文屋

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2005年8月1日

『マードレの田園レシピ』、きょう発刊です

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みなさん、こんにちは。
お知らせです。昨年新春から1年半にわたって取り組んできました竹節志げ子さんの著書『マードレの田園レシピ』、本日発売になります。お値段は1,470円。文屋サイトから、いつもの書店さんから、あるいはネット書店からもお求めいただけます。どうぞよろしくお願いいたします。

キャッチフレーズは、「ありがとう、小布施」、そして「信州小布施の“かあさん”から、日本の母(MADRE)たちへ」

小さなレストラン「マードレ」のあるじ、リンゴと栗・野菜の農家、高原の宿の元オーナー、お料理の先生。夫亡きあと、3人のスキーヤーの子どもを育てあげた母。ピアノとイタリア語・社交ダンスを練習中、還暦……そんな女性のレシピ108とお話33。「マードレ」(MADRE)はイタリア語で「お母さん」の意味です。

自家栽培の果実や野菜、ハーブをはじめ旬の素材を使った季節の料理を、1年あまりかけて撮影し、春夏秋冬と正月の季節に分けて構成しました。料理の選定とレシピの紹介にあたりましては、「プロの料理を家庭で手軽に作る」という視点から、わかりやすい文章で解説してあります。

(プロフィール)
竹節志げ子 たけふし・しげこ
1945(昭和20)年8月21日、長野県大町市生まれ。70(昭和45)年、山ノ内町志賀高原へ嫁いだのち、夫婦で企業の山荘の管理人を務める。91(平成3)年に夫が早世。翌年、3人の子どもを育てるため、学生向けのスキーロッジを開業。99(平成11)年、小布施町へ転居、翌年「プチレストラン・マードレ」を開店。2005(平成17)年春、マードレを閉店し、畑で野菜や果実を栽培しながらつぎの活動のかたちを模索しはじめる。

書店に並ぶのは来週になると思います。

【きょうの写真】上)表紙です。
下)主人公の竹節さんです。手にしているのは真っ赤に実った小布施産のりんご紅玉(こうぎょく)です。

2005年8月2日

本が納品になりました

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昨日は、昼過ぎに須坂新聞社へ。今週号に掲載していただく『マードレの田園レシピ』の広告の打ち合わせです。この新聞社は、小布施のとなりの須坂市にあり、週刊のタブロイド版の新聞を発行しつづけています。北沢邦夫さんご夫妻が創刊し、いまはご長男の正さんが社長をついでおられます。私は25歳から5年間、記者としてお世話になりました。

この5年間で、企画して取材をして原稿を書いて編集をするという、一連の仕事をゼロから教えていただきました。写真を撮影して、そのフィルムを会社の暗室で現像し(モノクロ)、紙焼きというプリントをして、印刷用のフィルムにする工程も学びました。毎週十数本の現像と数十枚の紙焼き。あのころは、印刷所から車で運んだ新聞を、折り機で折って、ページごとに差し込んで新聞のかたちにする工程も、自社で行っていました。もちろん、新聞屋さんへ届けることも。

5年間ではとても一人前にはなれませんでしたが、それでも20代に集中してこれらの工程を学べたことは、いまの文屋を営む上での大きなおおきな礎(いしずえ)になっています。まちがいなく。心からの感謝をして、その気持ちを表してくるべきでしたが、なかなか素直になれず、いままで足が向きませんでした。ですから、昨日の会社への訪問は、私にとっての一つの節目になったように思います。

営業部長の片桐正さん(かつての先輩+同僚)と1時間ほど、打ち合わせやお話をさせていただきました。感謝、忘れてはいけませんよね。

それから長野市にて、JC長野県大会の打ち合わせ。夕食後、玄照寺さんにて、9日の京楽師匠の落語会の打ち合わせをしました。

さて、きょう2日は、朝4時半からおんだ整骨院さんへ。そのあと飯田郷元神社へ行き、子どもたちの草取り掃除に参加。午後3時半、中野市の病院に入院されている叔父を、妻とお見舞い。

夕方、『マードレの田園レシピ』が納品になりました。アオヤギ印刷の中山伸尚さん、宮原辰美さん、ありがとうございました。すでに予約をいただいているみなさん、発送にはまだ数日がかかります。お待ちください。

【きょうの写真】数日前の早朝、文屋の田んぼです。ひざよりも高いくらいまで成長しました。この朝は、窒素などの肥料を20キロ、まきました。朝の空気、最高にうんまいです!

2005年8月3日

宝くじもギャンブルなんだー

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すこしまえの新聞に、ギャンブルに国民が使ったお金の一覧表が乗っていました。パチンコ、競馬、競輪、競艇などが並んでいる表のなかに「宝くじ」もありました。クジだし、当たらなければお金をなくすし、たしかに賭け事という意識はありましたが、「ギャンブル」という表に、ほかの賭け事と並んで記されているのを見て、ほーそうかーと認識をあらためました。

あたくしは、パチンコは高校時代と東京の学生時代の1年間ほどやりましたが、それからは一度もしておりません。使うお金も、1回3千円が最高くらいですから、かわいいもんでしたね。競馬は2回。2回とも勝ちましたけど(数百円だけ)、それからは一度も。そして宝くじ。5回くらいは買ったかな? 一度もあたらなかったし、発表を待つ日々の夢見る気分が、あまり気持ちよくなくて、やめました。なので、ギャンブルはまったくしておりません。

そういえば、思い出しました。新光電気工業?の創業者・光延丈喜夫さん(故人)の伝記を執筆していた10数年前、光延さんのいつくもの名語録を読みました。そのなかの一つ。「おれは賭け事はしない。毎日毎日、半導体分野での危なっかしいチャレンジを、70過ぎたおれが若いお前たちといっしょになってやっている。これ以上に大きなギャンブルはないからね」。あったかなお人柄をあわせて思い浮かべつつ、「では文屋の今の経営は?」と自問しております。

ところで、一転、健康のお話。
肝臓の健康度を示す「γ(ガンマ)GTP」という数値が下がっています。下がっているというのは、いままで高すぎた数値が正常値に近づいてきたということ。それでも正常値の2倍近くあるのですが、1年前には4倍もあったのです。要因は、どうやらコレステロールにあるようです。この数値はいまは正常なのですが、γの数値はコレステロールの値と連動して下がっているのです。ということは、運動の量と質に関係していることになります、あたくしの場合は。それと、アルコールの量。

あと、みなさんは「ウコン茶」をご存知ですか?そう、沖縄などで栽培されている植物です。そのエキスを焙煎したお茶を、ここ数か月、毎日飲んでいます。そのおかげなのかな? 正常値まで晴れて下がった時には、お祝いをしようと思います(お酒少々いただきつつ)。

夕方、12キロの自転車と2キロのランニング。熟睡。

【きょうの写真】秋ウコン100%と書かれたウコン茶の箱です。スーパーに売ってます。

2005年8月4日

外から来ていただける、ただ事ではない有り難さ

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日中は仕事場と小布施町内で、竹節志げ子さんの新刊『マードレの田園レシピ』の広報活動に専念しました。夕方、先日の発刊記念パーティーで呼びかけ人として運営に力を尽くしてくださった10人のみなさんへのお礼の会を、竹節さんが主催してくれ、ありがたくも参加させていただきました。文屋チームからは撮影の関真澄さん、執筆構成の中島敏子さんも同席いたしました。

会場は、竹節さんが春までプチレストラン「マードレ」を営んでいた建物に新しく開店した「ダイニングレストラン樹響(ききょう)」。創作料理を供するお店として、村松直幸さん(30歳)・砂織さんご夫妻が営んでいます。お料理の分野は和洋食、幅広く柔軟な対応をしてくれるそうです。

村松さんは、小布施町の南端を流れる松川をはさんだ対岸の須坂市松川町のお生まれ。スパゲティーのお店「オールド・スパゲティーハウス」の小布施店に勤めたことを皮切りに、長野店・軽井沢店・MIDORI店(長野駅ビル)、そして「スプリ」(長野市東和田)の開店と運営を担ってきました。その後、長野駅東口にあるサンルートホテルのレストラン「翔」をはじめ同ホテルの料理長を任され、3年間務めたあと、念願の独立開業を果たしました。

小布施のこの場所を選んだきっかけのは、この建物の持ち主の竹節さんと村松さんのお母さんが親友であったこと。村松さんは、保育園と小学生の2人の子どもさんとともに一家で小布施に転居し、お店の2階にお住まいです。

弱冠30歳。地道でたしかな経歴のなかで学び、身につけた知識、技能、センス、そしてファンのお客さま。小布施という土地は、はからずも、願ってもない人材をお迎えしたことになります。鮮度のいい海山の幸を生かし、趣味の良い什器に盛られた料理をいただき、仲間との和やかな会話を楽しみながら、お酒をいただきました。

帰宅して眠り、翌朝目が覚めて、一人で考えました。「宝物だな」。松村さんご夫妻についての感想です。「有り難いことだな」とも思いました。そして「これこそ、まちのちからなんだろうな」と思いいたりました。

ほかのまちで生まれ育ち、ほかのまちで、ほかの会社で腕を磨き、さあこれから自分の”お城”を開こう。そう考えた30歳が、このまちを選んでくれた。家族と移り住み、子どもを学校に通わせ、このまちに料理人としての人生をかけようと決めた夫婦が、このまちに居る。思えば、村松さんと小布施の縁を結んでくださった竹節さんもまた、10年ほど前に、村松さんと同じような決意をして、このまちにやってきた人でした。

大きな企業や華やかなお店を招致して地域を活性化することが、いまでも話題を呼んでいます。それに否と申すのではないですが、竹節さん、村松さんのような個人が、自由な選択の枝のなかから自主的に、自分の責任で選んで小布施にやってくる。それこそが、真の”まちのちから”なのではないか、と考えるようになりました。

そういえば!いま、小布施にはお蕎麦屋さんが12軒あります。そのうち代々このまちで蕎麦屋を営んでいるのは一軒だけ。大半は、村松さんたちと同じように、よそのまちに生まれ育ち、よそのまちで蕎麦打ちの技を磨き、小布施を選んで、この10年ほどの間にお店を開いた人たちなのです。
お蕎麦屋さんだけではありません。家具職人、ガラス作家、映像作家、フランス風家庭料理のお店、三味線のお師匠さん……。

では、外から来ていただける人を、無条件で歓迎するのか?
「小布施ブランド」ということばがあります。その実態は、個々の農家やお菓子のお店、栗菓子会社や酒蔵などが営々と育んできた、それぞれの、個のブランド(信頼と伝統)を束ねたもの、集合体です。すべては個々の質の高さによっている。だから、小布施ブランドを自分の努力でよりいっそう高いものにする志のある人は歓迎。これがものさしです。そうではなく、ただぶら下るだけの人やお店は困ります。「北斎館の近くならバスの団体客が多いから」、「小布施に店を出せばうちの格が上がるから」という方は、このものさしに断られると思います。

こんなこと、他人に申すことではないですね。このものさし、唯一、向けるべきは、じぶん、です。では木下は? 文屋は? 右手の人差し指をいつも自分に向ける。心地よい張りつめ感にひたりながら、日々楽しみつつくらし、仕事をつづけていきたいと思います。最近思いついて、気になっていることばをご紹介します。

「場力」。ばりき、ではなくて、ばぢから、と読んでください。人やものごとを寄せつけ、魅了して元気にさせてくれる、場所の力のことです。おなじような意味合いで「磁力」とか「磁場」を使う人も居られますが、あったか味のない無機的感じがするせいでしょうか、理科が苦手のためでしょうか、なぜだかあまり好きになれませんでした。おそらく、引き寄せるだけで、場所も人もおたがいに育ちあう感じがないから、いやなのだと思います。ばぢから。響きはごつごつしていてよろしくないのですが、このことば、頼りになる奴とお感じになりませんか? そう、気は優しくて力持ちの新語君なんです。ことばですから、みなさんお気軽にお使いくださいませ。小布施の場力、みんなでもっと向上させていきたいと思います。
みなさんがくらすまちの場力、いかがですか? おっと、またよそ様に指を向けてしまった。

【きょうの写真】4日夜、樹響さんにて大いに盛りあがる竹節さんと仲間たちです。

2005年8月5日

男性のためのお料理教室にはじめて参加

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朝6時すぎ、飯田公会堂へ。むらの小学生たちのラジオ体操の最終日。自転車点検もしました。

それから仕事場と小布施町内にて、『マードレ』の関係のお仕事。おもに、『マードレ』をご注文くださった方々へ、本に同封する文屋の通信を制作しました。長いあいだ作りたいと思ってきたのですが、ようやく。作りながらタイトルを考え、決めました。

『文屋の聞文分』(BUNYAnoBUNBUNBUN)と申します。定期的に出すのではなく(性格的欠陥により定期物は出せません)、日々の思いをA4判にワープロで書いて構成します。今回のは、裏表の両面、モノクロ印刷です。あさって以降の発送分から、同封いたします(ご注文くださっているみなさん、遅くなってすみません)。

夕方、ダンベルで汗を流して(雷さんが怖くて自転車はおあずけ)、シャワーを浴び、着替えてから町役場となりの北斎ホールの調理室へ。竹節志げ子さんが先生をされている町公民館の「男性のためのお料理教室」にはじめて参加しました。10回コースのうちすでに5回が済んでいるのですが、なにかと多用で参加できませんでした。

きょうの献立は、ユウガオの欧風煮物、トマトサラダ、ソースかつ、モロヘイヤとしらすの?(お料理名不明)でした。おもなものはソースかつ。「小布施で取れる季節の新鮮野菜、スーパーで売っている調味料で、プロの料理を家庭で作る」という教室。上々の仕上がりになりました。近いうちに、自宅で作って家族にご披露するつもりです。いつか、仲間を迎えて家庭料理の集いも開きたいな。

【きょうの写真】上)料理が出来上がり、みんなでウーロン茶で乾杯。いただきます!奥中央に竹節先生。やさしい先生です。

下)きょうの主料理、ソースかつ。美味でした〜!

2005年8月6日

どんぐり千年の森の草刈りです

朝6時、玄照寺さんの「どんぐり千年の森」へ、軽トラにビーバーを積んで参りました。この森は、玄照寺の所有地で5ヘクタールあります。平地の雑木林でこの広さというのは…たいしたもんです。この森を、百年、千年の長い目で考え、育てていこうという願いが、名称に込められています。

この場所は保安林のため、数年前に県の事業で雑木が植林されましたが、下草刈りなどの手入れは欠かせません。そうしないと、ツル性の植物に枝や幹が絡まれて息絶えてしまったり、成長の早い草やニセアカシア(かわいそうな名前ですね)が生い茂ってしまい、肝心の雑木が育たないのです。

そこで、玄照寺青年部の慕古の会(もこのかい)では、今春から月に1度、有志で集まって草刈りを行っています。1時間ほどですが、なれない作業はけっこうな労働です。汗をかきますし、ビーバーの振動が体に伝わりつづけると、手がしびれたようになります。

でも、お楽しみがあるんです。作業のあと、お庫裏にあげていただき、奥様、おばあさん手作りの朝食をいただけるのです。来月もあります。ご希望の方、ご連絡ください。みんなで、小布施に平地の美林を育てましょう。

2005年8月7日

亜細亜大学の父母会に参加しました

朝6時、飯田郷元神社のお盆前の恒例・草刈りに参加しました。帰宅してシャワーを浴び、朝食。ゆっくりしてから支度をして、妻と車で長野駅へ(長女星河はラボ国際センターの夏合宿で黒姫高原へ。長野市内の先生宅まで車で送り届けました)。

新幹線で1時間、大宮駅に到着。歩いてすぐのパレスホテルへ。きょうはここで、長男真風が通う亜細亜大学の父母懇談会があるのです。どこの大学にもあるのでしょうか?こういった会は。この大学では全国すべての都道府県で開催しており、長野県は松本市でも開かれたのですが参加できず、埼玉会場に出向いたわけです。

まず全体会で大学や学生生活全般についてのお話。日ごろの学習指導や課外の資格取得コースの説明、就職指導の熱心さときめ細かさには、感心させられました。

そのあと、個別面談。真風はまだ1年生なので成績は出ていませんが、前期は無遅刻無欠席ですごしたようです。サークルはサッカーとフットサルの同好会に所属。住まいは大学のとなりの男子学生寮。面談してくださった吉冨健さん(学生生活課)によりますと、アルバイトはできれば3年生以降が望ましいとのこと(真風はロイヤルホストでバイト中)。

懇親会では、吉冨さんや同じく学生生活課の原登志夫さんと親しくお話をいただくことができました。6500人いる学生一人一人をたいせつに指導する方針は、この大学のモットーだそうですが、それを実感できた一日でした。満足です。

2005年8月8日

角田先生と塚越会長の初対面が実現しました!

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早めの朝食をいただいて朝6時半に車で出発。家から2分のところで「社会実験中」のスマートICから高速道に入り、一路伊那市へ。8時半、2時間で伊那食品工業のかんてんぱぱガーデンに到着しました。全社員が毎日つづけている朝の掃除はすでに終わり、玄関の前でラジオ体操と朝礼が始まるところでした。

9時、塩尻市の堀内勝行さん(ご専門はマーケティングの指導)と10数年ぶりに対面。1時間ほどガーデンホールの喫茶室でお話を伺いました。それから10時前、大型バスが到着。響の会会長の角田明先生をはじめ会員のみなさんがはじめて、この会社の土を踏まれました。角田先生は塚越寛会長のご著書『いい会社をつくりましょう』を昨年暮に読まれ、ご講演では必ずといっていいほどこの本を紹介してくださっています。「いい会社」を「いい学校」と読みかえれば、塚越会長のその精神は学校でもそのまま生かすことができるのだそうです。先生にとっては、はじめてこの本を手にされてから8か月。お仲間を連れての日帰りツアーが実現したわけです。

塚越会長は「立派な社会人とは、人に迷惑をかけない人。偉い人とは、人を幸せにする人。器の大きさとは、人を幸せにした質量。そんな人間になろうと思うことを”志”と言う」「毎朝30分でいい。掃除をつづけること。謙虚になり、気づきがよくなり、人の幸せを願えるようになる」など、熱心に語られました。

角田先生のサイトはこちらです↓
http://tsunoda.web.infoseek.co.jp/index2.htm

【きょうの写真】上)響の会のみなさんを前に講演される塚越会長。350人の社員が一堂に会すことのできるホールが、あります。

下)塚越会長のお部屋で昼食をいただき、記念撮影。うしろの左は堀内さん、中央は飯山市出身でいまは西宮にお住まいの岩井信之さん。


2005年8月9日

三遊亭京楽さんの小布施公演

朝4時半すぎにおんだ整骨院さんへ。なごみ。6時過ぎに帰宅。

きょうは、三遊亭京楽師匠のはじめての小布施公演が、玄照寺さんで開かれました!

昨夜から、野田佑磨君がうちの泊まってくれています。佑磨君はお江戸日本橋久松町の呉服屋さん丸又のあるじ野田益男さんの三男坊で高校1年生。野田さんのご好意で2か月の一度、お店を開放していただき、久松町倶楽部のみなさんで、真打ちの三遊亭京楽さんの落語を楽しみ、着物や江戸の風物など、「日本」を体感し学んでいます。電車好き、旅好きの佑磨君は一昨日から小布施を訪れ、一泊目は北風さんが営むユースホステル「おぶせの風」に宿泊しました。

10時、佑磨君を車に乗せて小布施駅の六斎舎へ。京楽さんと対面しました。すこし前から黒姫高原のペンション「ニョッキ」さんに泊まっておられた京楽師匠。ご主人で親友の桑原哲朗さんご夫妻の運転する四駆車で、すでに着いておられました。ごあいさつをしてから玄照寺さんへ。前の日に運んでおいた高座用の台座や照明器具を調整。音響は映像作家の花井裕一郎さんご夫妻が担当してくれました。

昼食は、大西流のお蕎麦屋さん「おぶせ」(坂原広重さん経営)。発芽蕎麦をいただきました。師匠には、お宿の「しなのぐらし」にてお休みいただき、その間に私は仕事場でひとしごと。夕方5時、車で師匠をお迎えにあがり、会場へ。

すでに慕古の会のみなさんが準備を進めてくれていて、師匠を控えの間にご案内。開会を待ちました。

開会時刻を10分遅らせて6時40分に開始。私は司会をさせていただき、主催者を代表して葦澤ご住職があいさつ。京楽師匠が登壇し『道具屋』と『湯屋番』を熱演。お腹の底から笑う200人近い人たちの輪ができました。おっしゃんによりますと、玄照寺さんでの落語公演は200数十年の歴史のなかではじめてのことだそうです。なんと!その記念すべき日に立ち会うことができました。ご本尊も、笑っていらしたのかな。そして人情噺の『百年目』。全身全霊の熱演とは、このことをいうのでしょう。落語をナマではじめて見る人も多く、大きな拍手が寄せられました。

終演後、片付けのあとはお楽しみの懇親会が庫裏で開かれました。香川県からお越しの三原美香さんご一家、お江戸からお越しの久松町倶楽部のご一行、そして慕古の会の仲間たち。20数名による懇親の宴が夜のふけるまで(人によっては夜の明けるまで)つづきましたとさ。めでたしめでたし。

2005年8月10日

遠藤先生のご著書の漫画編!?実現か

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朝9時半、昨夜の讃岐(香川)とお江戸のみなさまが、京楽師匠とごいっしょにわが家を訪れてくれました。総勢23人様! 母と妻が、うちの栗園で採れた栗を使った渋皮煮と栗のあんこ、お漬物各種、緑茶を供してくれ、約2時間の大歓談会となりました。舞台を降りても京楽さんの思いやりの気持ちいっぱいの熱のこもった語りに、爆笑の連続でした。落語のつねに成長中の実力もさることながら、このお人柄が、たくさんの人たちから好かれ、支持されているのでしょうね。

師匠をお見送りして、みんなでお蕎麦の笑鬼さんへ。昼食をいただいてから、飯島ツトムさん、久田浩司さんと清水学さんといっしょに、編集会議。遠藤守信先生のご著書・文屋文庫第四巻の『野原の奥、科学の先。』を漫画化しようという構想を実現するためです。『Doing』という漫画の著書がある清水さんが筆をふるってくれます。基本的な骨組みなどは私が担うわけなので、時間をなんとか作らなければと思っています。

それから4人であたくしの車で、須坂市の遠藤先生宅へ。近くにある臥竜公園と臥竜山を散策しました。ここは遠藤先生が少年時代に仲間といっしょに遊びまわった場所であり、科学者としての芽を目覚めさせたところなのです。漫画化、ぜひ実現させたいと思います。

【きょうの写真】上)京楽さん(右)とお茶を楽しみながらお話しするみなさん(うちの居間です)。

下)臥竜山の山頂にて。右から清水さん、飯島さん、あたくし(撮影は久田さんです)

2005年8月11日

『マードレの田園レシピ』、チラシが完成

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朝5時、軽トラにポンプやタンクを積んで、りんご園の消毒を行いました。

午後、竹節志げ子さんのご著書『マードレの田園レシピ』の新聞折込用のチラシが出来上がりました。37,000枚。アオヤギ印刷の中山伸尚さんが届けてくれました。いつもありがとうございます、中山さん。

3万7千枚、こんなにチラシを作るのははじめてのことです。どこにまくのか? 小布施町と須坂市、高山村、あわせて2万部ほど。ここまではやったことがあります。今回は、竹節さんにゆかりの深い、小布施の北となり、中野市と山ノ内町の1万7千軒にも広めました。お盆初日の13日の朝刊に折り込んでいただきます。効果はいかに!

【きょうの写真】仕上がったチラシです。裏面には、文屋文庫や『いい会社…』などの既刊・近日刊の本も紹介してあります。みなさん、よろしくお願いいたします。

2005年8月12日

『文屋の聞・文・分(ぶんぶんぶん)』

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朝から仕事場で本の発送をしてすごしました。本には、文屋の本の目録のほかに『文屋の聞文分(ぶんぶんぶん)』という名前をつけた私的なお便りを添えています。

ぶんぶんぶんは、A4判で両面を手元のプリンターで両面印刷します。おもて面は、『マードレ』の発刊や『いい会社』への読者のみなさんの評価など、お仕事系の近況を。うら面には、あたくしの最近感じ思い考え語り合っているものごとを、認(したた)めてあります。今回の題名は「外から来ていただける、ただごとではない有り難さ」です。

ぶんぶんぶんには、すこしだけ空いた空間があります。そこに、受け取られる方へのあたくしの気持ちを、書き込みます。いつもの万年筆で1、2行。時間はかかります。ですが、この方法が、いままでの体験のなかであたくしがいちばん気持ちがいい手立てなのです。

いまは、いくつかの新しい本の企画や編集と並行して、新刊の『マードレ』をはじめすでに発刊した本の広報に専念する時機です。年賀状を差し上げている方々、小布施町ご出身の方々など、手元の住所録を頼りに、ぶんぶんぶんに一筆ずつを添えて、お送りしていきます。

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午後1時すぎ、車で母、妻朝子、長女星河とともに信濃町の黒姫童話館に到着。雄大な黒姫山のふもとに広がる森を背景に建つ童話館で、1時半から、三遊亭京楽さんの落語公演「カラスのグリーン」が演じられました。環境を主題にした京楽さんの創作落語。映写や音楽、照明、それに京楽さんの歌や参加者もいっしょに歌う場面もある、子供向けのミュージカル風の落語です……って言ってもわかりませんよね。百聞は一見にしかず。いずれ小布施でも、人権、環境、防災など様々な内容の京楽さんの創作落語を演じていただきたいなと願っております。

家に帰ってから軽トラで玄照寺さんへ。9日の京楽さんの夕涼み寄席に使った高座用の台座や照明機器を、町役場にお返しするため、三輪茂さん、永井芳夫さんといっしょに運びました。午前中に葦澤ご住職にお会いして金銭面の精算を済ませていますので、これで9日の公演の後片付けはすべて終えました。みなさん、おつかれさまでした。楽しかったね。また来年も!

【きょうの写真】「カラスのグリーン」を演じ終え、舞台で深々とあいさつする京楽師匠。このあと、小布施公演をいっしょ時実現してくれた花井裕一郎さんご一家とともに、京楽さんにごあいさつ。握手をかわしてお別れしました。

2005年8月13日

お盆恒例のBBQ!

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朝3時半に起きてもろもろをすませ、5時半に自転車にまたがりました。いつもの野道から路地を抜けて千曲川の土手へ。片道6キロ。中野市側の土手の行き止まりに着いたところで、もうすこし足を伸ばしたくなり、中野市にある県営の公園へ。すこし走ったりして、帰宅しました。往復15キロほど。かなりのいい運動になりましたね。汗だく。

きょうはお盆。次男の靖さん・恵子さん夫妻、三男の倉島稔さん・利枝さんとふたりの娘さん(もえちゃん、れみちゃん)が見える予定でした。しかし、栃木県の那須に暮らす靖さんは昨日夕方、車を運転している間に大雨になり、主要道路が見る見るうちに水浸しになって、愛車の床の上まで水没。エンジンが動かなくなり、急きょ帰省を取りやめに。とんだ災難でした。早く車が動くようになるといいのですが。

というわけで、夕方4時すぎに車2台、10人でにぎやかに玄照寺さんのわが家のお墓へ。ご先祖の御霊をお迎えいたしました。13日は、あたくしの長男で木下家6代目の真風のお誕生日。おかげさまで、きょう19歳になりました。昨日、東京から帰省。きょうの夕食は、庭の芝生でバーベキューのお誕生パーティーです。

BBQの途中から、東のうち(東となりの持田さんち)の3人にも加わっていただき、花火大会、スイカ割り大会につづいて、ケーキを囲み歌を歌ってお祝いしました。佳きお盆の初日でございました。

【きょうの写真】8日、伊那食品の寒天ぱぱホール前にて、茅ヶ崎からお見えの角田明先生が主宰されている「響の会」のご一行と。中央の左が塚越会長、右に角田先生。

2005年8月14日

稲穂がつきました

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朝、昨夜のBBQで使ったコンロを洗ったり、炭の残りを片付けたり、稔さんと真風がいっしょにやってくれました。それから10人みんなでそろって朝食をいただき、緑茶にお菓子、お漬物に興じ、ゆっくりとすごしました。

それから『マードレ』の発送。お届けが遅くなっているみなさん、ごめんなさい!もうすぐに着きますからね。

【きょうの写真】数日前、小布施町の北に広がる延徳田んぼにあるわが家の田んぼへ行ってみました。稲には黄緑色の穂が出そろい、白い小さな花が咲いていました。しっかりと育ってくれています。今年の稲は全国的に「やや良」の収穫量が見込まれているそうです。うちのお米も、今年は期待できそうです。

2005年8月15日

まけた!

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朝から雨。仕事場でお手紙書きと本の発送をしてすごしました。電話の来ない静かなお盆の一日です。でもきょうは平日週はじめ。世の中は動いているんですよね。

午後4時半、母の車に乗せてもらって須坂駅前シルキービルにある居酒屋「えむら」さんへ。毎年この日のこの時刻、同じお店で開かれる、母校須坂高校3年4組の同級会です。2、3年生を担当してくださった恩師の田中三二良先生(長野市)もお元気に毎年ご参加くださり、きょうもはつらつとしたお話を聞かせてくださいました。集まったのは14人。全体の3割以上の仲間が、毎年集まってきます。地元に暮らすのは6割、ほかは大阪や東京などからやってきます。

幹事は、前坂政明さん(須坂市常盤の床屋さん)。万年幹事さんをおつとめしてくれている、我らが恩人です。ありがとうございます!

一次会は2時間で終了。みんな、二次会でいつものカラオケスナックへ。あたくしは一次会にて失礼し、電車で小布施駅へ。駅から夜の野道を、歩いて帰宅しました。来年もきっと同じ日の同じ時刻、おんなじお店でね!

で、8時半に家に帰ると、玄関には、夕方発送するはずだった荷物が三つ、集荷されずに残っていました。同級会に出かける前に電話で確かに集荷依頼をしたはずなのに、と思い、ヤマト運輸さんに電話をすると「きょうの集荷のご依頼は受けておりません」とのこと。おいおい、依頼しましたよ!と驚きつつも、静かに事情を説明すると、待つこと15分、いつものドライバーさんが集荷に駆けつけてくれました。

「すみませ〜ん、記録に残っていなかったようで。ごめんなさ〜い」と言いながら、満面の笑顔で、30歳くらいの彼は荷物を気持ちよく受け取っていってくれました。

そのとき、「あ、まけた、負けました」と思いました。非はこちらにはない、たしかに予約をした、予約の電話を母も聞いていて間違いないといっている、だからこちらが引く必要はない。と思いつつ、相手を責める気持ちが胸いっぱいに湧いているあたくしでした。そんなおり、あの笑顔、あの低姿勢。非がどちらにあるかにかかわらず、「申し訳有りません」と言い、笑顔を見せる。これ、いまのあたくしには、できないことです。ヤマトさんへの信頼感、また一枚、上乗せになりました。たいせつなこと、教えていただいたように思います。

【きょうの写真】えむらさんにて、全員集合。頼りになるいい仲間たちです。中央に田中先生(70代)、右端に万年幹事の前坂さん。あたくしは前坂さんのすぐうしろです。

2005年8月16日

『いい会社』大手自動車会社の人材教育に

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お盆の最後の日です。今年もゆったりとした、いいお盆でした。

朝から仕事場にて、たまっていた本の発送に取り組み、夕方までになんとか、とどこおりを解消することができました。10日以上もお待たせしてしまった方々、ほんとうにごめんなさい。

ふりかえれば7月初旬の東京国際ブックフェア(TIBF)に参加する2週間ほど前から、ふだんの仕事が浮き足立っておりました。結果として、発送の遅れやら、手違いやらが多くなっておりました。そしていちばんだいじな、仕事場や家まわりの養生…整理整頓清掃清潔習慣=基本の5Sが台無しになっていた日々でした。ようやくこのお盆休みで取り返せそうです。

うれしいお話があります。かんてんぱぱ・塚越会長のご著書はいまも好評でお求めいただいておりますが、昨日、大手の自動車メーカーから40冊のご用命をいただきました。この会社からのご注文はこれで4回目。通算しますと100冊を超えます。ご担当は、本社の営業部門の人材育成をするチームです。

塚越会長の経営されている会社は、従業員350人の中堅企業であり、業種は寒天、伊那市という地方都市にあります。日本を代表する世界的な企業とは、地域、業種、規模などあらゆる面で違いがあります。それにもかかわらず、一度ならず、本社でのたいせつな社員研修に活用していただけるという事実。それは、この本に盛り込まれた塚越会長の経営が、そうした枠組みを越えて使える、共通性、普遍性をもっていることを裏づけています。

「社員が幸せになる経営のグローバルスタンダード(世界標準)は、日本にあり。本書をお読みください」

待っていた本が届きました。鍵山秀三郎著『掃除道〜会社が変わる、学校が変わる、社会が変わる』(PHP、1,365円)。塚越会長と社員の方々が実践されている毎朝の掃除やかんてんぱぱガーデンの養生。それに相通じる理念を実践されてきた鍵山先生の、最新の本であり、集大成ともいえる本。これから読みます。読んだら実践します。トイレと仕事場のお掃除から、ね。

夕方、東京から帰省している長男もふくむ家族6人でそろって、玄照寺さんにあるお墓へ。送り盆をすませ、夕食。それから妻と、夜の小布施を40分間歩いて汗をかきました。熟睡。

【きょうの写真】書名はずばり!『掃除道』。小布施町では、鍵山先生の主宰されている「日本を美しくする会」中部支部長の竹中義雄様をはじめリーダーの方々のご指導のもと、10月2日(日)朝から、町立栗が丘小学校にて、トイレ掃除に学ぶ会が開かれます。関心のある方、ご連絡ください。

2005年8月17日

22日より2週間、世界から5人の若者が滞在

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朝から仕事場におりました。ようやく、発送がひと段落。これから、『マードレ』の本のマスコミのみなさんへの広報依頼、書店さんへの配本を行います。それと、1000数百人のみなさんへのお便りの発送を始めます。あわせて、著者・竹節さんのお料理とお菓子、語らいの集いの企画を始めようと思います。

夕方、町公民館へ。22日から始まる小布施ボランティア・キャンプの打ち合わせ会です。ボランティア・キャンプは世界中で展開されている若者による一人旅とボランティアと交流を主題にした事業です。小布施では数年前からこの時期に、小布施町と小布施国際交流クラブが受け入れています。クラブの会長・牧野富士男さんのもと、あたくしも主催者の一人として参加します。

今年は、スペインの女性2人、韓国の女性、フランスとイタリアの男性の計5人と日本人女性のリーダーのあわせて6人が2週間、家庭滞在(前半の1週間)と合宿をしながら、町の施設などでの奉仕作業や小中学生などとの交流を行います。受け入れてくださる7軒のみなさん、今年もよろしくお願いいたします。

【きょうの写真】7月29日、『マードレ』の出版記念パーティーに集まった80人のみなさんと、竹節さんを囲んで。小布施堂本店にて。撮影は関真澄さん。きのう出来上がってきて、きょう竹節さんにいただきました。

2005年8月18日

90歳、めでたしめでたし

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朝から仕事場にてすごしました。朝食のあと、新聞を読みながら緑茶をすすっていると、小林さんがお見えになりました。小林さんは90歳。あたしの暮らす飯田むらの北となり、山王島むらにお住まいです。

あたくしの亡き父の恩人で、職場(小布施農協)の上司であられた故・重治さんの奥様。毎年、父の命日とお盆、年の瀬には仏壇へのお参りとごあいさつに見えてくださいます。あたくしの母も小林さんの来訪を、心待ちにしており、今朝も楽しく1時間くらい、お茶飲み話をしておりました。

歩くのも難儀なのに、三輪車(自転車の後輪が二つある)でひとこぎずつ、よっこらよっこら。直前のゆるやかな上りの道は、三輪車を押してご到着。

お世話になった(のはわが家の方ですが)ことを忘れることなく、不自由なお体をおしてごあいさつに見える小林さんのお姿に、いつも教えられ、自分も恩を忘れない日々を、と思います。久しぶりに、父の在りし日を思い出した一日でした。

【きょうの写真】母と小林さん(右)。ちょうど20歳違いです。小林さんは一人暮らしですが、お隣にご長男のご家族がお住まいです。庭や畑の草取りで一日が終る、そんな日々を送っておられます。「90にもなるとね、友だちも少なくなるし、体の自由もきかなくなる。耳は遠くなるし…めでたくもあり、めでたくもなし、ですよ」と笑顔を見せる小林さん。

ふと、何年か前に作った俳句を思い出しました。「長寿とは死をみとる数百日紅(さるすべり) 透玄」

2005年8月19日

一新塾の理念本、執筆中です

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午前中は仕事場ですごし、午後は人と会う時間。

午後1時半、小布施堂本店にて、東京のライター・柳澤美樹子さんと合流。柳澤さんは、政策学校「一新塾」の理念と実践をお伝えする本『一新力』(仮称)の取材と執筆を進めてくれています。この本は今秋、文屋から上梓する予定で制作中です。取材の大半が終わり、現在は執筆の段階。柳澤さんは、蓼科にある別荘からご家族で小布施にお見えになり、しばしの時間を作ってくれました。抹茶と和菓子をいただきながら1時間ほど、じっくりとお話できました。出版へ、私の方も編集に専念する段階。楽しんでがんばります!

3時前、自宅にて信濃毎日新聞社文化部の記者・越茂樹さんと初対面。文屋のこと、農業のこと、薪ストーブのことなどを語り合いました。奥様は庭園デザイナーとのことで、話題はわが家も参加しているオープンガーデンにもおよびました。思いや趣向で響きあう人との語らいは、深まるし、広がるし。楽しいものですね。

夕方、須坂市の居酒屋釜屋さんへ。長男の真風が今春までお世話になっていた須坂東高校のPTA役員の現役とOB・OG、あわせて8人が集まり、懇親。明日は朝早いので、一次会にて失礼いたしました。電車にて小布施へ。駅から野道をとぼとぼと、これもよいものですね。

【きょうの写真】東高PTA役員のみなさんと。ずっとつづいてほしい、いい仲間です。

2005年8月20日

愛・地球博日帰りの旅

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朝5時半に家を出て、近くのハイウエイオアシス駐車場へ。母と妻、長女といっしょに読売観光のバスに乗り、日帰りの愛・地球博ツアーに参加しました。人ごみは好きではないので、行くつもりはなかったのですが、70歳の母が「大阪万博も見たし、科学博にも行ったので、地球博にも行っておきたい。その場に身を置くだけでも満足だから」と強く望んだものですから、2か月ほど前、行くことに決めました。

そんな気分での参加なので、トヨタ館、長久手日本館などの事前予約ができるところに予約はせず、また当日2時間も並んで待つ必要のあるパビリオンはすべて素通り。東南アジアやヨーロッパの”メジャー”ではない国の館におもに入りました。

来年1月に旅をすることになりそうなウクライナ館へ。民族音楽のライブ演奏を楽しみました。そのほか、チェコ館と、暮らしたことのある国ということでオーストラリア館とフィリピン館。「サツキとメイの家」は、池をはさんだ展望台から写真を撮りました。

万博なのに外国人のお客さんをあまり見かけない。

スタッフはみな汗だくでがんばっているのだけれど、開催期間だけの雇用であり不安定で、教育は不十分。イメージとして、東京ディズニーランドのサービスとどうしても比べられてしまう(かわいそう)。

そんな感想を抱きつつ、何時間も歩くことを共にした母の体力に感心いたしました。

帰りも5時間、バスに揺られて10時すぎに帰宅。こうした乗り合いのバスツアーに参加したのははじめてなのですが、たいそうしんどい日帰りの旅でした。

【きょうの写真】上)サツキとメイの家です。

下)ウクライナ館にて生演奏してくれた人とともに。母、妻、長女。

2005年8月21日

映画日本国憲法を観る

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一日、仕事場にてゆっくりとすごしました。

夕方、食事のあと、栗の木学舎へ。桜井甘精堂の社長・桜井佐七さんが、新設移転した本社工場の古い建物を、文化事業に活用するために開設している場所です。

今晩は、小布施九条の会(平和憲法としての憲法を守る目的)の集いで、『映画日本国憲法』をはじめて観つ機会を得ました。

チョムスキー、ジョン・ダワー、ダグラス・ラミスらが憲法を語る異色の映画。憲法制定の経緯から、平和憲法の意義まで。憲法とは誰のためのものか、戦争の放棄を誓った前文や第九条をどう考えるのか。さまざまな立場で活躍する世界の知識人への貴重なインタビュー集です。

『映画日本国憲法』静かに語る言葉の力より
伊藤真(伊藤塾塾長/法学館憲法研究所所長)

日本人のほとんどは、憲法のことを「自分たちが守らなければならない、一番重要かつ基本的な法律」ぐらいに思っています。しかし、憲法は私たちが守るべきものではなく、私たちが国に押しつけて守らせるべきものです。法律とは力の向きが正反対です。その憲法の本質を知っていると、いまメディアをにぎわしている改憲論議のいろいろな意図が見えてきます。

あたくしのメモより。

この憲法の国際的な意味。外国、とくにアジアの民衆への誓いの憲法であり、日本人のためだけの憲法ではない。

押し付け憲法という言い方がある。しかし、戦後、憲法が定められた時期、占領軍と日本の民衆の間には、平和憲法を作って世界に誓おうという”短期的同盟”関係があった。そして60年、70年安保の運動のなかで、日本国憲法は日本に定着していった。

20世紀、国家が起こし、進めた戦争によって2億人が死んだ。15年戦争では2000万人、日本人だけで300万人以上が亡くなった。この憲法は、そうした命の結晶。「現実主義」を掲げて周辺各国の軍備や危険性を説く人がいるが、いちばん目を向けるべき現実とは、民衆の犠牲という現実。

米軍基地の存在が、国の安全や平和をもたらすのではない。基地があるということは米軍が引き起こす戦争の相手国にとって、攻撃すべき対象であり、攻撃してもいい国ということ。

日本は謝罪していないと言われる。しかし九条こそ、謝罪。九条の放棄は、謝罪の否定、撤回になる。

東アジア、とくに韓国の若者と日本の若者が、”平和的な感受性”をいっしょに育てる機会や場をつくろう。

東アジアの平和は東アジアが自力で守る。アメリカの手に平和の維持をゆだねない。これはプライドの問題。

軍隊を持つ”普通の国”がそれほど良いのか?普通の国のアメリカがほんとうに良いのか、うらやましいのか?

国連憲章を熟読しよう。

九条を国内問題にとどめて議論しないこと。九条は国際問題。とくに東アジア民衆の問題です。

Shame on you、 BUSH!(恥を知れ、ブッシュ!)

「地球憲法九条」

【きょうの写真】上)ビデオ、DVD、単行本も同じ表紙です。

下)上映会を前にあいさつする九条の会代表の岩松院東堂・渡辺照慈さん(中央)。


2005年8月22日

ワーキングキャンプ、はじまりました

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きょう午後、世界4か国(韓国、フランス、スペイン、イタリア)から5人の若者と日本人リーダーの6人が、小布施町にやってきます。ワーキングキャンプという文化事業です。9月4日(日)まで小布施に滞在し、前半の一週間は個人家庭に滞在、後半は公共施設に合宿しながら、昼間は福祉施設や学校、公園などで奉仕活動や交流をしてすごします。小布施町では行政と国際交流クラブ(牧野富士男会長)が毎年の受け入れをつづけてきました。あたくしもクラブの一員として、参加させていただいております。

午前中、軽トラックにアラ小布施のレンタサイクルを載せて、6件の受け入れ家庭のお宅に自転車を配達。

昼前、とんかつの味郷さんへ。青年会議所長野県ブロックの県大会が9月10日に須坂市で開かれるのを前に、シンポジウムの関係者が集まって昼食をいただきながら会議をしました(あたくしは助言者として参加)。

午後2時すぎ、小布施駅の六斎舎にて、政策学校一新塾の塾生である徳岡愼一さんが東京から訪ねてお見えになり、自宅へいらしていただいて懇談。こうして遠くから訪ねてきていただける有り難さを、あたらめて実感。お仲間の政策提言のご成功を祈ります。

午後4時、ワーキングキャンプでやってきた外国人のみなさんを六斎舎でお迎えし、受け入れ家庭の方々と対面していただきました。

【きょうの写真】上)20日に家族で出かけた愛・地球博の会場には、歩道の多くに自然の木を使った角材が使われていました。すごく歩きやすく、疲れにくい感触。いちばん感心したことの一つです。

下)味郷さんにて、左から塚原嘉之さん、平松幸明さん、土屋龍一郎さん、篠塚真一さん、小松裕さん。

2005年8月23日

10月2日、トイレ掃除に学びませんか?

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朝、おんだ整骨院さんへ。朝5時に参るお約束なのに、寝過ごしてしまい、6時に参上。ごめんなさい!

午後1時半、町教育長の市川和恵先生や職員のみなさんと、10月2日(日)午前中に開催する、栗が丘小学校におけるトイレ掃除に学ぶ会について打ち合わせ。この日は朝8時受付、8時半よりセレモニー。それにつづいてトイレのお掃除に取り組みます。終了はお昼。日本を美しくする会の指導員のみなさんが、無報酬でご指導くださいます。参加は無料です。

【きょうの写真】玄照寺さんの庭に咲くサルスベリ(百日紅)の古木は、濃いピンクの花が満開をすぎ、地面に落ちた花が土に帰ろうとしています。輪廻転生。

2005年8月24日

市村町長と面談

午後3時半、竹節志げ子さんと町長室へ市村良三町長をお訪ねしました。『マードレの田園レシピ』についてのごあいさつと、竹節さんのお料理とおしゃべりを楽しむひとときをフローラルガーデンにて開催することについて。そのほかのまちづくり事業についても語り合いました。

2005年8月25日

山の神様、ありがとうございます

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朝3時半に起きて一日の準備。5時前に軽トラに乗って田んぼへ。15アール(1反5畝)のわが家の田んぼのあぜ道は、長方形の四辺の延長が230メートル。広大な延徳田んぼ。まわりにはまだ、人の姿は見えません。ビーバーを背負って、エンジンをかけ、草刈り開始。高いものはひざよりも上にまで伸びておりました。雑草の成長力はすごいですね。お隣さんが長辺の草を刈ってくださっていたため、2時間で終えることができました。

朝11時、玄照寺さんへ年数回発行する季節のお便り「はがき禅」の資料を受け取り、緑茶をいただきながら打ち合わせ。午後は仕事場にて。

【きょうの写真】草刈りを終えてひと息。カメラのタイマーをかけて撮影いたしました。この田んぼで、わが家の消費量の換算で2年分以上を収穫できます。田の神様は、冬は山に居られ、春から秋に田んぼを守られる、というお話を思い出しました。田の神は山の神様なのですね。

2005年8月26日

お料理教室で牛肉ロール!

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午前は仕事場にてすごし、午後3時半より、長野駅構内にて、あすから長野市で始まる全国高校PTA大会のご案内を夕方までさせていただきました。1万2千人の先生やPTA役員が参集して2日間、研修を行います。

あす27日は、文屋文庫第4巻のご著者、遠藤守信博士による記念講演「野原の奥、科学の先。」が開かれます。BUT!あたくしは私用にて参加できません。

帰宅してからエプロンとタオルをもって車で小布施町の北斎ホールへ。男性のための料理教室へ、2度目の参加です。先生はご存知、竹節志げ子さん。「セロリのマリネ」「牛肉ロール」「かぼちゃのスープ」「うなぎごはん」「ズッキーニ、ナスのチーズ焼き」を調理して、夕食としていただきました。牛肉ロール、こんど家で作ってみようと思います。うまくできるかな?

【きょうの写真】上)料理教室のみなさん。おじさんが多いですが、女性の参加もOK。和やかななお仲間です。あたくしは後列右端の水色の男です。エプロン姿、いかが?

下)指導する竹節先生。“先生”のお顔つきですよね。「あしたは朝からリンゴの消毒だわ!」この多面的なふり幅こそが、竹節さんの魅力なんでございます。

2005年8月27日

鎌倉にて

妻と車で家を出て、朝6時7分、長野駅発の長野新幹線にて上京。横須賀線で鎌倉駅へ。富士和教会にて、2人で学ばせていただきました。昼過ぎ、長男の真風(武蔵野市在住)が合流。3人でイタリアンの食堂でお昼をいただいてから、ふたたび学びの場へ。

午後、愛媛県からお越しの高市アツコ先生ご一行と合流して、きょうのお宿の一乗庵さんへ。ゆっくりと語らいながら、過ごす事ができました。

ときおり、月に1回ていど、このまちを訪れ、すごすことのできるいまの暮らし、気に入っております。

2005年8月28日

材木座海岸を散策。大祭にて学びました

朝5時、鎌倉材木座のお宿・一乗庵の玄関を開け、すこしからだをほぐしてから散歩。材木座海岸では、海水浴客向けの食堂やカフェが砂浜に建てられ、お客さんを迎える準備が進められていました。旅先の土地の散策、楽しみました。

年に一度の大祭に妻と参加。それから庭園デザイナーの白井隆さん・温紀さんご夫妻と大久保順之様・温紀さんのご両親たちと駅前にて会食。東京に戻り、新幹線で長野へ帰りました。帰宅は夕方6時。

2005年8月29日

掃除を鍵ことばにしたまちづくり

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朝7時すぎ、「飯田」信号の交差点にて、小学校育成会役員としての街頭指導で、黄色い旗を持って子どもたちの登校を見守りました。平和な時間。

10時、長野市内の会社へ、出版の企画などの打ち合わせ。「ものづくり」や「創業の精神の継承」について、深く広く考える機会になりそうです。感謝。

夜7時、夕食後、町役場会議室へ。総合計画の後期計画について話し合う町民の会議に参加しました。産業の面から町のあり方を考える部会の50人ほどの一人として、年末まで何回かの会議を重ねます。

この会議であたくしは、「掃除」を鍵ことばにした産業育成、広くはまちづくりについて提言をまとめたいと考えております。イエローハットの創業者で日本を美しくする会を創立された鍵山秀三郎さんと、その会員のみなさまのご指導をいただきながら、掃除体験から学ぶこと。公共施設や公衆トイレはもとより、個々のお店や職場のトイレ、そして家庭のトイレまでをきれいにすること。おのずと、道路や畑やあぜ道などの美化も進むことでしょう。小布施のまちづくりは、このお掃除の生活文化が育まれることによって、一つの到達点に達するのだと思っております。みなさんのご意見、教えてくださいね。

なお、10月2日(日)朝8時より、栗が丘小学校において、トイレ掃除に学ぶ会が開かれます。どなたさまでの参加していただけます。美しくする会の指導者のみなさんが、徹底的にぴかぴかに磨く掃除を教えてくださいます。無料です。ご連絡は木下までどうぞ。

【きょうの写真】まちづくりについて意見を発表する、メンバーのお一人、花井裕一郎さん(映像作家)です。頼りにしてます、花井さん!

2005年8月30日

今年の稲は豊作じゃ!

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朝4時半、おんだ整骨院さんへ。月に2〜3回お世話になっているマッサージによるほぐしのお時間。1時間半、ゆっくりさせていただきました。

朝、母と語らいながら緑茶をいただき、さあ仕事だと立ち上がろうとしていたら、妻の朝子から電話。入院されているおじさんの容態が悪化しましたので、病院へ、とのこと。車で中野市内の病院へ着くと、奥様をはじめご親族のみなさんがお見舞いに駆けつけていらっしゃいました。一進一退の容態を見守りながら1時間。落ち着いた様子もありますが、みんな目を離さずに見守っておりました。妻に看病をまかせて、私とは母はいったん帰宅しました。おじちゃん、なんとかがんばって!

午後1時半、フローラルガーデンにて、町振興公社の小林悦男さんと竹節志げ子さんと、お料理を主題にした文化事業の打ち合わせ。それから須坂市の果樹農家・上野原龍一さん宅へ。ご夫妻が丹精込めた黄金桃という桃を贈り物に求めて帰宅。

午後4時、実弟の稔さんと母とともに、ふたたびおじちゃんの居る病院へ。まだお若いので体力で持ちこたえていらっしゃいました。妻とみんなで帰宅。あらためて、健康の大切さ、ありがたさを、家族でたしかめあった一日でした。

【NEWS】9月6日(火)夕方5時20分ころから数分間、FM長野の番組でアナウンサーの高寺さんが、『マードレの田園レシピ』を取り上げてくださいます。みなさん、お聴きくださいね。

【きょうの写真】上)わが家の田んぼにて、稔さんと母。母によると、今年は豊作が期待できるそうです。母とJAの先生の助言をいただきながら、今年は妻とあたくしがふたりでかなりの田んぼ仕事をさせていただきました。成果はいかに?またご報告いたします。

下)“たわわ”と表現したくなるほどに実った稲穂です。実るほど稲穂のように謙虚になりたいものです。

2005年8月31日

10月4・5日、ノーベル賞の発表です

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朝3時半から2時間、仕事場にて集中的にお仕事。だれにも声をかけられない、電話も来ない時間帯。だいじにしたいですね。

緑茶の時間のあと、車で町役場へ。印刷物を納品。帰宅してから仕事場にて、本の発送や企画書づくり。

昨年夏、文屋文庫第4巻『野原の奥、科学の先。』を発刊してくださった遠藤守信先生は、過去3回、ノーベル賞候補として注目されました。今年もその季節がやってきます。10月4日・5日が発表だそうです。期待してしまいますね。

きょうは、あたくしの父方の祖母の35回忌(34周忌)、祥月命日です。中学1年生のこの日、長年わずらっていた祖母が、母たちに見守られて新生病院にて召されてゆきました。はじめて体験した肉親の死。あの光景、翌日学校へ行き、窓辺の机から南の空をボーッと眺めていた時のこと。思い出しております。

きょうで8月はおしまい。病気もせずに、いい夏でした。9月、充実の、実りの秋になりそうです。みなさんも、暑さと涼しさに体調を崩されることなく、それぞれの暮らしをお楽しみください。

【きょうの写真】2階の廊下から北の方角を撮影しました。わが家にクーラーが要らない理由の一つは、この光景にあります。家から北へ数百メートル。人家は一軒もなく、ひたすら果樹園が広がっています。北風が家を抜けて南の窓へ。だから、夏は快適です。冬は、ちと寒い。だからなおさら、暖炉の生の火が恋しいのでしょうね。
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