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2002年11月1日

甘〜い渋柿、いかがですか?

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庭にある一本の柿木に、今年もたくさんのオレンジ色の実がなりました。渋柿です。
母が手にしているのは、渋柿の渋を抜いた甘い柿。35度の焼酎を柿の実の先にちょっと付け、10日ほどすると、渋が抜けるのです。なぜか?知りません。とにかく甘い。ビタミンC丸かじり、という感じです!
渋柿は窓辺につるして冬の間に乾燥させて、干し柿にしても楽しみます。
おいしいお話でした。

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2002年11月2日

そよごの実がなりました赤です

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玄関を開けた左手に昨年春、そよご(冬青)の木を植えました。図鑑によると、モチノキ科の常緑低木。風にそよいで硬い葉が音を立てることから、この名があるのだそうです。「冬青」のとおり、まもなく雪が降るというのに、楕円の葉は緑のままです。
おもしろいのは、雄雌異株ということ。雄の木と雌の木があり、隣り合わせて二本植えると、夏に咲く白い小花が受精して、秋に実を結ぶのです。近所の造園屋さん(持田造園さん)に母親が、どんな木を植えようかと相談したとき、「若夫婦が仲良くくらすように」と願って求めたのだと聞いて、いまだに心配をかけているわが身を恥じたしだいです。二本の木、とっても仲良しのようで、赤い実は直径1センチほどに成長しています。写真中央に、見えますか?
きっと、鳥がつつきに飛んでくることでしょう。

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2002年11月3日

私の散歩道、ご紹介します。文化の日、日の丸。

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今、松岡正剛さんの編集学校で学んでいます。
課題に「3つのカメラ」文体術というお稽古があり、「私の散歩道」のテーマが課されました。その文章を掲載します。気に入っている、わが家の裏の散歩道です。ではどうぞ。
          ***************
縦に伸ばしたSの字を二つ連ねたかっこう。片道150メートル。二階の窓から見おろす。最初のSの字の頭のあたりから、路面は果樹園の枝葉におおわれて、見えない。
夕方1時間の自転車トレーニングのあと、たそがれ時。この道をゆっくり往復する。ほてったからだと、きもちを、静める。
今はしがない農道。明治の初めまでは、海のある村と行き来する、主役の道。軽トラック1台分の道幅。舗装されている。
窓から見えた枝葉は、栗の古木のもの。この村の特産品。今が熟れどき。毬と弾けた実。よけながら歩く。栗園を抜ける。林檎の若い木々が並ぶ農園にいたる。
はらりと目の先が広くなり、夕焼けなごりの北西の空に、妙高山が望める。あの山に登れば、海が見える。
右手にはとりいれを終えた桃の畑。葉はしっかりと、まだ、緑色。来春に備えた光合成。木の温みを感じる。
ジャージにスニーカー。大またに、深呼吸。ゆっくり5分。舗装の道は終点になる。Y字に分かれた先は、両方とも、土と草のがたがた道。ここで引き返す。
左手。海の村へ通じるほうの道から、腰の少し曲がったばあ様がやってくる。とぼり、とぼり。野良着。たぶん、村の顔見知り。
海のばあ様かも。道のむかしが、そう思わせた。
ひき帰してほどなく、家の灯りが見える。

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2002年11月4日

「文屋文庫」、心を込めて包んでいます

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「文屋文庫」の第一巻「小さなまち、たがやす人」。おかげさまで好評です。
地元の方も買われますが、とくに目立つのが長野市や県外のみなさんが、”おぶせみやげ”として求められていること。まちづくり先進地、という意味もあるのでしょうが、おいしいお土産に加えて、おもしろいお土産、ためになるお土産を、という声も聞きました。
あーそうですか!ということで、わが家では急きょ家族会議!!
「ではお土産仕立てでまいりましょう」ということになり、本を白い紙の帯でまいて包み、帯の上に「信州おぶせ 銘書 ぶんや」の特注ハンコをペタン!
写真は、みんなで和気あいあいと、ペッタン+包みのお仕事中。
初版の本にはもれなく、栗園を撮ったオリジナル絵葉書をプレゼントしています。
右から母信子、長男真風、妻朝子、長女星河。次男の荒野はサッカーの試合でした。

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2002年11月5日

薪(まき)はこびをする荒野です

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荒野がストーブの薪運びをしています。
路地に面した物置の壁に積んであるのは、りんごの薪。昨年末から今年の春にかけて、隣村の伊藤さんというおじさんからいただいたものです。畑から軽トラックで運び、太い薪は「まき割りかあさん」という愛称の油圧式薪割り機を使い、家族総出で割りました。この時ばかりは、「キリギリス」の気分になったものです。
足元の布袋に山盛りで3杯くらい、毎日使います。おかげで、夜中もぽっかぽか。電気毛布を使わずに寝ています。薪運びは3人の子供の役割です。

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2002年11月6日

青森県で講演をしてまいりました

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5日から7日まで2泊3日で青森県十和田湖町に出張しました。目的は、基調講演とパネルディスカッションのコーディネーターをするため。12月1日に東北新幹線が今までの盛岡駅から八戸駅まで延びて、青森県に初めて新幹線が開業します。十和田湖町は十和田湖や奥入瀬(おいらせ)渓流などを抱える観光地として、この開業を機にさらに発展を、と企画されました。
わたくしは「十和田湖地域と美日常のまちづくり−信州小布施の実体験から」と題して講演。そのあと、5名のみなさんと一緒に議論しました。
会場には130名が集まり、質問も活発に出されました。
(社)日本観光協会の観光アドバイザーとしての派遣。緊張しましたが、早朝観光ガイドや畜産業など、すばらしい活動をされている方々と懇親を深めることができ、得がたい体験でした。

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2002年11月7日

「はつかり」とお別れしました

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十和田湖町での講演を昨夜終えて、町職員の野月明久さんに車で90分以上かけてJR三沢駅近くの宿に送っていただきました。野月さん、ありがとう。翌7日の朝、宿から歩いて2分の駅へ。
三沢発9時28分の「はつかり8号」で盛岡へ向かいました。「はつかり」は今回の新幹線八戸駅開業により長いお役目を終えます。新聞によると、「はつかり」は戦後復興期から高度成長期へと発展した日本を人的に支えた東北地方と、東京・上野を結ぶ夢の列車であったのだそうです。お別れまであと3週間あまり。わたくしにとっては見納めとなる乗車でした。北への旅を歌った小林旭さんの歌声を思い出しました。ご苦労様、おつかれさまでした。
盛岡発11時04分の新幹線やまびこ10号にて13時36分、東京着。
7日夜は、東京の一新塾でミニ講演のあと、22時08分東京発の新幹線あさま最終便で帰宅しました。風呂あがりのホットミルクが心身をなぐさめてくれました。

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2002年11月8日

なかむらじんさんの絵をご紹介します

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なかむらじんさんをごぞんじですか?「中村仁」と書きます。
小布施の隣の須坂市でわたくしとおなじ1959年に生まれ、今は軽井沢の隣の御代田町のカラ松林の中に住んでいます。もちろん家に住んでいます。
わたくしの本のすべては、彼のデザインです。本だけではなく、名刺も多くのパンフレット類も。「じんさん」と呼びます。じんさんはやせています。口の周りにひげを生やしています。それなのに、というか、それだから、というか、彼の描く作品は、すごく力強いです。原初的と評されることもあります。デザイン、絵、版画、ロストワックスとかいう金属工芸をやるかと思えば、最近は「焼き物でゆく」と宣言。数年前に自宅庭に構えた鎌で、器を焼いています。その器たちにも、あの力みなぎる絵柄を描いています。あの皿にカレーを盛ったら、ハウスバーモンドの甘口さえも極辛になってしまうんではないかと思うような、そんな絵です。かと思えば、食べているうちに眠くなってしまうような、ヤギの絵(たぶん自画像、きっとそう)もあったりします。
11月1日から8日には、銀座7丁目の銀座煉瓦画廊にて個展を開催。初の銀座進出をはたしました。あのあこがれの銀座資生堂パーラーのあるビルのすぐ近くの画廊さんです。昨年、「全国、世界の公募展にも応募してゆく」と宣言。ちゃくちゃくと実現させているエライ人です。
その彼の大作が、わたくしの家の、リビングに飾ってあります。これは自慢だよ。たたみ一枚の大きさの紙に、極彩色の「鳥みたいな生き物」が四匹、飛んでます。
写真右下は、ストーブにまきを入れる真風(長男)です。半そでです。熱くなる絵とあっついストーブのお話でした。

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2002年11月9日

松岡正剛さん+高橋睦郎さん、たくさんの友人と

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編集工学研究所の松岡正剛先生(東京)に公私にわたりお世話になっております。
松岡さんを囲む集まりが小布施で開かれました。全国から40名の友人が集まり、お客様に詩人の高橋睦郎先生(逗子市)を迎えました。
写真は高井鴻山記念館の和室で語り合う松岡さん(左)と高橋さん、友人たち。初雪が舞い、とにかく寒かったのです。
「鄙からの雅」という鍵言葉が出されました。都にいて田舎を見る視線が幅を利かしていますが、小布施のような鄙に居ながら、意識と行動力で都とつながり、志と品格をもって生きる姿勢、と解釈しました。そうありたいもの。

今日の一句。「浮世絵を重ねて白きもみじ山」

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2002年11月10日

松岡正剛さん、晋平さんの童謡を歌う!

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夜間瀬スキー場のホテルセランに一泊した一行は10日、中野市の「美づき」さんにて手打ちの絶品おそばをいただいてから中山晋平記念館へ。そう、あの童謡作曲家のしんぺいさんです。
ゴンドラの唄(吉井勇作詩)「いのち短し、恋せよ、おとめ、朱き唇、あせぬまに、熱き血潮の冷えぬ間に、明日の月日のないものを。」
兎のダンス(野口雨情作詞)「ソソラ ソラ ソラ 兎のダンス タラッタ ラッタラッタ ラッタラッタラッタタ 足で蹴り蹴り ピョッコピョッコ 踊る 耳に鉢巻 ラッタラッタラッタラ」。
みんな、歌っているうちに、胸が熱くなったり、涙をあふれさせたり。
松岡さんの熱唱でした。

今日の一句。「地に眠るセミの子雪の音を聞く」。なんだか小さく弱くて忘れられたものに、気持ちが向いた一日でした。

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2002年11月11日

オブセッションに松岡さんが登場

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栗菓子の小布施堂が毎月開催するオブセッション。今日のゲストは松岡正剛さん。
一年を通じて、一貫した動きが町全体で展開されている小布施になるように、と松岡さんは懇親会のとき、わたくしに語られました。その際、「ロール(役割)とルール(きまり)とツール(道具やてだて)」が必要であること。ルール、なかでもタブー(この日は酒を飲まない、この日は女性を必ずほめる、この日は自動車に乗ってはいけないなど)は人々の心をつなげる役目を果たすのだそうです。
写真は新光電気にお勤めの佐藤寛さんに送っていただきました。
佐藤さん(左)には10年ほど前、新光電気創業者の光延丈喜夫さんの伝記執筆にあたり、担当者として大変お世話になりました。佐藤さんとのことはのちほどくわしく。

今日の一句。「迷ひ雪月のぬくみに融けにけり」

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2002年11月12日

松岡さんに俳号をつけていただきました

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今日からわたくしを「透玄」(とうげん)と呼んでやってください。
9日の深夜、松岡さん、高橋さんを囲んで開かれた句会で、松岡さんにこの俳号をつけていただきました。写真は松岡さんの筆になる「木下 透玄 玄月」。「玄月」は松岡さんの俳号です。そう!玄の字をいただいてしまったのです。
よし!ということで、精進を決意。
編集学校http://www.eel.co.jp/06_editschool/と俳句づくりにしっかり取り組もうと思います。
で、9日の初雪の日に視界を横切ったすずめを詠んでみました。
今日の一句。「初雪や横ひとすじに老すずめ」

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2002年11月13日

玄照寺黄色の参堂でした

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うちのお墓のある玄照寺を訪ねました。150メートルほどある参道には桜の黄色い落ち葉が一面に。曹洞宗の禅寺です。
このお寺の住職さん・葦澤明義様にはいつもお世話になっているのです。お寺の南に広がる5ヘクタールは、「どんぐり千年の森」と名づけられ、どんぐりの木が植えられています。下草刈などの作業がまだ及ばず、管理と美化が課題です。
葦澤住職さんとのことは、また書きますね。

今日の一句。「赤き葉をいけにえにして冬迎ふ」

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2002年11月14日

北海道に行ってきます

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みなさんこんにちは。
今日14日から16日まで2泊3日で、北海道に行ってまいります。
15日に札幌で開かれるオープンガーデンの集まりで、小布施のオープンガーデンについてお話をさせていただくためです。
初めての北海道。楽しんできます。
帰ったら写真と俳句でご報告します。
またご覧ください。
おっと今、部屋の前の庭を、白黒まだらの猫が横ぎりました。
猫の句も詠みたいな。

暖炉があったかです。
そこで今日の一句。「テロの火もこの火もおなじ神無月」

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2002年11月15日

赤れんが庁舎、行ってきました

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15日、札幌は粉雪でした。オープンガーデンの講演が昼過ぎからでしたので、朝、宿の近くの赤れんが庁舎へ。重要文化財に指定されている北海道庁旧本庁舎です。明治21(1888)年に完成したこの建物には250万個ものれんがが使われているのだそうです。
資料室でひとつ発見しました。
庁舎前の広い道路の路面は、けやきの木のブロックが一面に敷き詰められていたのです(写真)。完成したのは大正時代。今も、れんが敷きの路面の下にはこのけやきブロックが埋められているそうです。
小布施の栗の小径には特産の栗の木ブロックが敷かれています。これは散策道。
馬車や自動車が行き交う路面に木のブロックを埋める工法が、北海道で採用されていたことに、新鮮な驚きを覚えました。
歴代の長官や知事が執務した部屋には、大きなのっぽの古時計が。ぜんまいの音をかすかにさせながら、今も元気に時を刻んでいました。

旅、冬、北。ちょっと感傷的ですが、
今日の一句「くもり窓指先でふき冬の街」

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2002年11月16日

北の花飾人は熱かった!

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午後2時40分、札幌発松本行きのJAS便は、快晴の松本平にぶじ着陸。車で自宅に戻りました。
写真は15日午後の講演の様子です。北海道石狩支庁主催の「石狩地域オープンガーデンネットワーク第3回交流会」。
60名ほどの庭主が集まりました。「花飾人」と呼ぶのだそうです。短い春から秋の期間に、大きな喜びを表現するかのように花を育て、飾り、愛(め)であう。熱いみなさんでした。花への想い、花好きの人と語り合いたいという願いが、伝わってきました。
わたくしは、小布施もまちづくりの歴史や理念を「美日常」の視点から語り、小布施のオープンガーデンの課題を語りました。

今日の一句。「開拓の汗にじむ地の寒椿」

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2002年11月17日

出陣に憂いなし、ということ

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今日はいい天気。朝、先輩の牧野富士男さんから電話。「午後のPTAコーラスに出るように」。「はい」と素直に答えたものの、課題曲二曲のうち「瑠璃色の地球」は練習してありましたが、「名づけられた葉」はぶっつけ本番。CDを聴いて臨みました。
写真は、約40名で歌いおえてホールの前で、先生方と(左がわたくし)。

「出陣に憂(うれ)いなし」とは松岡正剛さんのポスターに添えられている言葉。
ことにあたっては、あらゆることを想定して、参加者や主賓のことをおもいやり、120%の準備をする。いくら想像を豊かにしても、かならず30%はそのときにならないとわからない要素が残る。120%の用意をしておけば、ときに臨んで、あわてて対応するのではなく、編集を楽しむことができる。編集が首尾よく運べば、思いもよらない成果を受けとることになる。
松岡さんと事務所のみなさんと一緒に過ごす機会に恵まれたこの秋、学んだことです。

冬が始まりましたね。オリオン座が夕方に空に見えます。
そこで今日の一句。「くちびるの赤き思ひ出オリオン座」。

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2002年11月18日

本屋さんが一軒もない町、小布施!?

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黄色い落ち葉が小さな竜巻のような風にもまれる一日でした。日差しはあるので温かかったですが。
昼下がり、この知らせには驚きました。
長野電鉄小布施駅の駅舎にある本屋さん「ブックボックス小布施」(写真)が今月29日に閉店するのだそうです。開店から16年、店長の白木武子さん、息子の白木さんには、本当にお世話になりました。これからは、隣まち須坂の駅前にある平安堂須坂店の店長としてお仕事を続けられるとのこと。新しい門出、おめでとうございます。
それはそれで、お祝いしたいのですが、これで小布施は、「本屋さんが一軒もない町」になってしまうのです。県下で町立ではもっとも早い時期に図書館を開設し、「文化の町」とも呼ばれるこの町が、書店一軒も支えられないのか、と思いました。と言うわたくしも、インターネットで本を買う便利さになれてしまっており、無責任な遠吠えはつつしまねばなりません。
どなたか、書店を営まれる方はいませんか?
書店だけでは難しくても、ほかの業種、たとえばカフェや旅行のお店、有料ガイドの拠点との併設など、案は浮かびます。
町の玄関口である駅舎の店が真っ暗では、あまりにさびしすぎます。
白木さんは、観光のお客様にいつも、丁寧に北斎館や栗菓子屋さんへの道順を説明していました。ありがとう、ごくろうさまでした!
地元の人や来訪者が気軽に立ち寄れて、緑茶を呑みながら交歓できる場になればいいなと思います。ご提案をお持ちしております。

今日の一句。「大根(だいこ)引き天動説のころを恋ふ」
屋敷畑で母が、冬支度の大根を抜いていました。地球の中心に向かって突き刺さるように大きくなった大根。安野光雅さんの『天動説の絵本』を思い出して。

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2002年11月19日

かんてんぱぱの塚越寛社長の本を執筆中です

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みなさん、「かんてんぱぱ」をごぞんじですか?
かんてんを使ったお菓子をはじめ家庭用の食材ブランドとして、おなじみですよね。
伊那食品工業?というのが、正式な名前です。「社是カード」の一部を書いてみます。

社是は「いい会社をつくりましょう−たくましく、そしてやさしく」。
「いい会社」とは、単に経営上の数字が良いというだけでなく、会社をとりまく総ての人々が、日常会話の中で「いい会社だね」と言ってくださるような会社のことです。さらに、社員自身が会社に所属することの幸せをかみしめられるような会社をいいます。

そんな理想的な会社、あるのかな、とお思いでしょう。しかも創業から40数年間、増収増益の安定成長を続けています。
「会社の価値は、永続することであり、成長も利益もそのための条件です。永続は会社をとりまくすべての人々を幸せにします」とも語られます。
塚越さんの人生哲学と経営理念をまとめた本を執筆しております。
来春には、みなさんにお読みいただける届けられる本になることでしょう。
こんなお仕事をいただけることに、無上の幸せを感じつつ。

「家族主義の会社」とも言われるほど、家族や社員の幸せを思い続ける塚越さんのインタビュー録をまとめながら窓の外を眺めると、夫婦(めおと)松にもみじの赤や黄色の葉が飛んできていました。

今日の一句。「花のごともみじをまとふ夫婦松」

庭のむこうのお隣さんのお風呂の煙突から煙が立ちました。
で、もう一句。「ばあ様と枯れ枝が居て炎(ほむら)立つ」。
あったかいなー。

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2002年11月20日

冬の灯り、飾りつけまぢかです

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今日も朝はマイナスを記録、いい天気でした。
白い息をはきながら朝7時ごろ、家のまわりを歩きました。巨峰ぶどうの畑に気になる光景。大粒の大きな房がいくつも、とり残されているのです。冬の鳥たちのえさに(昔は道行く旅人のおなかの足しに)収穫をしない、にしては少々数が多い。理由は不明。直径25ミリはあったでしょうが、今ではなかば干し葡萄状態です。

そこで一句。「朝もやにたましひあずけ枯れ葡萄」。

ところでわが家では昨年11月から、道路に面したリビングの窓辺のマロニエの枝に、”電飾”をします。赤、黄色、緑など200個くらいの豆電球で飾るのです。飯田というむらの玄関口にあるので、けっこう目立つし、喜ばれているみたいです。
毎夕、11時ころに消します。勤労感謝の日あたりに飾って、3月初旬まで。期間を見てお分かりのように、クリスマスだからではなく、冬だから、なのです。
写真は今晩のその窓辺。マロニエの葉はすっかり落ちているので、公道からまん丸見えのわが家でした。気にしない気にしない。

【今日のお仕事】玄照寺さん「はがき禅」打ち合わせ、かんてんぱぱ塚越社長の本執筆、市村良三さんと打ち合わせ(松岡正剛さんとのこと、高橋睦郎さんとのことなど)、新建新聞社・村上さんと連載企画の打ち合わせ

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2002年11月21日

ひと休みしました

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午前、いつもお世話になっている中條製缶の中條政雄社長に「文屋文庫」の今後について、お願いとご相談にあがりました。そのあと、アラ小布施へ。支配人の関悦子さん(写真右)と話しているところに、『暮らしの手帖』の編集者・菅原歩さん(30代の男性、写真左)が見えました。ゲストハウス小布施に二泊して、旅の特集記事を書かれるのだそうです。同誌は関さんの昔からの愛読書。来年1月25日号に4ページ、掲載されます。
『暮らしの手帖』のサイトは、
http://www.kurashi-no-techo.co.jp/contents/home.htmlです。

昨日の日誌に、葡萄畑にとり残された葡萄のことを書きました。母親によると、葡萄の値がこの秋はあまり良くなく、収穫時に色づきの悪い房はほとんどお金にならないので、作り手が放っておいたためではないか、とのことでした。今朝、試みに一粒口にふくむと、すでに酸っぱくなっていました。

今日の一句。「我利がりの眼に他利足りの凍え月 透玄」
欲ばっかりのわたくしの丸い瞳と、地球と太陽の間にだまって居るお月さんのまん丸。

「猫轢(ひ)かれもみじの紅の深まれり 透玄」
黒い子猫が道に横たわっていました。赤い血ともみじの葉が、かさなりました。

【今日のお仕事】本の営業。玄照寺さん「はがき禅」編集。長野国際親善クラブ会報編集。
すごく疲れてしまって、昼過ぎから5時間も熟睡。きもちよかったー!

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2002年11月22日

散歩の栗林で拾った一句です

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朝の散歩道には栗林が広がっています。
黄土色になった葉が地面を覆い、栗の木にもまだたくさんの葉がついています。
小布施の朝もやは深い、です。
太陽がさしました。光の柱が天への橋のように見えました。
太陽を見ていたのに、浮かんだのは月の句でした。

「そちらへの光の橋を冬月よ 透玄」

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2002年11月23日

信濃デッサン館槐多庵にて、高橋睦郎さんに再会

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上田市塩田平の信濃デッサン館にて、「シルヴィア・ミニオ=パルウエロ・保田遺作展」が12月1日まで開かれています。今日午後、庵主の窪島誠一郎さんをはじめ4名の座談会があり、そのお一人に、去る9日、松岡正剛さんに引き合わせていただいた詩人の高橋睦郎さんも参加されていました。再会。懇親会の席で『小布施百句』の構想などを話しました。
4時間ほどの滞在中に、いくつかの句を得ました。備忘的メモですが、掲載いたします。おくめんもなく。
なお写真は、デジカメ不調のため、10日朝の松岡さんと高橋さんのツーショットを掲載させていただきます。

「玄(くろ)また玄 玄透きとほる冬星河 透玄」
「燃ゆことに打ち込んでいる落葉かな」
「水について考えている猫の冬」
「灰となり終(つい)か始(はじめ)か紅葉焼く」
「雪原に白鷺の目のしょんぼりと」

今日は父の祥月命日、あの日から満8年が過ぎました。
ちょうど一年前には母の姉が逝きました。
母、元気です。
母と家族みんなで育てたフジりんごは、高橋さんや松岡さんにも喜んでいただきました。
そして野沢菜漬けも。
「死なれても死なれても母菜を漬ける」

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2002年11月24日

オープンガーデン、母との対話

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今日は村の花壇のあとかたづけをしました。
老人会や婦人会や花の会、育成会といっしょに育てた花壇の、咲き終えた花を抜いて整地し、来春に備えます。今年は町から努力賞をいただきました。

ご苦労さまの心を込めて一句。
「生き尽くし夜の太陽雪見酒 透玄」

母とオープンガーデンについて語り合いました。ごらんください。
写真は、屋根から見たお庭です。

豊 お袋、オープンガーデン、楽しそうだね。いろんな人が、うちの庭を見にやってくる。
母 小布施町が、個人の庭を一般に公開するオープンガーデン事業を、3年前から始めたんだったね。
豊 まったく知らない人が約束もなしに、敷地に入ることをOKするんだから、最初は「大丈夫かな。うちのプライバシーはどうなるんだ」って心配してたよね(笑)。
母 でも、産むが易し。よその土地の旅の人たちと、うちに居ながらにして話ができるんだから、楽しいね。よく、縁側でお茶をだして話してるよ(笑)。
豊 町はこの事業を観光課に担当させているけれど、わが家にとっては、老人福祉にもなっているというわけだ。ボケ防止というか・・・。
母 まだそんな年じゃないよ(笑)。でもたしかに、いい刺激になる。孫たちも、喜んでいるみたいだよ。
豊 そうだね、子供にも若夫婦にとっても、いい・・・。
母 家族共通の話題ができたよね。「今日は何人見えた」とか「どの花がほめられた」とか。
豊 花に水をくれたり、ダニ予防の消毒を施したり、よその人に見られると思うと、手入れにも力が入るよね。
母 そう、家の中も庭から見えるから、以前よりも掃除に力が入っているよ。
豊 老人福祉に子供の教育、家族の話題、暮らしの環境や景観もよくなるし、花の苗を買うから農業振興にもなる。
母 庭を築いてくれたご先祖さんの供養にもなるしね。
豊 人は見られるときれいになる、か。
母 私もちょっとおめかしして、出かけようかね。なんだか若返ってきた感じだよ(笑)。
豊 やっぱりうちにとって最大の効果は、老人福祉だね(笑)。
母 「プライバシー」とかいう外来語を、もう一度考え直してみるのもいいかもね。

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2002年11月25日

朝から雨でした

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今日は朝から雨でした。やんだと思えばまた降りだして、夜まで。晩秋の長雨ですね。
昨日までの連休で、小布施の観光のトップシーズンは幕です。冬はオフ。オフということは、小布施の素のままの日々になるということ。だから冬は好きです。冬を選んで訪れる、真の小布施ファンもさいきんは多くいらっしゃるとか。
人が去ると静かになり、哀しみ感も漂います。

で、今日の一句は「愛と哀 同じ音する 国の秋 透玄」。
日本、日本語はいいなー。
昨日は雪の句でしたので、季節が戻りました。お許しくだされ。

写真は、わたくしの仕事場です。
手前の椅子は、水牛の革でつくられたマレーシア製。リクライニングの本体と、足を乗せる台のセットです。
「かんてんぱぱ」の塚越寛社長は、寒天の原料になる天草の産地(世界20カ国)を訪れるとき、プロ級の腕の写真を撮影するかたわら楽しみにされているのが、民芸品などの見学。今春の「かんてんぱぱまつり」のとき、塚越さんが輸入した家具が広いホールに一堂に並べられていました。真っ先に眼に飛び込んできたこのセットを、二日間考えて買い求めました。
この椅子で昼寝をしたり、本を読んだり、ボーッとしたり。寝ていると必ず、水牛が夢に出てきます。

【今日のお仕事】かんてんぱぱ、塚越博社長の原稿執筆。「小さなまち・・・」の営業、納品など。

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2002年11月26日

ほのぼのとした一日でした

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【今日のお仕事】午前中、かんてんぱぱ塚越社長の本、執筆。午後、伊那市のかんてんぱぱ「伊那食品工業」本社へ。塚越社長にインタビュー。
 「いい会社」をつくる。社員の幸せをもっとも大事に考える。大家族的なあたたかな経営。急成長を拒み、ゆるやかな安定成長で永続を求める。塚越社長の会社はそんな会社です。お正月にかけて、人生哲学と経営理念をまとめます。社内の人材育成を目指した非売品のため、当面は一般には売られません。
 北信のわが家から、南信の伊那市へ。往復270キロの旅でした。
 そう!今日気がつきました。愛車のワーゲン・パサートが満7年で10万キロを超えました。めでたし、めでたし。20万キロまでよろしくね。

 同社に向かう道の両側は唐松林。茶色の細い葉が、風に舞っていました。
 ほのぼのとした気分で眺めていたときの一句です。
 「陽だまりに 家族の気分 枯れ野ゆく 透玄」

 写真は、午前中に仕事場の東向きの壁に映った手水鉢の水の反射光です。秋から冬に、太陽光の角度の関係で、この光が表れます。ほのぼの。
 
【今日の小布施びと】夕食後、町商工会館へ。11月30日、12月1日の北信濃小布施映画祭実行委員会。30名ほどが最後の打ち合わせ。紺色のスタッフ・トレーナーをいただく。

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2002年11月27日

雪のかおり

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初めての本格的な雪が、夕方から降りはじめました。最初はぼたぼたの、みぞれ雪。ひとしきり晴れて、水分の少ない(粉雪ではないけれど)雪が舞いました。道路面が凍るほどではなく、ひと安心。小布施の人はまだ、スタッドレスの冬用タイヤにはきかえている人は少ないでしょうから。
そんな雪の中、午後3時過ぎに長野市へ向かいました。先日、十和田湖町における講演会とシンポジウムでごいっしょした、リクルート社の旅行誌『じゃらん』編集長の今村まゆみさんをお迎えするためです。
車で小布施ガイドセンターへ。支配人の関悦子さんと立ち話。栗の小径を歩いているときも風と雪。「これが小布施で最悪の部類に入る天候です。次はきっと晴れるでしょう」と、お天気をフォロー。
小布施堂のお食事どころ『蔵部』へ。
本宅の中庭に面した大きなガラス窓のむこうに、一枚の葉の上部が橙(だいだい)で半分より下が朱色の鮮やかなもみじを発見。そこに真っ黒の空から降る雪が舞い、今村さんは大感激でした。
「雪や雨=あいにくの天気」ではないのですね。
今村さんは夜9時ごろの新幹線で帰京。
残された言葉が印象的でした。
「(木下の)お宅の近くで車の窓からお香のような香りがしました。」
たぶん、積んである薪か、庭の木木か、あるいは雪の香りか。東京にも長野でも感じられなかった香りが漂っていたのだそうです。

そこで一句。「雪の香につがひの鳩のまどろみぬ」

今日の写真は、先日は行った喫茶店の紅茶セットです。ミルクティーがおいしかったです。

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2002年11月28日

田中さんの選挙戦

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愛用のデジカメを傷めてしまい、ただいま修理中です。直らないかも、心配です。
そこで、今日の写真は、あの田中康夫さんの登場です。
この夏、県知事不信任により出直し知事選に臨んでいた田中さんの長野事務所で、事務方の秘書役をおおせつかっていました。毎日朝6時半から夜12時まで、近所のホテルに泊り込んで。楽しかったです。事務所詰めでしたが、選挙戦の最終日に、みんなのお許しをいただいて、田中さんの遊説車に後続して、運転して歩きました。
行った先は、佐久の臼田町馬坂(まさか)地区。市街地から山道を1時間以上かけて、いったん群馬県に入ってから長野県に入りなおしたところにあります。たしか票数は20ほど。最終日に、ですよ!聞いた支援者もマスコミも、マサカ!?と叫びました。でも、それが田中流。
結果はめでたく当選。今ごろは馬坂の山にも雪が降っているのでしょうか。

今日の一句です。「十方をはらみ放たる初しぐれ 透玄」

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2002年11月29日

氷のはる朝でした

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氷点下の朝でした。散歩をしていると、息の白さが深くなっています。その白に日の出の光が射ていました。
午後2時過ぎ、小布施町東町の「はりマッサージのおんだ整骨院」へ。はりと電気のマッサージ、仕上げに恩田先生のマッサージ。毎週金曜午後の定番です。恩田先生は50代前半。奥様と二人で営まれています。最近は、20代の竹節さんという女性も加わって、にぎやかです。
朝5時ごろから夕方までの営業。恩田先生のマッサージは一人約20分間。患部のことだけでなく、日々の養生や鍛錬法、山歩きや自転車コースのアドバイスまで、実践派ならではの指導です。信頼できる人柄で、わたくしの心身の健康助言者です。感謝感謝。

【今日の仕事】午前、新建新聞社にて、新春からの毎月連載企画の打ち合わせ。夕方から長野国際親善クラブ会報の編集。

【今日の写真】夏の選挙事務所にて、一時のくつろぎ。東京の政治部記者に「こんなに明るくて女性が生き生きしている選挙事務所は初めて!前代未聞ですね」と驚きとともにおほめいただいた雰囲気が自慢でした。その秘密は、いずれお話します。

【今日の一句】薄氷あまたの星を映し居る 透玄
選挙の結果は圧勝でしたが、思えば薄氷を踏むような日々でした。
当選の日から、選挙と政治から引いているわたくしです。

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2002年11月30日

北信濃小布施映画祭が始まりました

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北信濃小布施映画祭が始まりました。あす12月1日までの2日間、9本の映画が上映されます。今日はわが村の近くにある千曲川の木橋や土手をロケの舞台にした『野菊の如き君なりき』、『白銀城の対決』、『羊のうた』、『モンスーン・ウェディング』と特別上映の『箱』。ほかの用があり、すべて観れたのは『箱』だけでした。
箱、わたくしには、漂う神・スサノオに見えました。
朝、映画祭会場に顔を出してから、母校の栗が丘小学校完全統合三十周年式典に参列。たしかPTA会長をやらせてもらったのは4年前のこと。久しぶりに聞いて口ずさんだ校歌に、少しだけ胸キュンでした。
そのあと、須坂市民会館へ。まちづくりの交流会に参加。それから映画祭へ。

写真は、おばあちゃんに髪を結ってもらっている娘の星河、小学4年生です。朝の点景でした。

【今日の一句】寒い気候になりました。氷を見つめていて浮かびました。
「空と水 薄刃じわりと 氷りぎわ」

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