文屋

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2005年9月15日

栗の集荷、丁重なごあいさつに敬服

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朝食の前に、自分の車を洗い、朝食と緑茶のあとにはトイレの清掃。だんだん掃除をする日課ができてきました。こんな感じで参りましょう。朝から夕方まで、仕事場にてすごしました。1週間ほど前、数年前から栗を出荷してお世話になっている地元の栗菓子会社の方々3人が、ごあいさつに見えました。母が応対しました。お1人は会社の幹部クラスの方でネクタイ姿、お2人は工場の現場の方で作業服姿、3人とも男性でした。玄関で迎えた母にネクタイの方が、A5判の白い紙にワープロ打ちされた「栗生産者各位」という文書を手渡しながら、「12日から集荷が始まります。今年も、ご協力をよろしくお願いいたします」と、笑顔で語り、深々と頭を下げてあいさつされたそうです。この会社の方々は、栗の収穫期には毎朝、中型のトラックで生産者の御宅へ集荷に歩きます。これはほかの会社も同じ。違うのは姿勢です。集荷のの際、作業服姿の若い男性たちがみんな、笑顔であいさつし、「ありがとうございます」とお辞儀をしていかれます。その姿を見て母はいつも、「すごく教育された、人格の高い人たちがいる会社だね。社長さんや幹部のみなさんの日々の暮らしや経営が、手に取るように伝わってくるよ」と感心して語ります。同じ出荷するにも、こうした気持ちのいいあいさつをしていく人や会社に引き取っていただくほうが、どれほどうれしいことかしれません。文屋の本の仕事も、同じだよな、と思いながら、いつも母の話を聞いております。お客様や仕入先(栗菓子なら栗の生産者、本ならばライター、デザイナー、印刷会社など)に、大事にされる会社でなければ、子や孫の代まで続けることはできません。「人間ね、10年や20年良くてもねー、30年、50年、孫子の代まで良くなければ、本当の幸せとはいえないでしょう」と教えてくださる先生のお話を思い浮かべております。最近手に入れた本『緑雨警語』(斎藤緑雨・冨山房)。こんなことばが目に留まりました。「拍手喝さいは人を愚かにするの道なり。つとめて拍手せよ、つとめて喝采せよ。渠(かれ)おのづから倒れん。」「朝(ちょう)に大臣となりて顕(あらわ)れんよりは、野(や)に色男となりて隠れん。」【きょうの写真】上)手のひらと比べてください。わが家の栗園の栗のイガです。あと1週間ほどで、収穫が始まります。おもに母と妻がやってくれます。下)栗園のいい枝ぶりです
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