文屋

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2005年9月16日

花についての備忘録

朝、須坂園芸高校2年生の次男荒野を、車で高校まで送りました。来週の沖縄への修学旅行を前に、大きな荷物(バッグ)を前もって現地の宿へ送っておくのだそうです。ずいぶんとスマートな身軽な旅ですね。うきうきとしている息子の様子、なんだかまぶしいです。11時、仕事場を出て車で桜井甘精堂さんの本店へ。長野市内からお見えの小林さんと数年ぶりの再会。お互いの様子を語り合いながらお昼をご馳走になりました。ありがとうございます。午後は仕事場にて、資料読みや本の発送など。夕方、中野市内の書店さんへ納品と集金。『マードレの田園レシピ』、おかげさまで好評です。夜、神棚とお仏壇に手を合わせている時、ふと祖父のことを思い出しました。祖父は庭先に花壇を作り、グラジオラスや菊、ヒャクニチソウ、朝顔などを育てていました。万年青(おもと)や樹木、花が好きだったのですが、花を育てていたいちばんの目的というか、理由は、お仏壇に自分が育てた切花、生花をお供えするためでした。朝のお仏壇にはいつも、御飯とお水と、露がしたたるような切りたての花が飾られていたものです。春から夏、秋にかけて、つぎつぎと咲く庭の花は、それぞれの最盛期には家では飾りきれなくなります。そこで、祖父や祖母は朝、新聞紙に切花をくるんでくれて、小学校へ行く私たち子どもに持たせてくれました。それを持って登校し、教室へ入ると、担任の先生(堀籠悦雄先生、5年生からは成田正利先生)が、笑顔で迎えてくれ、花を受け取って喜び、窓辺の花瓶に生けてくれました。「豊ちゃんのおじいちゃんが育ててくれた花だよ」と先生がみんなに紹介してくれます。すこしばかり誇らしい気持ちをいだいたことを、覚えています。小学校高学年では、学校内の花や緑を育て、管理する緑化部に入りました。中学では、花作りクラブに入りました。きっと、花と緑の庭を愛でる自宅の暮らしが、そうした部やクラブに入る気持ちにさせてくれたのだと思います。小布施町でオープンガーデンが始まる30年も前のお話です。観光客など1人も訪れていなかった、一寒村にすぎなかった小布施。お仏壇に飾ってご先祖さんに喜んでもらいたい、学校の先生や仲間に花を楽しんでほしい。素朴に純粋に、それだけのために、花を育て、愛でていたあのころの暮らし、生活文化が、いまのまちづくりへの思いを支える心の土壌になっているのだなーと、なぜか今晩、ひとりで思っております。きのうから読んでいる本『静かに 健やかに 遠くまで』(城山三郎著)のあとがきに著者が書いておられます。この書名は、城山さんが最も好きなつぎの言葉を縮めたものだそうです。「静かに行く者は 健やかに行く 健やかに行く者は 遠くまで行く」
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