帰』

文屋サイト:
http://www.e-denen.net/index.php/books?_id=18

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いつもの図書館に「購入リクエスト」も。
(無料で読めて、みんなも読めます)


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