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2003年1月16日

おたのみもしやんす〜母への手紙から

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「木下さん ニンニク漬の件 有難たう御座居ました。さっそく漬けて見ました。よく出来ると思います。面倒見の良い信子さん 今後共末長く おたのみ申しやんす 木下信子さんえ 社内 せきや」
15年ほど前、小布施町内のノバフォームという会社に勤めていた母に、同僚の関谷義雄さんが送った手紙です。関谷さんは工場で仕事をしながら、ニンニク漬けのやり方を教えた母に、お礼の手紙を書いたのでした。どうしてこの手紙をご紹介するかといいますと、最後の「おたのみ申しやんす」という言葉です。これはふつう、「おたのみもしやんす」と発音します。会話ではよく使うのですが、それを文字にしてあるのはまれです。思わず、ふふっと微笑んでしまいます。
今はなき関谷さんの正直さ、実直さが、この数行に込められているようで、すてきです。それに、「いつも面倒見の良い」と評価された人を母にもつ自分として、自戒の気持ちも湧いてきました。

昼、長野市郊外のレストランにて、編集者の堀内久美子さんと食事。会社を辞めて新しい舞台へ。応援したいです。今までお世話になり、ありがとうございました。

【今日の写真】母に宛てた関谷さんの手紙

【透玄 今日の一句】高橋睦郎先生にご指導をいただきました。「」は指導後、()は自作です。
「水について 考えている 冬の猫」(水について 考えている 猫の冬。「これはいい句だね」とほめていただきました。力を抜いて、自分を前に出さないで、ありのままを)
「燃ゆること 愉し愉しと 落葉焚」(燃ゆることに 打ち込んでいる 落葉かな)
「透きとほり 黒しと思ふ 冬銀河」(玄(くろ)また玄 玄透きとほる 冬星河。「玄」ではなく、みんなが読みなれた「黒」を使いましょうね、平明に)

2003年1月17日

山の神に守られた鉄平石の物語

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朝7時30分に家を出て、長野市の宮本忠長建築設計事務所へ。建築家の西澤嘉雄さんの車で諏訪の藤森鉄平石工業へ。創業百周年を迎える同社の三代目藤森吉三さん(会長)と面談。初夏までに、百周年記念の本を作らせていただくことになりました。宮本事務所は、信州の職人約70名でつくる「信州名匠会」の事務局で、宮本先生はその会長。この記念誌は、信州名匠会の職人シリーズ第一巻という意味もあります。
同社の初代藤森権之助氏は万延元年(1860年)生まれ。農家でしたが、40代前半のとき、東京と諏訪地方が鉄路で結ばれるのを好機に、地元産の平らな石を東京に売る事業を起こしました。今の東京電力の大口需要を開拓したり、早稲田の教授に教えを請うて小口の民間需要を開拓しました。「鉄平石」という、広辞苑にも載っている名前を考案して広めたのも権之助翁なのです。
じつはわが家の道路に面したところには、鉄平石のコバ積みがあります。数年前に美観のために造ってもらったものです。この鉄平石の産地は諏訪ではなくて東信地方だそうですが、今、この仕事にめぐり合えたことは、なにかのご縁ですね。感謝です。
さーて、いそがしくなるぞー!!!

【今日の写真】鉄平石の山(藤森さんのパンフレットより)仕事の安全と幸福、そして平和を願って、藤森家では昔から、山の神「大山ねづの命」を祀っておられます。
下は、わが家の鉄平石のコバ積みです。

【透玄 今日の一句】高橋睦郎先生にご指導いただいた3句(「」は指導後、()は自作)。
「灰といふ 始まりもあり 紅葉焚く」(灰となり 終(つい)か始(はじめ)か紅葉焼く)
「白鷺の 目のしょんぼりと 雪の原」(雪原に 白鷺の目の しょんぼりと)
「死に交(か)はり 生に交はりて 菜を漬ける」(死なれても 死なれても母 菜を漬ける)

2003年1月18日

ずっと気になっていること

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「国生み伝説」のことが、ずっと気になっています。
男神イザナキと女神イザナミが塩の柱を回ってたがいに声を掛け合ったときに、生まれたヒルコのこと、です。手元の絵本にはこうあります。「ぶきみな音が響いた。あやしげなかたちが生まれてきた。ヒルのようにぶよぶよで、かたまることのないものだった。『これはどうしたことか』ふたりは、できそこないのこどもを葦船に入れて、遠くへ流してしまった。」
それから二人の神は、ヤマトをはじめたくさんの島々や、火や鉄などをつかさどる神々を生みます。でもこのヒルコのことは、まったく触れられないで、物語は終わっています。あんまりじゃないですか?ひどすぎる。
いじめとか、差別が問題になっています。わたくしもいじめたことがあるし、差別の気持ちは今もあります。その自分の暗い部分を考えるとき、いつもヒルコを思います。奇形な存在への目線、弱くて欠点だらけの者への視線。この国の誕生物語の最初にまで、この問題はさかのぼるし、まったく解決されないで、今に至っているのです。
昨日17日の朝、布団の中で寝ぼけながら、このことを考えていました。
そして松岡正剛さんの「千夜千冊」を見てびっくり!この課題に触れられているのです。
大江時雄著『ゑびすの旅』(1985、海鳴社)
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya.html
松岡さんは「(ヒルコが)そのため、流れ流れて、どこかで祀られたとか、何かになったという多くの民間伝承を生んだ。ヒルコがまわりまわってエビスになったというのは、そういう”空白”を埋める化生譚でもあった。」と書きます。
また「『負』を背負っているからこそ、かぎりなく賑やかに、かぎりなく陽気に、かぎりなくキンキラキンになったのである。エベッさんは、いってみるなら、きっとそういう派手を極めた“負の花魁(おいらん)”なのだ。」
「ゑびす——。われわれはいつだって「化外」(けがい)との出会いを覚悟しておくべきである。」
ニッポンがますますおもしろくなってきました。

午前は編集学校と執筆。午後は飯田分館の会計監査で公会堂へ。その後、おんだ整骨院にて、なりとマッサージ。
荒野と星河がインフルエンザに。荒野は40度の高熱です。みなさん、お気をつけて。

【今日の写真】点火を待つどんど焼きのだるまと上空の月。だるまさんも、手も足もないですね。ヒルコに通じる存在なのでしょうか?

【透玄 今日の一句】「満月に 照らされており 達磨焼く」 

2003年1月19日

編集学校「破」、全問回答できました!

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朝からISIS編集学校「破」のお稽古に集中。4-05と06、やり残しておいた2-04に取り組み、昼までに終えました。これまでもなんどか紹介してきましたが、この編集学校は、編集工学研究所の松岡正剛所長が編み出した編集術を、インターネットで学ぶ講座です。
入門編の「守」と中級編の「破」があり、「離」も準備されているようです。わたくしは昨年春から「守」、「破」と進んで本日に至りました。奥深い編集術の入口を右往左往している段階ですが、理念ではなく方法としての編集を術を学んだことは、きっと今後の大きな支えとなると思います。仕事にも、暮らしにも。
導いてくださった「守」の矢田師範代、「破」の畠山師範代、そして太田師範、松岡校長をはじめスタッフのみなさま、同級生のみなさん、ありがとうございました。

午後は、仕事場の掃除と、伊那食品工業・塚越社長の本の編集。
夕方、飯田分館の新役員への引継ぎ会で公会堂へ。分館主事としての1年間を、めでたく終了いたします。

【今日の写真】仕事場裏手の小さな庭に、冬も緑のツタの葉と、解けはじめている雪。

【透玄 今日の一句】「野の川に 音なき雪の 阿弥陀落ち」(20代後半につくった句です。思い出したので記します)

2003年1月20日

平和なお風呂です

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午前は、藤森鉄平石工業の百周年記念誌の企画書作りと、伊那食品工業の塚越社長の原稿執筆。午後はひきつづいて塚越社長の原稿を書きました。
あたたかなうす曇りの一日。平和だなーと思います。ですが、今の日本は、あと一歩で、「銃後の国」に転落しかねない状況です。

わたくしは、
1 日本の平和憲法を守る。世界平和の崇高な理念を再確認する。
2 国際法上の永世中立国を宣言する。
3 軍事力は防衛目的にきびしく限定する。
4 日米安保条約を破棄して、在日米軍を撤退させる。
5 この目的のために大同団結した、共産党を含む(必要に応じて共産党中心の)革新政権を樹立する。
以上のことを考えております。
このまま行けば、アメリカは第三次大戦を引き起こし、日本も戦場になってしまうでしょう。そうしたら、幸福はありません。幸福は平和の上にあるのですから。みなさん、どう思われますか?

環境総合研究所の青山貞一さんが、ウィーン滞在から帰国され、次のような一文を寄せてくれました。

「先ほどウィーンからメールが来ましたが、本気で環境問題、自然環境問題に取り組むと言うことは、非戦、反戦をベースにすることです。オーストリアは、ヒットラーを産んだ国(後にドイツに移民しあの惨事を起こす)として、スイス同様、永世中立を掲げ、米軍の駐留を拒否していると言っていました。防衛のための軍隊はスイス同様あります。」
「ちなみに米国のステルスが在留ドイツ基地から飛び立ったとき、オーストリアの東側をほんのすこしかすめたとき、オーストリアの防空レーダーにひっかかり、オーストリア政府はNATO、米国、ドイツに激しく抗議したと聞いています。」
「ところでよく見ると、スイス、オーストリア、日本の国旗は、白と赤の2色のみからなりたっています。ウィーンを飛び立つ前日に皆で議論したとき、この3カ国は永世中立国となるべきだと友人の父親が言いだしました。確かにわたくしもそう思います。せっかく戦争を完全に放棄した国ですから、変な解釈をしたり、へりくつを付けて改正すべきではないと思います。」
「憲法によってではなく、コスタリカやスイス、オーストリアのように、明確な理念のもとに非戦国にならなければなりません。今回の米国のイラク攻撃問題は、世界に非戦、平和の重要さを思い起こさせる大きなきっかけ、反面教師となればと考えます。」

【今日の写真】わたくしの仕事場です。ノートパソコンと電話、ファクス。あとは辞書や資料類です。年度末なので、そろそろ青色申告のための帳簿が、机の一部を占めることになります。仕事道具はこれらと乗用車だけです。財産は心身の健康と人との仲のよい関係、ですね。

【透玄 今日の一句】「いちもつの 天に微笑む 冬の風呂」(えへへ)
「風呂洗ふ テンカコッカと 寒の雨」(ウホホ)

【高橋睦郎先生のご指南】「」指南後、()自作句
「光の橋 わたりてそこへ 冬の月」(そちらへの 光の橋を 冬月よ)
「猫轢かれ もみじの紅の 極まれり」(猫轢かれ もみじの紅の 深まれり)
「朝靄に すべてを預け 葡萄枯る」(朝もやに たましひあずけ 枯れ葡萄。「たましいは観念語。写生のままを詠えばいいんですよ」)
「紅葉着て 花のごとしよ 夫婦松」(花のごと もみじをまとふ 夫婦松)

2003年1月21日

目的と手段の混同

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朝9時半に家を出て、伊那市の伊那食品工業へ。午後1時より塚越社長にインタビュー。経営理念と人生哲学をまとめています。2月いっぱいこの執筆に集中して、春には本になります。43歳の今、この人物にじきじきにご指導をいただけることの「有難味」(ありがたみ)を感じています。
こんな話を伺いました。国際標準規格環境ISO14001のこと。
同社は数年前から認証取得の準備に取り組み、3年前に取得しました。更新は3年単位のため、昨年末が更新期限でした。しかし同社は更新しませんでした。なぜか。更新料100万円が惜しかったため?違います。塚越社長のお話です。
「地球環境と生活環境を守ることが目的の制度なのに、更新料を手にして潤う認証団体やコンサル会社が存続することが目的の制度になってしまっている。団体や制度は手段であって、真の目的ではない。本来あるべき姿を見失ってしまっている。」
「認証されていないと国際社会のビジネスで不利、といわれるが、これもおかしい。環境基準を満たしていれば、いいわけで、ビジネスをうまく乗りきることが目的になっている。これも間違い。」
「国際規格を満たして認証を受けてから3年間、うちは基準以上の活動を続けている。認証を返上しても、ISOよりいっそう厳しい基準を達成し続けているのだから、真の目的を達している。」
本社と研究開発部門などがある「かんてんぱぱガーデン」に植樹をし、省エネや省資源、リサイクルについての社員教育を実施している塚越社長はつねづね、「世の中、目的と手段の混同があまりに多い」と語っています。
「ではわたくしは…」、自問しつつ高速道路で130キロの帰り道を、ノンストップで帰りました。
夜は、小布施町役場にて「花咲くテーブルトーキング」。夜9時、帰宅しました。

【今日の写真】伊那食品の原料倉庫にて。かんてんの原料になる天草やオゴノリが世界各国からコンテナで届き、備蓄されています。あたくし、ちょっと太り気味?自写のせい?

【透玄 今日の俳句】「」は高橋睦郎先生による指導後、()は自作です。
「天動説 いまもすこやか 大根(だいこ)引き」(大根引き 天動説のころを恋ふ。この作品、少しだけほめられました)
「冬の星 昔くちびるの 赤かりき」(くちびるの 赤き思ひ出 オリオン座)
「開拓の 汗思ふべし 寒椿」(開拓の汗にじむ地の 寒椿)
「指でふく 窓のくもりや 冬深む」(くもり窓 指先でふき 冬の街)
「テロの火も この火のつづき 落葉焚く」(テロの火も この火もおなじ 神無月。これ、おもしろいね、とのこと)
「赤き葉を いくつ落として 冬迎ふ」(赤き葉を いけにえにして 冬迎ふ)

2003年1月22日

「俳句人」という生き方

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午前9時30分、小布施の俳人稲田美恵子さん宅へ。昼過ぎまで3時間、ゆっくり話しました。今から12年前、小布施の俳人喜多牧夫さん(明治42-平成5)の作品を編んだ本『おぶせ、夢に酔ひ風と舞ふ 俳人喜多牧夫 風土HAIKUの実験』を編集しました(あすか書房)。来年の十三回忌を前に、喜多さんの遺作を再編集して本にしようという企画が盛りあがっています。
弟子の稲田さんは、師の亡き後、俳句の創作をしながら後進の指導を続け、今は10数名が定期的に稲田さんの教えを受けています。「角川春樹賞」など全国的な賞を受けた教え子も出てきています。
先生や俳友が東京など日本の各地にいて交流し、若い人たちと吟行にもでかけ、自宅ではご主人、娘さん夫婦、お孫さんに囲まれた暮らし。一つの、魅力的な、日々ですね。
牧夫さんの本については、進むたびに、この場でご報告します。

昨夜は、花咲くテーブルトーキングでした。町の企画財政課が事務局になって、月に1回、10名ほどの会員(登録は30名)が集まります。最近は合併問題が中心。議員の定数や報酬などについても話し合います。発足して1年。「住民の思いや、声なき声を議員や行政に伝える媒体としての役割をになえる場にしていきましょう」と話がまとまりました。登録されている人以外の住民も参加できる仕組みにしていきます。興味のある方は、わたくしにお声かけください。
今、座長をおおせつかっているのですが、みんなが「参加してよかった」と思える運営の仕方を苦心しております。楽しみながら、ね。

【今日の写真】昨夜のトーキングにて。手前は吉田さんという専業農家の先輩です。女性のみなさんも活発ですよ。

【透玄 今日の一句】「欠け初(そ)めの 月の欠片(かけら)か みぞれゑる」
早朝、西の空に月が見えます。月齢19.7。満月から少し欠けています。朝陽を受けて、金にちかい銀色に輝いていますよ。

2003年1月23日

大雪25センチ+師範代試験合格

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5時半起床。午前、塚越社長の本執筆。朝からの粉雪が、午前10時ころには湿り気のある雪になり、どんどん積もって25センチくらいになりました。夜までに雪かき3度。異例のことです。
昼、アーティストの中村仁さんと待ち合わせて、コーヒーとジャズの「BUD」(バド)へ。中村さんとは10数年前からのおつきあいで、わたくしの本などの仕事の大半は、彼との協働です。軽井沢の西の御代田町に住んでいるため、ふだんのやり取りは通信手段のみ。会うのは年に5回ほど。それでも仕事ができているのは、やはり時間と体験のなせるワザ(技・業)ですね。
BUDにて、ミートソースのスパゲティー(細い麺と深くてさっぱりした味)とアーグレイのミルクティー。今後の本の構想や禅寺での煎茶の集いなどについて、語り合いました。
ここのマスターは、須々木健さん。東京生まれで、今は須坂市(小布施の南となり)に暮らし、奥さんと二人でこの店を営まれています。穀平味噌醸造場という江戸時代から続く味噌屋さんの蔵の一つを喫茶店として再生し、5年前に開店しました。味噌屋のあるじは、わたくしの先輩の小山洋史さんです。
「アート&クラフトぎゃらりい蔵」という別名もあるとおり、絵画や陶磁器の展示販売もされています。コンサートも開かれる小布施の文化サロンの一つです。
3人で話が弾み、仁さんの個展を、この秋にこちらで開いていただくことになりました。原画、版画、絵付けの陶器、ロストワックスという彫金など、”JINワールド”が展開されます。くわしく決まりましたらまたお知らせしますね。
午後後半は、塚越社長の本執筆。

先日上京して面接試験を受けたISIS編集学校「守」師範代試験の結果がメールで発表になりました。「ウメカオル」合格でした!さてこれからが大変です、そして楽しみです。松岡正剛校長のもと、一途に多様に、木下流の実験を始めたいと思います。
入門を希望される方は、次のサイトへどうぞ。直接わたくしにメールをくださっても、お答えできると思います。
ISIS編集学校 http://www.eel.co.jp/06_editschool/index.html
いと◎へん http://www.eel.co.jp/
ISIS立紙篇 http://www.isis.ne.jp/

【今日の写真】(上)午後の雪の庭です。
(下)BUDのマスター須々木健さん(左)とJINさん(ひげの顔は一度見たら忘れがたし)BUDはTEL026−251−4033です。

【透玄 今日の一句】「天気図に 指紋の如き 大寒波」

※映画『たそがれ清兵衛』観ましたか?わたくしはこれからです。いいそうですね。今日、掛け軸の家系図を見ていたら、なんと初代半之丞さんが跡式として継いだ先代に当たる人の名前が「清兵衛」さんでした。

2003年1月24日

恩田先生、鍛錬の日々

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午前中はかんてんぱぱの塚越社長の原稿執筆、昼過ぎまで。午後2時よりおんだ整骨院さんへ。夕方も執筆。おんださんでは2時間半ほどの滞在中に施術は1時間15分ほど。最初にはりと電気マッサージ、つづいて電気マッサージ、恩田先生のマッサージ、仕上げに電動マッサージベッド。50代前半の恩田先生は奥さんと二人で、毎週水・木曜日の休日以外の週5日は、朝5時から夜7時過ぎまで働いています。休日には奥さんと、自転車やランニング、登山を楽しまれています。小布施で唯一の山・雁田山(標高750Mくらい)に駆け上って駆け下りる鍛錬を、1時間ほどでこなすことしばしば。
「山に登るのは、気分転換と体力増強、それに自然の”気”を吸い込んで全身に満たすため」とのこと。わたくしは毎週金曜日の午後一番の予約になっています。休日明けですから、山の霊気がいっぱいの先生に施術をいただいているわけ。そのせいでしょう、1年9か月前に初めてお世話になって以来、風邪をひくことがほとんどなくなりました。
あのころは、肩がガチガチに固まっていて、恩田先生に「肩こりは脳血管障害やストレスなど万病の元。もみほぐしましょうね」と言われたものです。今、肩はやわらかです。ストレスの軽い人と重い人では風邪のひきかたが4倍も違うと、先日、みのもんたさんが言ってました。
「40代よりも50代の今の方が体力も気力も充実していますよ」と語る恩田先生は、わたくしの心身の健康上の恩師でもあるのです。感謝です。
夜は、ISIS編集学校の第7期「守」の師範代として、自分の教室名の案を五つ提出するように教務の先生(木村久美子さん)から言われており、それを考えました。松岡正剛校長がその案に「超・編集」を加えて、2月1日に、東京での研修会修了後のパーティー「感門之盟」にて発表してくださるそうです。

【今日の写真】朝の雪かき。ジャンパーの外は雪、内は汗でびっしょびしょ。長男の真風が撮ってくれました。

【透玄 今日の一句】「舞ふ雪と 積もりし雪と 生と死と」
「剃刀に そむく髭あり 雪煙」(かみそりに そむくひげあり ゆきけむり)

2003年1月25日

また大雪、一晩で20センチに

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6時少し前に起床。大雪。昨日きれいに雪下ろしをしたはずの夫婦松に20センチも乗っかっていて吃驚(びっくり)。「こりゃ、一人じゃ無理だわ!」と長男真風と次男荒野を起こして、雪片付けを頼みました。
でも上空は青空。午前9時の陽射しは、かなり強くなっているので、午後までにだいぶ溶けるでしょう(と期待)。…だいぶ溶けました。湿りっけの多い雪なので、重いです。木が大変そう。
午後2時、長女の星河を町立図書館に送ったあと、高速道で佐久市へ。会員になっているNPO法人信州まちづくり研究会の新年会に参加。前半、理事で元『旅行読売』編集長の伊本俊二さんの講話。演題は「面白いまちづくり…恋人岬」。”伝説の創造”から始まった土肥温泉・恋人岬の観光戦略を伺いました。史実をひもときながら、もっともらしい”伝説”を創作する経過をユーモアたっぷりに話されました。
大事なこととして、平和を愛する心と三つのC。好奇心(CURIOUSITY)、創造性(CREATIVITY)と挑みつづけること(CHALLENGE)をあげられました。
魅力的な旅の要素としては、衣食住に加えて行、行動、体験することの大切さを指摘なさいました。
このNPOは立科町で土木建設業を営む安江高亮さんを中心に設立されました。理事長は大井富雄さん。大阪の東洋紡に30数年勤務され、滞米経験もある大井さんから30分くらい、差向かいでお話を伺うことができました。
大井さんは海軍兵学校に学ばれた人らしく、スマートでおしゃれな70代です。その世界では著名な海軍の軍人・井上成美氏が恩師なのだそうです。以下、大井さんの言葉です。
「ネイビー(海軍軍人)はスマートネスをもってモットーとする」。このスマートネストは、清潔感や肉体的なハンサムさにとどまらず、「時間に遅れない」など、心のゆとりも含まれるのだそうです。「5分前精神。約束の5分前にその場に着いていれば、約束の時刻に即スタートできる」。
「日本は、人品の卑しい政治家や実業家ばかりが増えてしまった」。同じ批判するにも、”人品(じんぴん)卑しき”とは、みやびな言葉だと思いませんか?うなってしまった。
「先憂後楽」→「先裕/先優 後楽」(先様=お客様を裕福にしたり、優しくすれば、後々自分が楽しくなる)というお話も。
北原白秋の詩や俳句に触れています。このことはいずれ書きたいと思います。

【今日の写真】(上)NPO法人信州まちづくり研究会の会合で話す伊本俊二さん
(下)またまた雪の庭です。

【桃源郷の一句】←おおおっ!「透玄 今日の一句」と書こうと「とうげんきょうのいっく」と入力したら、こんなふうに変換されちゃった。そうだったんだ。おーそうか!よしよし(なんという温室的自己満足)。
「大寒や 茶碗をつなぐ 納豆糸」
「等身の 影につかまる 雪の片」
「人品の 卑しき国の 雪の白」(なんちゃってね)

2003年1月26日

つららのうた

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朝から机に向かって、塚越社長の本を執筆しております。
快晴の冬空。雪が氷柱(ツララ)がどんどん溶けております。耳を澄ますと、敷地のふちを流れる小川の音がよく聞こえます。水かさが増しているんですね。

【今日の写真】自宅の庇(ひさし)の雨樋(あまどい)に梯子(はしご)をかけてみました。雪解け水のしたたりがいっぱいです。

【透玄 今日の一句】「したたりの 音はつららの 音譜かな」
「氷柱痩せ 水に生まれる 円みかな」(つららやせ みずにうまれる まろみかな)

2003年1月27日

不景気じゃない!よ

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朝5時半におきて午前中は執筆。午後は丸子町の鹿教湯温泉へ。
温泉につかりに?そうじゃないのです。
この土地の昔のお話を本にする企画があり、その編集の打ち合わせに行ってきました。
入会権(いりあいけん)訴訟についてのお話です。
ちょっとむずかしいけれど、楽しい本にしようと思います。
初夏には発刊になることでしょう(と期待)。
夕方6時半より、「第1回IT交流会」。
小布施町の雁田山ろく、浄光寺のとなりのお蕎麦屋「浄光庵笑鬼(しょうき)」さんにて。20人の宴会でした。手打ちそばはやっぱりいいです。笑鬼さんについては後日書きますね。
林映寿さんのグループにホームページを作ってもらっている会社や個人の集まりでした。
「農機具を、インターネットで、年間数千万円も販売」
「畑で作るリンゴとリンゴジュースなどは大半をネットで完売」
「開設から1か月でアクセス1万5千件のきのこやさん」
「多品種少量栽培の果実はお得意様にすべて売れ、インターネットでは減農薬やEM菌による農業の哲学を紹介するのが目的」
こういった話で花が咲きました。
全国の成功事例紹介ではありません。すべては、林さんが手がけるサイトの顧客のみなさん、つまり小布施や近在の20〜50代のみなさんの実話です。
小布施の農業や文化財の体験ツアーを創ろうと奮闘する旅行会社の女性社長(芋川恵子さん)や、温泉旅館と観光バス事業の飛躍を期する社長(五色の湯の水野薫さん)などなど。とっても景気のよいひと時でした。上々の雰囲気に、ウーロン茶で十分酔えました。
やっぱり不景気も不況も人によりけり。
東京やNYの株屋ごときの指先に操作されたまるかい!って感じです。
…このあたり、ISIS編集学校の松岡正剛校長はもっと上品に格調高く、理論的に話されますけど、小布施流に言うと、こんな感じです。
「今は不況ではない、不況感が漂っているだけ」とは、伊那食品工業の塚越寛社長の喝破です。45年間の増収増益、昨年度の最優秀経営者賞受賞者(日刊工業新聞)の言葉です。
わたくしは、今のサイトに、小布施をテーマにしたデジカメ写真と俳句の公募コーナーと、その応用編を、林さんやスタッフの金井健さん(30、かない工房、小布施在住)と話し合っております。林さんをはじめ、逸材がそろった小布施のIT環境。刺激されながら、しっかりと伸びていきたいと思います。
おっと、ただ今、サイトを通じて本のご用命を受けました。好調です!

【今日の写真】庭の屋敷神の前に、母が自作のリンゴを置きました。すでにモズやすずめがやってきて、朝夕の食事にしています。母、幸せそうです。

【透玄 今日の一句】「等身の 影を破りて 霙かな」(霙=みぞれ)

2003年1月28日

農機具ねっと幸せ機械配達人W君

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昨夜のIT交流会の余韻にひたっています。なぜか。
一つは「景気」のいい話が多かったこと。もう一つは、自分よりも若い人や年上でも気持ちが若くて開拓型の意欲をもった人と話ができたためでしょう。
「景気」とは、人間の身体の内と外の、すべての要素からくる幸福感のことだと思います。仕事をしていれば、売上や利益はもちろん大事であり、「景気」の一大要素です。ですが、健康や心の安らぎや生活の安定、適職かどうか、人間同士が和合しているか、家族や仕事、地域などの人間関係に恵まれているか。そしてすべての土台として、平和な国にいるのかどうか。こうしたことのすべての結果、「景気」のよしあしは語られるべきです。
「世の中景気が悪い」というのは、言葉の誤用だと思います。また東京やNYの株屋ごときの指先に操作されるものではないのです。断じて。
…てな意味において、ですね、昨夜は「景気」のいい会でした。
昨夜初めて会ったいく人かのうち、田中良実さん(30)という田中機械?専務の運営する(もちろん林映寿さんチームが手がけた)サイトに、とってもライブなコーナーがありますのでご紹介します。見てみてください。
W君という30歳の男性が、田中さんがインターネットで受注した農機具や除雪機を、長野県内外のお客様に届けて帰るまでのてんまつが、写真と文章で紹介されています。たえていのお客様が、食事や手づくりのお茶菓子や漬物で、あったかくW君を迎えていて、読んでいて熱いものを感じました。
「自分もこうやって、お客さんに喜ばれる仕事をしよう」などと、けなげな感想をもったりしました。
まーご覧ください。こんなサイト、見たことないです。田中機械さんのサイトもあわせてどうぞ。
農機具ねっと幸せ機械配達人W君
http://www.noukigu.net/w_kun/book/book.cgi
田中機械
http://www.takanakikai.com/(偉大なる成果をあげているサイトです。「本音を隠さず表現すること。お客様のことを考えて日々更新して改善すること」が人気の秘訣だそうです。「ホームページというすばらしいメディアを、もっと生かしましょう」と田中さん)
宴が盛り上がったところで林さんが立ち上がり、「サイト更新料3万円分」プレゼントの抽選会。平松フルーツ農園の平松聖伸さん(http://www./)が受賞しました。ほかに、笑鬼さんから「お蕎麦ペア券」が、柳沢農園の柳沢義定さん(http://www.obuse-apple.com)と、おぶせ農場の佐相富士雄さん(http://www.obuse-nojyo.com)に贈られました。わたくしは指をくわえてお祝いしました。
ほかのみなさんのサイトも、ご紹介していきますね。

【今日の写真】(上)昨夜、林映寿さんが主催した第1回IT 交流会にて。自己紹介しているのは五色の湯旅館のあるじ水野薫さん。
(下)動画サイトの実験作を見て意見交換しました。写真は2枚とも林映寿さんにご提供いただきました。

【透玄 今日の一句】「皮肥えて 冬風船の ちぢみゑる」
「息溜めて 冬の風船 ちぢこまる」
「ちぢこまり 冬の風船 ほの重し」

2003年1月29日

『暮らしの手帖』最新号に「小布施」

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終日、かんてんぱぱ塚越寛社長の本の執筆。『本来あるべき姿の経営』というような雰囲気の書名になりそうです。
玉村豊男さんの秘書・清水清子さんに電話。近いうちに東部町のヴィラデストを訪問し、編集の打ち合わせと追加インタビューをさせていただく予定です。
午後、筆を休めて町へ。アラ小布施の関悦子さんに『小さなまち、たがやす人』100冊を納品。150冊分を集金。これで650冊を納品したことになります。わずか3か月でこの数字!関さんやスタッフみんなが、お客様、とくに視察の人たちに勧めてくださっているためです。
おかげさまで、この出荷で販売1500部に達しました。初版3000部の完売を春までに。その蓄えを2巻目以降の制作に当てていきます。「いい本をまとめてくれてありがとう、参考になるよ」と方々で言われます。編集者冥利というもの、感謝です。2巻目は玉村豊男さんの講演録。心して取り組みますので、みなさんお楽しみに。
『暮らしの手帖』という雑誌をご存知でしょうか。昨年晩秋、記者の菅原歩さんという男性が2度、小布施に取材に来られ、今号に掲載されました。「行ってみたい旅」のシリーズ2回目。カラー写真入りの4ページ分。
「北斎のいた町、異才が集う町」「手のひらの町、栗と果樹の町」「花の町、ぬくもりの町」「夕暮れの町、ともしびの町」という中見出しに沿って、小布施の魅力が描かれています。
いわゆる観光シーズンが終わったあとのオフであったことも背景にありますが、ふだん住民があたりまえだと思って見過ごしていた看板や、路地や床屋さんの写真が、とっても新鮮です。なかでも、夕暮れの空と火の見やぐらの黒い影の写真が好きです。
ただ残念なのは、「水」がほとんど描かれていないこと。いえ、これは書き手の問題ではなく、小布施自身の課題ですね。暮らしのなかに、水路や井戸や池、湧き水などの水の存在感が少ない町なのだなと、あらためて感じました。
「蔵を改装した喫茶店からは、ジャズピアノがもれ聞こえてくる。閉店の早い店が多い、ほんのいっとき、不思議な世界を味わうことができる。」菅原さん、ありがとうございました。こんな「小布施」を描いていただきたかったのです。またお越しください。

というわけで【今日の写真】菅原さんの取材拠点になった「おぶせガイドセンター」の主(ぬし)関悦子さんが、掲載ページを開いています。関さんは、同誌発行者の大橋鎭子さんの大ファン。「80歳を超えた今も、すてきな人、すてきな暮らし、すてきな日本へのメッセージを、その生き方と文章で示されている大橋先生を、ぜひ小布施にお迎えしたい」と意気込んでいます。わたくしも大賛成!近く、実現するかもしれませんよ。いや、きっとかなえましょう、この夢!!菅原さん、応援をお願いします。

【透玄 今日の一句】「太陽の放射を真似て毬燃ゆる」(毬はイガ、栗のイガです。暖炉でお風呂で、毬は真っ赤に、太陽みたいに燃えています)

2003年1月30日

「サバンナは弱肉強食」という誤り

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午前は、塚越寛社長の本の執筆に集中。諏訪の藤森鉄平石?の会長・藤森吉三さんから連絡が入り、同社の100周年記念誌を制作する契約をしました。5月には発刊となります。吉三さんは3代目、息子の慶一さんが社長をついでいます。創業者の権之助翁は、明治末期の鉄道開通(上諏訪-東京飯田町)を前に、地場産の平石を首都圏や全国へ販売することを決め、40代前半まで続けた農業をやめて、平石の採掘、加工、施工に乗りだしました。名前が「平石ではイメージが弱い」ということで「鉄平石」と命名、いまや『広辞苑』にも載っています。
その会社の100年史を、写真を多用して、一般の人も楽しめるないように仕上げます。信州名匠会(宮本忠長会長)の出版事業の第一弾でもあります。めくるめく職人の世界のシリーズ、楽しい生涯事業(ライフワーク)になりそうです。
午後2時より、長野商工会議所にて新春講演会。花王?の社長・会長を務めて今は特別顧問をされている常盤文克さんのお話「『知の経営』を深める」を聴きました。
「グローバリゼーションとは、規格の国際標準ではない。多様な考え方や生き方、モノやサービスを生み出す異質の理念を、”世界の舞台”でぶつけ合い、認め合い、融和させる仕組みを言う」
「サバンナを弱肉強食と表現するのは表面的な誤解を招いている。地中から空まで、大から小まで、肉食でも狩の仕方が違い、子育ての方法も異なる。強弱の競いあいではなく、異なる質と質のぶつかりあい、競い合いであり、バランスが全体として取れている。人間のビジネスも同様。売上や人数が小さくても、どんな質で生きて、どんな幸せを求めるかを、じっくり考えて、モノやサービスを創造していこう」
「(携帯電話の世界シェア1位の)フィンランドのノキア社のように、10数年前には売上の10%だったテレコミニュケーションの分野を選択し、資源のすべてを集中して勝負すること。捨てるべきは捨てる勇気を。」
「(クロネコヤマトを例に)システムでとらえること。自分にないものは、人のつながりを生かしてつなぎ合わせ、全体として一流になることを狙おう。」
「個人個人がもっている明と暗の知とともに、集団としての知=黙の知を豊かに。黙の知は、土台、足腰、背骨。いい会社は、この部分が強い。」これなんか、仕事にも、まちづくりにもあてはまりますね。
いろいろと啓発される内容でした。くわしくは、演題と同じ書名の常盤さんの本(PHP、1,500円)をどうぞ。
終了後、宮本忠長事務所などで、藤森鉄平石さんの本の打ち合わせ。
夕食は、手打ちうどんの鍋物(鱈=タラ入り)でした。

【今日の写真】常盤さんが講演で使われたOHPの一枚。紙風船(個人の明と暗の知の寄せ集め)からゴム風船(黙の知に支えられた豊かな、いい会社)へ

【透玄 今日の一句】「水吸ひて 生きる榊や 鱈の鍋」

2003年1月31日

お榊(さかき)4か月、生きてくれてます

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午前、執筆。11時に新生病院のログハウスの喫茶室メイプルにて、旅行業を営む芋川恵子さんと打ち合わせ。春から始める「おぶせ遊学交」(ゆうがっこう、仮称)というツアーの中味を話し合いました。芋川さんの趣味の一つはハワイアン。歌は高校生のころから、ダンスは数年前から習っています。「おぶせに全国からハワイアンの歌い手や踊り手、観衆を迎えて、2〜3日のフェスティバルを夏に開きたいね」と芋川さん。夢、実現させたいですね!賛同者を募ります。
メイプルは、今から10数年前に、当時の院長・内坂徹さんの発案で開設されました。「オープンスペース・メイプル」という名前の通り、病院関係者や患者だけではなく、一般の人も自由に飲食ができます。わたくしは、骨太な木材を使った雰囲気が当初からこの空間が好きでした。打ち合わせにも使いますが、いちばん好きなのは、一人で過ごすこと。もっとも奥の窓際のデーブル(椅子2つ)で本や資料を読んだり、原稿の構想を考えたり、居眠りしたりします。多くの本の原稿は、この席で書きました。
みなさんもこのお店をぜひ、お楽しみください。
ちなみに(という言い方は変かもしれませんが)わたくしの祖父母も父も、この病院で亡くなりました。敬愛する俳人の喜多牧夫さんが最後の日々を送られたのも、ここです。いろんな想いと思い出のこもった場なのです。
午後は、「おんだ整骨院」さんにて静養。
玉村豊男さんの秘書の清水清子さんよりメールをいただき、4日午前に東部町のヴィラデストへ玉村さんをお訪ねすることになりました。ご多用のなか、「文屋文庫」第2巻のための校正と追加の取材に応じていただけることになりました。玉村さんの講演会を主催した八十二銀行小布施支店の飯島支店長(実際の主催は同支店の後援会「小布施経済研究会」)とデザイナーの中村仁さんと3名で参ります。みやげ話のご報告は4日夜までお待ちくださいね。

【今日の写真】わが家には神棚が二つ祀られています。一つは居間、一つはわたくしの仕事場に。毎朝、お米と水、塩、お榊一対を供えて、毎朝と夕方にお祈りします。榊は、いつも青々とあとからあとから芽の出る丈夫な木です。「人間も神にすがって運強く生きなさい」という意味があるのだそうです。このお榊は、すでに店で求めてから4か月が過ぎました。毎朝水を替え、週一回は水切りをしています。まだ新しい芽を出しています(左上の葉)。

【透玄 今日の一句】「鮮血の 如き朝陽や 冬の嶺」
「筋トレや 窓いっぱいに 鳥の群」
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